避妊に失敗した時やレイプ被害に遭った時、高い避妊効果が得られる緊急避妊薬(モーニングアフターピル)のオンライン診療が、認められる見通しとなった。だが受診にはさまざまな条件が付けられ、恩恵を受けられるのは、必要とする女性のごく一部に限られるのではないかとの懸念も出ている。
アフターピルは医師の処方せんが不要な市販薬(OTC)化も検討されたが、2017年、時期尚早として見送られた経緯がある。一方、産婦人科医に対するアンケートによると、回答者の6割以上がオンライン診療にもOTC化にも「賛成」している。現場の医師が賛同する施策が、なかなか前に進まないのはなぜなのか。
産科医6割以上がオンライン診療賛成
望まない妊娠を避けるためにも、避妊に失敗した時に有効なアフターピルをもっと入手しやすくするべき。現場の多くの産科医の実感だ。
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アフターピルとは避妊に失敗した時、望まない妊娠を高確率で防ぐことができる薬だ。
現在、国内で認可されている「ノルレボ錠」とその後発医薬品は、性行為後72時間以内に服用する必要があり、早く飲むほど効果は高まるとされる。
入手には医師の受診と処方せんが必要だ。だが服薬のスピードが成否のカギを握るだけに、離島や過疎地で産婦人科医が遠かったり、連休や年末年始で病院が休みだったりすると、「タイムリミット」を過ぎてしまう恐れがある。
産婦人科医の有志が5月、SNSなどを通じて実施したアンケート(有効回答数559人)では、オンライン診療になるのが望ましいかとの質問に対し、62.2%が「そう思う」「非常にそう思う」のいずれかを回答した。
またOTC化については66.6%が賛成の意思を示し、オンライン診療の賛成割合を上回った。賛成意見の中には「速やかに簡単な方法で入手できる」「望まない中絶を防げる」などの声があった。半面、「男性が(アフターピルで避妊すればいいからと)コンドームなしの性行為を女性に強要するのが心配」「日常の避妊方法として繰り返し使う女性が増える」などの反対意見も出された。
受診時に謝る女性たち「なぜ女性だけが」
アンケート発起人の1人で、産婦人科医の宋美玄さんは言う。
「アフターピルの処方を受けに来る女性の多くは、『すみません……』と言いながら、申し訳なさそうに受診する。男性はコンドームを付けるとほめられるのに、女性は避妊の失敗を背負わされ、罪悪感に責められながら薬を入手する現状は、おかしいのではないか」
また産婦人科医の遠見才希子さんも、自身の経験から訴える。
「処方希望者は、予約なしで緊急受診するケースも多い。しかし、産婦人科医は分娩や手術など妊産婦の診療を優先せざるを得ないこともあり、夜間など何時間も待ってもらうことすらあった。オンラインやOTC化によって、わざわざ産婦人科に足を運ぶ必要がなくなれば、女性の物理的・心理的な負担は大幅に減り、妊娠を防ぐ確率も高まる」
窓口に相談できるのは1%以下
予期せぬ妊娠はその後の子育てに関する考え方にも影響する。
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厚生労働省の検討会は6月中旬、オンライン診療に関するガイドラインの見直し案をとりまとめ、オンライン診療によるアフターピル処方を正式に認めるとした。
ただ診療の対象者は、地理的に産婦人科を受診しづらい女性のほか、性暴力被害のワンストップ支援センターなど相談機関へ連絡してきた女性で、心理的な問題から対面診療が難しいと判断された場合に限るとされた。
内閣府の調査によると、女性の13人に1人が望まない性行為などを強要された経験がある。警察に相談したのは、そうした被害にあったうちのわずか2.8%。オンライン診療の窓口の一つとされる、ワンストップ支援センター、男女共同参画センターなど公的機関に至っては、1%以下だ。
恋人や友人などによる「デートレイプ」の被害者には、「断れなかった私が悪い」などと考えて被害認識を持てず、泣き寝入りする女性も多い。相談機関とつながれないこうした被害者は、オンライン診療への道が閉ざされてしまいかねない。
検討会の見直し案を受けて、6月中旬に実施されたパブリックコメントには、1500件を超える意見が寄せられ、「オンライン診療に特段の条件を設けず処方すべき」「極端に利用条件が悪く、制度利用が不可能に近い」「OTC化すべきだ」などの声があった。
性に関する正しい知識の普及・啓発を目的としたNPO法人ピルコンの染矢明日香理事長は、診療解禁を「一歩前進」と話す一方、「受益者は限定的になってしまうのではないか」と懸念する。「『避妊、失敗』といった単語でネット検索したら、一番上に緊急避妊の正しい情報や、相談機関がアップされるようにしてほしい」と要望した。
また、第三者が診療対象を決めてしまうのではなく「必要とする女性自身が、状況に応じて最適な入手方法を選べるようにして、安心、かつ迅速にアフターピルを服用できる環境を整えるべきだ」とも話した。
分娩減るなかで患者を渡したくない?
