政府による今回の措置は、半導体の製造に欠かせない「洗浄液」や「感光材」といった半導体材料について、韓国への輸出契約1件ごとに許可が必要となるという内容だ。
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政府は2019年7月4日、韓国に対する半導体材料の輸出手続きを厳しくする措置に踏み切った。安倍晋三首相や菅義偉官房長官は、韓国人元徴用工訴訟の問題によって日韓間の信頼関係が損なわれたため、という趣旨の説明をしている。本来はこの問題と全く関係ないはずの「通商」をリンクさせたことで、足もとがふらついている日本経済は新たなリスクを抱え込むことになった。
「半導体材料」輸出の優遇措置を廃止
2018年10月30日、ソウルに集まった元徴用工の男性とその支援者。この日、韓国が日本の植民地だった時代に徴用工だった韓国人4人への賠償を新日鉄住金に命じる判決が確定し、日本企業関係者らに大きな衝撃を与えた。
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今回の措置は、半導体の製造に欠かせない「洗浄液」や「感光材」といった半導体材料について、韓国への輸出契約1件ごとに許可が必要となるという内容だ。日本企業が包括的な輸出許可を取れば契約ごとの許可は不要としてきた優遇措置を、韓国への輸出については適用をストップして通常の手続きに戻す。
半導体材料は信越化学工業、住友化学、富士フイルムといった日本企業が世界的に高いシェアを持つとされる。万一、日本勢からの材料供給が滞れば、サムスン電子やSKハイニックスといった韓国経済を引っ張るハイテク企業にとっては打撃だ。一方、韓国の得意先を完全に失えば、日本企業も無傷では済まない可能性がある。
さらに政府は8月にも、武器などに転用できる品目の厳格な輸出手続きを簡略化できる「ホワイト国」(アメリカ、ドイツ、フランスなど27か国)の指定から韓国を外す方針も明らかにしている。そうなれば、個別の許可が必要となる品目が一部の工作機械などにも広がる。
今のところ「日本企業への影響は小さい」
韓国向け輸出の厳格化措置については、今のところ市場関係者の間では「少なくとも日本企業の業績には大きな影響はない」という見方が大勢だ。
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半導体材料の輸出手続きにこれまでよりも時間がかかるようになり、韓国メーカーの在庫が足りなくなる事態となれば、一時的に韓国での半導体生産に影響が出る可能性はある。とはいえ、今のところエコノミストの間では「少なくとも日本企業の業績には大きな影響はない」という見方が大勢だ。
第一生命経済研究所の西浜徹主席エコノミストはこう解説する。
「経済産業省の発表内容を見る限り、今回の措置はあくまでも『特例措置の廃止』であり、『輸出規制の強化』とさえ言えない内容です。アメリカのトランプ政権による制裁関税とは全く別次元の措置です。世界貿易機関(WTO)ルール上、問題になる話ではありません。
確かに輸出の手続きは面倒になりますが、それが韓国企業による調達先の変更や、自力での国内生産につながるかと言えば、経済合理性の面だけから見れば考えにくいです」
ニッセイ基礎研究所の井出真吾チーフ株式ストラテジストは次のように指摘する。
「日本製の半導体材料のシェアや品質から考えて、韓国企業はそう簡単に調達先を変えることはできません。株価の動きを見れば、日本企業の業績への影響は小さいという見方が支配的であることは明らかです」
しかし韓国側は、康京和外相が7月3日、「不合理で常識から外れた措置だ」「第三国にも不利益が及ぶ問題なので、そうした国と連携して対処していく」と韓国国会で述べるなど反発を強めており、「韓国政府が対抗策の検討に入った」との報道も出ている。
「仮に韓国が報復し、それに対抗してさらに日本も、といった形でエスカレートした場合は、日本企業の業績への影響も心配しなければならなくなる可能性はあります」(ニッセイ基礎研究所の井出氏)
「報復の応酬」につながる可能性は低くない
安倍晋三首相(左)と菅義偉官房長官。政権が元徴用工訴訟問題と通商問題を結びつけて国内向けのアピールに使うのは、「危険なゲーム」だと言わざるを得ない。
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今回の措置を取る理由について、経済産業省のプレスリリースは「日韓間の信頼関係が著しく損なわれたと言わざるを得ない状況の中で、韓国との信頼関係のもとに輸出管理に取り組むことが困難になっていることに加え、韓国に関連する輸出管理をめぐり不適切な事案が発生した」といった趣旨の説明をしている。
一方、安倍晋三首相は7月3日、日本記者クラブ主催の党首討論会で今回の措置と元徴用工訴訟問題の関連を問われ、「国際法上の国と国との約束を守るのか、ということだ。約束を守らない中で、今までの優遇措置は取れない」と述べた。
日韓間のビジネスに詳しいある企業関係者は言う。
「今回の措置が実施された直接の理由は、韓国側の北朝鮮への輸出管理に問題があることだとも言われています。最近は輸出管理に関する日韓協議に韓国側が応じていないとの話もあり、そうしたなかで日韓間の信頼関係が損なわれた、ということなのでしょう。
本来、元徴用工訴訟問題は日韓の通商関係とは何の関係もありませんが、この問題については自民党内から韓国側への強硬措置を求める声が出ていました。そうした要求に対し、安倍さんは『ガツンとやってやった』という姿勢を見せたかったのではないでしょうか」
核開発を進める北朝鮮などに対する韓国の輸出管理に問題があったのなら、日本としても適切に対処すべきなのは確かだ。
ただ、日韓両政府が「解決済み」としてきた元徴用工の問題を蒸し返した韓国側の対応が国際ルールに照らして大いに問題があるとは言っても、安倍政権がそれと通商問題を結びつけて国内向けのアピールに使うのは「危険なゲーム」だと言わざるを得ない。すでに日韓関係が相当悪化している現状を踏まえれば、報復の応酬につながる可能性は低くない。
ただでさえ世界景気の先行きが不透明さを増すなか、日本経済は新たな火種を抱え込むことになった。
(文・庄司将晃)