ソニーが支援、京セラ・ライオンが作る「音が鳴る子供用歯ブラシ」が生まれた理由

Possi

京セラ・ライオン・ソニーが組んで開発する子供向けの仕上げ磨き専用歯ブラシ「Possi」。7月3日よりクラウドファンディングを開始した。

京セラとライオンは7月3日、子ども向けの仕上げ磨き専用歯ブラシ「Possi(ポッシ)」を共同開発したと発表した。そしてこの製品は、事業化に向けた支援とクラウドファンディングの部分を、ソニーのスタートアップ支援事業「Sony Startup Acceleration Program(SSAP)」が担当している。

Possiはどのような製品であり、ソニーのSSAPはそこにどう関わったのか? 関係者のコメントなどから解説する。

Possi 開発メンバー

Possi開発の中心メンバー。左から、ライオン・萩森敬一氏、京セラ・稲垣智裕氏。ソニー・宮崎雅氏。

「私も三児の父。子供の歯磨きについて、仕上げ磨きの習慣化に苦労している。同じ悩みを持つお父さん・お母さんに、この商品を届けたい。毎日のイライラをなんとかできるのではないか。ちょっとだけだが幸せを届けられないか、と考えています」

Possiの発案者であり、京セラの責任者でもある、京セラ・研究開発本部 メディカル開発センターの稲垣智裕氏はそう説明する。

Possiは、歯磨きの最中、磨かれている子どもにだけ音楽が聞こえるという不思議な歯磨きデバイスだ。製造・販売は京セラが担当するが、歯ブラシ部分はライオンが、デザインや音楽などのエンターテインメント部分はソニーが開発を担当した、3社合同のプロダクトである。

京セラ×ライオン「Possi~ハミガキだって、遊びたい~」の紹介動画。

出典:京セラ

Possiの歯ブラシの中には京セラが開発した圧電セラミック素子が組み込まれている。圧電素子は電気を流すと振動する性質を持ち、その振動を他のものに伝えることで「音」を発生させられる。この性質を利用し、歯ブラシに組み込めば「音楽が流れる歯ブラシ」が作れるのではないか……。稲垣氏はそう発想した。

Possiの構造

Possiの構造。

Possiの各部説明

圧電セラミック素子を使って歯ブラシを振動させ、オーディオケーブルにつないだ機器からの音を流す。

Possiにはオーディオケーブルが接続できるようになっており、そこにつながった機器の音がそのまま再生されるようになっている。スマートフォンとつないでアプリから音楽を流せば、「歯磨きしている時だけ頭の中に音楽が聞こえる」歯ブラシの完成だ。

ソニーはスタートアップ支援のノウハウを提供

SSAPでのプロジェクト概要

SSAPでの「Possiプロジェクト」の概要。2018年10月から実質的にスタートし、ソニーが京セラのチームのスタートアップ支援を行って今回の発表に至った。

稲垣氏がPossiにつながるアイデアを思いついたのは2018年8月のこと。その後、ビジネス化に使った時間はたったの9カ月。短時間で準備が行われ、今回の発表に至った。

その過程でビジネス化を支援したのが、SSAPである。ソニーは2014年以降、社内の新規事業立ち上げを支援する組織「Seed Acceleration Program(SAP)」を社内に構築、新規事業の立ち上げに活用してきた。

まだアイデアにすぎない製品の可能性を検討し、ビジネスモデルを組み立て、販売や製造の可能性を検討し、最終的に商品として市場に出すところまでをサポートする仕組みである。腕時計バンドをスマートウォッチにする「wena wrist」、スマートロックの「Qrio」、プログラミング学習もできるロボットトイ「toio」など多数の製品が、SAPから商品化されている。

仕組み

Sony Startup Acceleration Program

出典:ソニー

SSAPは、ソニー社内向けであったSAPの仕組みを、さらに他社に供給できるようにしたものである。ソニー社内には、事業立ち上げを希望する他社の関係者が常駐できるスペースも用意されている。

そこへの入居第一号が京セラ・稲垣氏であり、大企業とのコラボレーション案件として最初に表に出たのが「Possi」ということができる。

SAP事業の責任者である、ソニー・Startup Acceleration部門 副部門長 Startup Acceleration部 統括部長兼Open Innovation & Collaboration部統括部長の小田島伸至氏は、2019年春、筆者の取材に対してこう答えている。