年配の医師には「患者を指導・管理する存在だ」という意識が残っているという指摘も(写真はイメージです)。
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厚労省の検討会では、性教育が不十分な中でアフターピルを入手しやすくすれば、誤用や濫用が増えるのではないかとの懸念が繰り返し指摘された。一時は、対象者を「性犯罪被害者で、対人恐怖がある女性」に限定する案も議論されたほどだ。
また、参考人として招かれた日本産婦人科医会の医師が「緊急避妊薬へのアクセス改善より、まず性の知識を一般の女性に普及させるほうが、中絶を減らすのに効率がいい」との意見を述べる場面もあった。
だが宋さんはこう疑問を述べる。
「性教育は確かに大事だが、性教育を受けられなかった女性が20代、30代の生殖年齢に達しているのは、動かしようのない事実。彼女たちの緊急避妊へのアクセスを制限するのは不当ではないか」
厚労省によると、2018年の出生数は約91万8000人と、3年連続で減少。今後も少子化が進展する見通しだ。
ある30代の産婦人科医はこう打ち明ける。
「分娩に伴う収益が細る中、アフターピルの既得権益を守りたい、薬剤師や他の診療科の医師に渡したくないという業界の思惑がうかがえる」
また、30代の別の産婦人科医はこう話す。
「産婦人科医は患者を指導・管理する存在だという意識が、学会の重鎮をはじめとする上の世代にはまだ残っている。こうした『上から目線』のために患者の立場で考えられなくなり、アクセス改善の足を引っ張っているのではないか」
薬局で買えるように
最終的にはアフターピルが薬剤師の指導の元、薬局で入手できるようになれば……(写真はイメージです)。
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産婦人科医へのアンケートによると、回答者の74.1%が、オンライン化が実現した後もOTC化の議論を続けるべきだとしている。薬局の薬剤師が、アフターピルの正しい使用方法や避妊の知識を伝えた上で、薬を販売すべきだという意見も多く見られた。
日本では、正規の入手ルートのハードルが高いゆえに、海外からの並行輸入品がウェブサイト上で多数販売されている。だがピルコンの染矢理事長は「私も試しに注文してみたが、商品が届くまで10日かかった」と苦笑。また「アフターピルを譲ります」というTwitterのアカウントに、女子高生を装って連絡すると、売春を持ちかけられたという。
薬局で入手できるようになれば、リスクを冒してネットで商品を買う必要もなくなる。諸外国を見ても、アフターピルはアメリカのほかイギリス、ドイツ、フランス、カナダなど80以上の国で、医師の処方せんなしで購入可能だ。
宋さんは、最終的には薬局で入手できるようにすべきだと訴える。ただ避妊そのものついては、アフターピルに頼らずにすむよう「低用量ピルの普及など、女性自身が主体的に行える避妊方法を、さらに広める必要がある」と話している。
(文・有馬知子)