欧州中銀総裁にラガルド氏。初の女性トップ、サプライズ人事を読み解く3つのポイント

ラガルド氏。

欧州中央銀行(ECB)の次期総裁に内定したフランス出身のクリスティーヌ・ラガルド国際通貨基金(IMF)専務理事。ユーロ圏の金融政策を担うECBの総裁に女性が選ばれるのは初めてだ。

REUTERS/Mariya Gordeyeva

7月2日に開催された欧州連合(EU)臨時首脳会議において、欧州中央銀行(ECB)の次期総裁にフランス出身のクリスティーヌ・ラガルド国際通貨基金(IMF)専務理事が指名された。ドイツのウルズラ・フォンデアライエン国防相が指名された欧州委員長(EUの行政執行機関トップ)のポストとともに、女性が選ばれるのは初である。

「定番の噂」ゆえのノーマーク

ECB本部。

ドイツ・フランクフルトのECB本部。ラガルド氏の総裁就任によって、正副総裁2人と4人の理事からなるECBの執行部6人のうち2人が女性となる見通しだ。

REUTERS/Ralph Orlowski

これまでも欧州で高級ポストが空くたびにラガルド氏の名は挙がってきた。ECB総裁はもちろん、欧州委員長の候補とも言われていたし、先のフランス大統領選挙でも候補に挙がっていた。「ラガルド説」はビッグネームゆえにとりあえず挙がってくる「定番の噂」であり、本気で取り合う向きは常に少数という印象があった。

ドイツのメルケル首相と並んで欧州で最も有名な女性政治家がECB総裁に就くという展開は予想外の決定である。しかし、冷静に読み解いていくと今後に禍根を残しそうな決定であることも確かだろう。

ラガルド総裁が実現する場合、少なくとも3つの論点がある。

(1)初の女性総裁

欧州に限らず世界的な潮流であるが、高級ポストに女性を選任する流れは根強い。ECBについては正副総裁2人と4人の理事からなる執行部に1人の女性が存在したが、これで6人中2人(33%)が女性となる。

欧州議会はECBの高官ポストに女性が少ないことに異論を示していた経緯があり、女性候補が承認されやすいという見立てはあった。

例えば、ECBは金融政策だけではなく銀行監督政策も担うが、このトップが単一監督メカニズム(SSM)銀行監督委員会の委員長だ。2014年11月にSSM初代委員長として就任したのはフランス人で女性のダニエル・ヌイ氏である。ラガルド総裁誕生となれば、ECB総裁とSSM委員長というECBの2大ポストをフランス人女性が経験したことになる。

議論呼ぶ「重量級政治家」の出自

フランスのマクロン大統領とラガルド氏。

フランスのマクロン大統領とラガルド氏。「仏政府の意向もあり、ラガルドECB体制は(金融緩和に積極的な)ハト派色が強いはず」という見方も出ている。

EUTERS/Philippe Wojazer

(2)初の政治家出身のECB総裁

明文化されているわけではないが、やはりECB高官ポストに政治家出身の人物が就くことには議論がある。

2018年6月1日にECB副総裁に就任したデギンドス氏はスペインの経済・産業・競争力相であり、これも政治家出身であることが物議を醸した。これでECBの正副総裁がともに政治家出身ということになるという点は、最も目を引く事実に思える。

今回の人選にはマクロン仏大統領の意向が大きく作用したと言われている。フランスはECBの政策運営について緩和路線にあることを支持している。

「仏政府の意向もありラガルドECB体制は(金融緩和に積極的な)ハト派色が強いはず」という解説も見られ、それが事実かどうかはさておき、あまり褒められた事態ではないことは確かであろう。

ラガルド氏の知名度や危機対応能力や調整能力に議論の余地はないが、その出自と選出過程に疑義が指摘されているという事実はある。

2018年4月には、ドラギECB総裁がトランプ米大統領の米連邦準備制度理事会(FRB)への政治介入に懸念を示すということがあっただけに、ECBとしては若干の「気まずさ」を覚える部分もあるのではないかと邪推してしまう。

過去のECB総裁は全てEU各国の中央銀行総裁出身者であったため、このような心配はする必要が無かった。

先進国の中銀トップ、法律家の資質が重要に?