「SAPでたくさんの事業立ち上げを経験してきたが、立ち上げに必要なスキルは似通っている。一方で、そのための仕組みが属人的であるとも感じている。

そこで、仕組みとノウハウを社内に継承するために、プラットフォーム化が必要と考えた。プラットフォーム化すれば、事業化するに足るアイデアをお持ちの方々と我々と組むことで、SAPで培ったノウハウを活かし、素早く事業化に至れるよう、支援できる。そこで生まれたのがSSAPという仕組みだ」

SSAPによってもたらされた“スピード感”

firstflightのサイトキャプチャー

Possiは7月3日からクラウドファンディングを開始。目標額は2000万円で、期限までに到達できない場合、商品化は行われない。

事実、2018年秋の段階では、稲垣氏が持っていたのは「圧セラミック電素子で音の鳴る歯ブラシを作る」というアイデアだけだった。そこから事業化に至る検討を行い、ビジネスモデルを検証し、試作して製品発表に至った。その過程をサポートしたのがSSAPである。

SSAPの窓口となった、ソニー・Startup Acceleration部の宮崎雅氏は、「2018年10月から、京セラのチームにはソニーに常駐していただき、商品の可能性からビジネスモデルの仮説検討などを進めてきた」と説明する。

コンセプトの深掘りに1カ月、ビジネスモデルの仮説構築には3カ月をかけ、そのあとは、3社で開発したワーキングプロトタイプを持ち込み、想定顧客へのヒアリングなどを行いながらビジネスを構築していった。

Possiで使うことになる圧電セラミック素子を組み込んだ歯ブラシ部の製造パートナーは、初期には決まっていなかった。「まったく新しい構造になるため、開発初期の段階から、難易度が高いだろうと想定していた」と稲垣氏は言う。

そこで、歯ブラシの国内大手であり、知見も多いライオンに対して直接アプローチした。ライオン側でも担当者レベルでは「やってみたい」との反応が得られたことから、3社でのコラボレーションが実現している。

ライオン側の担当者である、ライオン・研究開発本部 イノベーションラボの萩森敬一氏は、以下のように当時の状況を説明する。

「聞いた瞬間、直感的に『おもしろい』と思えた。ものづくりとしては難しいと考えたが、私が所属するイノベーションラボは新しいものをやっていこう、という部署。ならばやる、という選択肢しかない」

ライオンがこの計画に参加したのは2019年1月のこと。これらの点を考えても、Possiが非常に短い時間で立ち上げられたプロジェクトであることがわかる。この速度感の維持に、SSAPが大きな役割を果たしたのは間違いない。

とはいえ、Possiは商品化が確約されたプロダクトではない。7月3日から募集が開始されたクラウドファンディングにて、目標額である2000万円をクリアできないと、最終的な商品化は行われない。目標未達の場合には、出資者に対して返金が行われる。

PossiはSSAPの実力を測るプロジェクトになる

クラウドファンディングの内容

Possiのクラウドファンディングでは、一カ月に1本のブラシを使うと想定、三カ月分の歯ブラシがセットになる。

クラウドファンディングの目的は「市場性検証」。販売や製作の費用は、実際の市場に投入するなら2000万円ではとてもまかなえるものではない。「これだけこの商品を求める人がいる」という事実の検証と、フィードバックを受けての製品のブラッシュアップが目的だ。

こうした検証まで含めた部分がSSAPのビジネスになる。なお、3社での利益配分については未公開だ。

ソニー・宮崎氏は、「社名は明かせないが、すでに上場企業2社と同様の契約を交わしており、その他、スタートアップやNPOなどがSSAPを利用している」と話す。

Possiがどう評価されるかは、ソニーが外部に向けた試みであるSSAPの実力を測る「市場性検証」にもなっているのだ。

(文・撮影:西田宗千佳)


西田宗千佳:1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。取材・解説記事を中心に、主要新聞・ウェブ媒体などに寄稿する他、年数冊のペースで書籍も執筆。テレビ番組の監修なども手がける。主な著書に「ポケモンGOは終わらない」(朝日新聞出版)、「ソニー復興の劇薬」(KADOKAWA)、「ネットフリックスの時代」(講談社現代新書)、「iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏」(エンターブレイン)がある。

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