「弁当作りがつらい」。仕事断り、夕ご飯は手抜きに。なぜコンビニ弁当ではいけない

「ピー、ピー、ピー」

朝6時。炊飯器のご飯が炊きあがる音が、この春から私の目覚ましになった。

ゾンビのように布団からはい出て、弁当箱にご飯をよそい、ご飯を冷ましている間に、おかずの準備。そして朝ごはんの用意だ……。

7時すぎに子どもと夫が出て行くと、パソコンを開いて仕事を始める。8時半ごろ一段落したら、食器を洗って、洗濯物を干す作業が待っている。

公立高なのに学食なし、週7日の弁当作り

弁当

7月5日。弁当を作り始めて3カ月。7月第一週は期末テストでしばし解放された(からこの原稿を書けている)。

今年4月、息子の高校入学で私の生活は一変した。息子の通っている学校には学食がない。売店でパンは売っているが、「1年生の教室は売店から一番遠く、売り切れていることが多いから」と、入学式の学年保護者会とクラス保護者会で繰り返し、「なるだけお弁当を持たせてください」とお願いされた。

子どもを7カ月で保育園に預けて残業残業の生活に戻り、息子の昼ごはんは保育園や学校の給食にお世話になりっぱなしだった私にとって(中国に親子で滞在していた頃は、朝ごはんまで幼稚園に食べさせてもらっていた)、弁当作りは受験前から大きな不安だった。

東京の都立高校で、学食があるところは多くない。選択の余地はほとんどなかった。

そして息子が高校入学すると、現実は想像よりも厳しいことが分かった。

運動部に入った息子は、土日も遠方に練習試合に行くことが多く、休みの日も弁当が必要だったのだ。始発に乗って練習試合に向かうこともあり、ゴールデンウィークの10連休中も弁当作り。この3カ月、私は週に6、7日弁当を作ってきた(もっとも、月に1、2度は力尽きて、通学途中でコンビニで買ってもらうこともある)。

フルタイム仕事、夫と子どもの環境変化でワンオペ

弁当

5月10日。チクワとプチトマトなしには生きていけない。

日々の弁当作りというタスクは、ボディブローのように私にダメージを与え、ゴールデンウィークが明けた頃、「これは母親の5月病だ」と思うようになった。

我が家は共働きで、子どもは1人。私は取引先を複数抱えるフリーランスで、夫はサラリーマンだ。家計は折半で、夫は家事も「手伝う」レベルを超えてやっている。

掃除もアイロンがけも私より丁寧にやる夫の唯一残念な点は、料理が一切できないことだ。そのため、だいたい私が料理と洗濯7割、夫が掃除全般と洗濯3割という負担になっている。夫は私が数日出張で家を空けようが、仕事に追われて家事がおざなりになってようが文句は言わないが、私の方がスケジュールを調整しやすく、デスクワークは家でしているため、家事負担はどうしてもこちらに偏りがちだ。

今までこのバランスでもやってこられたが、4月以降、私ばかりが家事に追われる(と感じる)ようになった。息子の弁当作りは、料理担当の私にふりかかり、息子が部活でユニフォームを汚してくるため、洗濯の頻度も量も倍になった。

加えて夫は4月から勤務先が変わり、平日も土曜日も早朝から午後10時すぎまで不在、かつ晩御飯を食べずに帰宅する(日曜日も図書館にこもっている)。夫も息子も新生活にまだ適応できず、ちょくちょく体調不良を訴えるため、3人で分担していた家事も、今は掃除以外はやむなく私が引き受けている。

コンビニはアウトで冷凍食品はセーフの不思議

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寝坊して、ごはんをさます時間がない日は、コンビニでサンドイッチを買ってもらっている。

SkyImages shutterstock.com

「何かをやめないと、自分が行き詰まる」と思っても、すぐにやめられるものもない。だから私は、手間がかかりそうな新しい仕事はこの3カ月断り続け、その理由に「弁当」を挙げてきた。

私が弁当でひぃひぃ言ってると、励ましてくれたり助言をくれる人も多い。でも私は余裕がなさすぎて、そういう励ましすら、「そんな単純な話ではない」ととらえてしまう。

一番言われるのが、「確かに弁当作りは大変だけど、コンビニ弁当はかわいそうだからね。今は冷凍食品もおいしいから、それで工夫しなよ」ということだ。

そもそも、どうしてコンビニ弁当がNGで、冷凍食品がOKなのか。その線引きは栄養価とか、安全性という基準ではない気がする。「コンビニ弁当」は明らかな手抜きだけど、冷凍食品なら弁当箱に自分で入れるという、「少しでも自分が介在したかどうか」という線の引き方なのではないか。

作り置きしとけば」「晩御飯の残りを詰めれば」というアドバイスも多い。

パーティ。

6月28日。越境EC企業インアゴーラと福井銀行のイベントの取材。出された料理を見ても「緑の比率はこれくらいがベストか」とつい弁当思考に。

もちろんそれはやっている。だから私は朝の弁当作りにはそんなに時間をかけていない。ただし、「作り置きをする」「弁当を考慮した晩御飯の献立には、当然時間がかかっている。

朝、夜に加え、昼まで作っているのだから、朝の作業をどれだけ効率化しようが、1週間の負担の総量はかなり増えている。献立を考える時間も、買い物の時間も。そして洗い物の量と時間も。

そして、仕事の負担が減る土日に、翌週の弁当のおかずを作り置きするため、1週間の「区切り」や「メリハリ」が消失してしまった。作ってみて分かったが、弁当において食欲を左右するのは「色どり」なので、外でご飯を食べても、「あ、これ弁当に応用できそう」と、何でも弁当に結びつけるようになってしまい、頭の中に常に弁当問題が鎮座している状態だ。

