「息抜きは週1牛丼」「手取り4割を貯蓄」の30代。時限爆弾抱えたアベノミクスの実像【2019参院選】

演説する安倍首相。

2017年10月、衆院選のさなかに東京都内で演説する安倍晋三首相。野党党首として2012年12月の衆院選で政権を奪い返して以来、国政選挙で5連勝と圧倒的な強さを誇る。

REUTERS/Kim Kyung-Hoon

2019年7月4日、参院選が公示され、21日の投開票に向け選挙戦が本格化する。

分裂したままの野党は政権を追い詰める迫力を欠き、安倍晋三首相は6月26日の記者会見で「最大の争点は、安定した政治のもとで新しい時代への改革を前に進めるのか、それとも再び混迷の時代へと逆戻りするかだ」と余裕たっぷりに言い切った。

しかし、安倍首相が成果としてアピールする「日本経済の好転」の内実は、「若い世代や将来世代にツケ回しをしながら莫大なコストをつぎ込み、何とか低空飛行を維持している」というものだ。

政権が金看板に掲げてきたアベノミクスの実像とは——。

「年金があれば安心?もともと思ってない」

東京都心のデモ。

東京都心で6月16日にあった、「老後資金2000万円」問題に関する政府の対応に抗議するデモ。背景には年金制度や国の財政に対する「漠然とした不安」もあるとみられる。

写真・西山里緒

ある大企業の首都圏の事業所で「肉体労働系の仕事」をしている30代前半のシュンさん。ネットやテレビで「老後資金2000万円」問題が盛り上がるなか、冷めた口調でこう話した。

「年金があれば安心だなんて、もともと思ってないです。だいたいウチらは70歳とかにならないと年金もらえないですよね」

年収は300万円ほどだが、実家暮らしなのでそれほどお金には困っていない。

趣味はスマホやプレステのゲーム。週1回の外食が息抜きだが、お酒はあまり飲まないので、チェーン店で牛丼を食べたり、カフェで「ちょっと優雅に」(シュンさん)ケーキセットを頼んだりするくらいだ。代わりに月々の手取りの4割近くを貯蓄や積み立て投資に回す。

「自己防衛ですね。今後どれくらい給料が上がっていくのか、いつまで健康で働けるか。いろいろと将来が心配なので。ふつうの暮らしで全然いいので、自分はちゃんとした余生を過ごしたいです」

莫大なコストをかけ、いつまでも続く「時間稼ぎ」

働く人たち。

安倍政権が成果として誇る「日本経済の好転」。仕事を選ばなければ誰でも職に就ける「完全雇用」の状態が続いている。

撮影:今村拓馬

賃金水準が伸び悩んでいるため、多くの人にとって景気回復の実感は薄く、空前の人手不足も経済政策とは関係ない少子高齢化が大きな要因だ。それでもリーマン・ショックや東日本大震災を経て低迷していた景気が、アベノミクスが始まってから上向いたのはまぎれもない事実だ。

2018年度の失業率は26年ぶりの低さで、有効求人倍率は高度成長期以来の高さ。仕事を選ばなければ誰でも職に就ける「完全雇用」の状態が続く。

企業が稼いだ利益も高水準を維持。日経平均株価は2015年4月、15年ぶりに2万円台を回復し、直近でも2万1000円台をキープする。

そもそもアベノミクスとは次のような政策だった。

日本銀行が国の借金証書にあたる国債を民間金融機関から大量に買い入れ、市場をお金でじゃぶじゃぶにする「異次元の金融緩和」(第1の矢)。インフラ整備などに政府がお金をたくさん使って民間企業を潤す財政出動(第2の矢)。

この2本の矢によって景気を一時的に押し上げて時間を稼ぐ。その間に規制緩和などによって自由にビジネスがしやすい環境を整え(第3の矢)、中長期的な経済成長を促す。

政権発足から6年半が過ぎた今、現状はどうか。

「時間稼ぎ」のはずだった異次元緩和は終了の見通しが立たず、財政の膨張も止まらない。それなのに日本経済の成長力強化の成果はまだはっきりとは見えない——。

「もう少しこのまま続ければ、劇的な成果が出る」という話なら良いかもしれない。

問題は、この「時間稼ぎ」には莫大なコストがかかっており、それは若い世代やこれから生まれてくる「将来世代」へのツケ回しにほかならないという事実だ。

回復への道筋が見えない日本経済の「実力」

借金の山。

安倍政権のもとで消費増税はたびたび先送りされ、財政再建目標の達成時期も延期に。そうしているうちに国の長期債務残高は900兆を超えた。

takasuu/Getty Images

国が借金して財政支出を増やすと、いまを生きる世代にお金が回るが、その借金を返すために将来の支出を削らなければならない。金融緩和によって世の中の金利が下がれば「いま借金してでもお金を使った方が得だ」と考える人が増え、景気が下支えされるが、そのぶん将来消費されるお金は減る。