米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長と言葉を交わす日本銀行の黒田東彦総裁。

米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長と言葉を交わす日本銀行の黒田東彦総裁。 パウエル氏は弁護士で、黒田氏も司法試験に合格している。弁護士出身のラガルド氏も含めて、日米欧の中銀トップがすべて法律の専門家ということになる。

REUTERS/Ben Nelms

(3)金融政策の専門家ではない

もともとラガルド氏は弁護士であり、その後転身して仏財務相などの要職を経験した重量級の政治家であり、中央銀行業務の経験はない。

2011年6月という欧州債務危機の真っ最中に仏財務相からIMF専務理事へ就任しているため、有事対応の経験という意味では傑出した能力があると思われるが、実務の塊でもある平時の金融政策については周囲のサポートを要する部分も大きいだろう。

この点、2019年6月に就任したばかりのチーフエコノミストでもあるレーン理事の寄与が期待されそうであり、そうであるならば過度にハト派的な政策発想にはならない、という安心感もある。しかし、就任早々から市場の思惑を上手く操ったドラギ総裁のような派手なコミュニケーションは期待しかねるという問題もあろう。

なお、パウエルFRB議長も弁護士であり、黒田東彦日銀総裁も司法試験に合格している。これで日米欧の中銀トップが法律の専門家という構図になる。伝来的な経済・金融理論の専門家ではなく、政治との距離感を上手く取り、調整能力を発揮できる能力の方が、先進国中銀を切り盛りする上では重要になっているのかもしれない。

ドラギ氏ばり「マジック」は期待薄、調整型に移行か

トレーダー。

ECBのドラギ総裁は「マジック」とも称される派手な発信でしばしば市場を動かしてきた。しかし、調整能力の高さに定評があるラガルド新総裁のもとでは、堅実でバランスの取れた運営となる可能性が高い。

REUTERS/Peter Nicholls

中銀総裁が代わったからと言って、できることが増えるわけではない。

仏政府(≒マクロン大統領)に配慮しようとしまいと、ユーロ圏が輸出主導型の成長スタイルを主としている以上、域内金利を低め誘導してユーロ安を促す、というのが基本戦術になるしかない。その過程では、量的緩和の再開やマイナス金利の深掘りといった思い切りも必要になるはずだ。

そのような方針を口にしたドラギ総裁に、保護主義的な政策を進めるトランプ大統領が噛み付いたばかりであるだけに、ラガルド新総裁も同様の経験をする可能性は十分ある。

目下、航空機補助金を巡ってアメリカがEUに制裁関税を加える、というニュースが話題となっている。こうした政治対立の最中、とりわけ輸出大国であるドイツを利しているECBの政策運営とユーロ相場がアメリカの琴線に触れ続ける時間帯は続くだろう。無理筋な要求が目立つトランプ大統領だが、ドイツがユーロ相場にフリーライドしているのは一定の事実であるため、この状況が簡単に収まるめどは立たない。

上述した通り、ラガルド新総裁の下では、イタリア出身のドラギ総裁の「マジック」とも称される派手な運営ではなく、堅実でバランスの取れた動きが中心になる可能性が高い。ドラギ総裁は就任初回の理事会から利下げなどで市場期待をけん引したが、同様の動きは難しいだろう。

だが、それでもユーロ圏経済に必要な成果は「金利低下とユーロ安」であることに変りはない。あえて言えば、売りである「調整能力の高さ」が徐々に発揮されていけば、意思決定が早まっていくなどの変化はあり得るかもしれない。

ドラギ体制では重要決定の前の理事会で「内部の専門委員会に検討を指示した」といった「振り」が入ることが多い。だが、あのような一種の「予告ホームラン」のようなコミュニケーションは「市場との対話」という意味ではあまり得策ではない。先に期待が膨らんで空振りに終わるリスクが大きいと言わざるを得ないからだ。

ドラギ総裁は果断に多数決で突破するタイプであったため、ある程度は検討の時間を内部的に設ける必要があったのかもしれない。前任でフランス出身のトリシェ氏はあくまでコンセンサスとしての意思決定を示すことにこだわり、理事会の票が割れるというイメージはなかった。

あくまで現時点では想像に過ぎないが、調整能力の高さに定評のあるラガルド氏もトリシェ型に近いのかもしれない。いずれにせよデビュー戦となる2019年12月12日の理事会は、年の瀬の大きなイベントとして注目されることになる。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。


唐鎌大輔:慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)国際為替部でチーフマーケット・エコノミストを務める。

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