チクワとプチトマト頼みの日々

お弁当

5月3日、練習試合のために5時半に家を出た息子に持たせた弁当。隙間を埋めること以外何も考えずに作った結果、帰宅した息子に、「チクワ多すぎ」と言われた。

そして、弁当作りも含めて、家事や育児の負担になると、必ず出て来るのが「あなたは6時起きでしょ。まだいいじゃない。私は4時半から起きてやっている」とか、「夫が協力してくれるだけ、あなたは恵まれている」「あなたは子ども1人でしょ。うちは3人よ」といった反応。「氷河期世代の就職」や、「ブラック企業のサラリーマン」のトピックでもよく聞かれる、「もっと大変な人がいるんだから、あなたはまだいい方よ」というマウンティングは、実際には解決ではなく我慢を求めているだけだし、誰も幸せにしない。

冷凍食品

冷凍庫は冷凍食品のストックが増え、夫婦の実家から送ってきた食糧が入らない……。

また、同じように弁当作りに苦しんでいる人には絶対に言われないが、同じ経験をしたことがないか、あるいはキャラ弁まで作りこなすような家事偏差値の高い人に結構言われるのが、「愛情弁当が一番だよ」というものだ(たぶんこの価値観は、コンビニ弁当否定論と関係している)。

「弁当=母(時には父の場合もある)の愛」という価値観は、日本に本当に深く根付いている。運動会では暗黙のうちに、「父は場所取り、母は弁当作り」という役割分担が社会的に共有されて、「何日分のおかずか!」という多種類のおかずを詰め込んだ弁当がSNSに投稿され、褒めたたえられる。

先日は、「弁当の色どりをプチトマトとブロッコリーでごまかすのはやめよう」という趣旨の記事を見かけた、すぐさま弁当修行仲間の知人にシェアして「弁当作るだけでも大変なのに、プチトマトまで否定するのか!」と文句を言い合った。

弁当を作り始めて、私はチクワとミニトマトのありがたみを知った。家族の誰もそんなにチクワが好きなわけでないが、隙間埋めに本当に便利なのだ。そこにダメだしされたら、私はどうやってこの試練を乗り切ればいいのか……。

私は決して、弁当を丁寧に作る人を敵視しているわけでない。SNSで「いいね」がたくさんつく弁当を作れる人は、羨ましいし憧れる。

ただ、「手作り弁当」が親の愛を反映するもので、「コンビニ弁当」「弁当を作らない」=「親として手を抜いている」という、明文化されていないけど日本を覆っている価値観に苦しんでいる

私は弁当を作り始めて、夕ご飯の手抜きが増えた。新しい仕事も断っているし、友人と会う時間の捻出も難しくなった。子どもへの愛があっても今の私は、「家庭」と「仕事」への義務を果たすことで時間を使い果たし、いろいろなことを間引きして、かろうじて破たんを回避している。

親の献身を前提とした学校運営

出前

息子の高校は、学校内でスマホ使用自由のため、出前も認めてほしい……。

MAHATHIR MOHD YASIN shutterstock.com

女性が結婚・出産を経て働き続けることは普通になった。我が家のように夫婦フルタイムのケースも、珍しくない。企業社会は、少しずつではあるが「男性社会」ではなくなってきている。

けれど、子どもの学校生活は、相変わらず母親の献身を前提に成り立っている。いろいろな家庭の子どもが通うことを前提にしている公立高校に、学食がないのもその現れだろう。

PTAの案内のチラシに出て来る保護者のイラストは全て女性だし、保護者会やクラスの懇親会は、週末の開催にかかわらず、参加者はほぼ女親だ。入学式の後にクラスで行われた保護者会は、子どもの数しか席が用意されておらず、全ての席が女性で埋まった。私の夫は、唯一1人の男性保護者として、後ろに立って話を聞いていたが、居心地が悪かったのか30分ほどすると「先に出とくね」とLINEが届いた。

日曜日に開かれた部活の保護者説明会は、図書館で調べものをやりたいと渋る夫に、「私だって弁当作らないといけないんだから」と一喝して行ってもらった。

学校に着いた夫から、「男は俺だけなんですけど」とLINEが来た。

部活動の保護者でつくるLINEグループのメンバーも、中高ともに全員が母親だし、イベントの準備に出てくるのも母親オンリーだ。夫は、私に言われると参加してくれるが、「母親の中に男1人」という居心地の悪さと、「円滑な夫婦関係」の間で揺れているのは間違いない。

政治も、社会も、企業も「女性の労働参加」を推奨し、10年前に比べたら、女性はずっと働きやすくなった。

しかし、子どもの学校は10年前と全く変わらず親にかなりの負担を求め、当然のように母親がそれを担う「女性社会」が続く。

会社と同じように、学校でも昼食のアウトソースを

息子の学校では少し前に、ある生徒がスマホから学校に料理の出前を頼む“事件”が発生したそうだ。出前のバイクは校門の警備員に止められ、その後、出前の注文を認めるかどうか、教師たちの間でも意見が分かれたらしい。

弁当を作っている保護者の多くが、「学食があればいいのに」と思っているはずだ。それが簡単に実現できないなら、「できるだけお弁当を作ってきてください」と言うのではなく、親に負担をかけずとも、業者に弁当の配達をお願いしたり、キッチンカーにきてもらうなど、バランスの取れた昼ごはんを食べられる選択肢をつくってほしい。

家庭の形は多様化している。「お弁当を作るのがつらい」と言ってる親たちに、「何とか頑張って乗り切れ」と励ますのではなく、学食を含めたアウトソースを検討する段階に来ていると思うほどに。

(文・写真、浦上早苗)

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