BNPパリバ証券の河野龍太郎チーフエコノミストは次のように指摘する。

「金融緩和や財政出動の目的は、政府や企業、個人の支出を前倒しさせて景気の急激な落ち込みを和らげることであり、その効果は一時的なものです。

日本は2014年ごろには『完全雇用』の状態に入ったと見ていますが、その後も金融緩和と拡張財政のアクセルをふかしたままです。その結果、本来なら借金の利子さえ払えない非効率な事業が生き延びる一方で、新しいビジネスに人材やお金が回りにくくなり、日本経済の生産性向上が妨げられています」

一方、第一生命経済研究所の熊野英生首席エコノミストはこう解説する。

「短期決戦に失敗し、2015年ごろを境にアベノミクスは変質しました。医療分野に代表される『岩盤規制』の緩和には結局本腰を入れず、代わりに働き方改革や子育て支援といった必ずしも経済成長に直接つながらない社会政策に力を入れ、有権者にアピールするようになりました」

各分野の規制緩和に対しては政権の支持団体を含めて反対する関係者も多く、前進させるには相当なエネルギーが必要だ。それが日本経済の成長にいつから、どの程度貢献するのかはっきりしない部分も多い。できれば避けて通りたいのがホンネだろう。

つまりこういうことだ。一時的な効果しかない第1の矢と第2の矢を撃ち続けて強引に景気を引っ張り上げる一方、第3の矢は十分に放たれなかった。それどころか第1の矢と第2の矢が、第3の矢の効果として期待された「中長期的な成長力アップ」を邪魔している——。

「日本経済が自然体でこのくらい成長できる、という実力」を示す最近の潜在成長率は、内閣府の推計でさえ1.1%にとどまり、2012年10~12月期の0.8%から伸び悩む。民間シンクタンクの間では「1%未満」という見方が目立つ。

アベノミクスが始まってからの経済成長率は、実は年率1%ほどにすぎない。もともと少子高齢化によって若い働き手が減るなどして日本経済の「実力」が衰えていたところに、その回復に向けた取り組みも欠けているのだから当然の結果だ。

静かに膨らみ続ける「深刻な財政危機」のリスク

時限爆弾。

いつ破裂するか分からない「爆弾」を後に続く世代に押し付けようとしても、逃げ切れるとは限らない。ならば負担増を覚悟して異次元緩和と拡張財政の手じまいにかかるのか?

LEONELLO CALVETTI/Getty Images

異次元緩和のおかげで、政府が借金を膨らませても国債の買い手には困らず、利払い費も抑えられている。そんな状況のもとで消費増税は2度にわたり延期され、政府の「財政再建目標」の達成時期も先送りされている。

その結果、国の長期債務残高は900兆円を超えた。国際比較によく用いられる国・地方の長期債務残高は名目国内総生産(GDP)の2倍にのぼり、この比率は先進国では飛び抜けて高い。

「いつか限界が来て突然、年金や医療、介護といった社会保障サービスが大幅にカットされるのではないか」。そう心配する人は少なくない。

「老後資金2000万円」問題が瞬く間に注目を集めた背景にも、冒頭のシュンさんのような「漠然とした不安」を多くの人たちが抱いている、という現状がある。これでは多少景気が良いと言われたところで、国内の消費や投資は盛り上がるはずもない。

実際、世界各地の過去の財政危機などの事例を研究したアメリカの著名な経済学者らが「政府債務が一定の水準を超えると成長率が落ちる」と主張しており、国内でもこうした見解を支持する専門家は少なくない。

異次元緩和のもとで政府が財政再建の努力をさぼっていると、潜在成長率にますます下押し圧力がかかる。すると拡張財政や金融緩和を止めた場合に景気悪化を招きやすくなるので、ストップさせるのは政治的にいっそう難しくなる。

日本経済はそんな袋小路に入りつつある。巨額の借金が積み上がるなか、思わぬきっかけで金利が急騰し、深刻な財政危機が生じるリスクは静かに膨らみ続けている。

うまく軟着陸させる方法はあるのだろうか?BNPパリバ証券の河野氏はこう提言する。

「米中貿易戦争の深刻化などで世界経済に不透明感が広がっていることも事実です。それでも完全雇用の状態にある限り、さらなる財政出動や追加金融緩和はせず、現状維持にとどめるべきです。

そして今後、景気の下振れリスクが和らいだと判断されれば、金融政策は徐々に引き締めを始めるとともに、景気拡大で増えた税収は借金返済にあてていくことが必要です。

社会保障の財源となる消費税については、景気へのマイナスの影響を抑えるため、今後は例えば年0.5ポイントずつといった小刻みな税率引き上げを安定的に続ける手法を検討すべきです」

異次元緩和も拡張財政も永遠には続けられない。いつ破裂するか分からない「爆弾」を後に続く世代に押し付けようとしても、逃げ切れるとは限らない。ならば負担増を覚悟して「手じまい」にかかるのか?

参院選に臨む各党の公約を見る限り、この問題に正面から立ち向かおうとする主要政党はない。それでも、よりマシな未来につながりそうな選択肢はどれか?

選ぶのは有権者である私たちだ。

(文・庄司将晃)

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