レシート買い取りアプリの18歳CEOが、元ぼくりりと茶道家を“採用”する理由

「茶道家とアーティストをアドバイザーに迎えることになりました。人生に余白を、というテーマの人選です——。取材しませんか」

レシート買い取りアプリ「ONE(ワン)」で知られるワンファイナンシャルのCEO、山内奏人さん(18)から、編集部にメッセージが届いたのは、7月に入ったばかりのある雨の夜のことだった。

3人

左から、茶道家でTeaRoom代表の岩本涼さん、ワンファイナンシャルCEO山内奏人さん、元ぼくりりのたなかさん。

アーティストは、前職は「ぼくのりりっくのぼうよみ(ぼくりり)」で知られる俳優、モデル、YouTuberなど多彩な活動をする「たなか」さん(21)。2019年1月末にぼくりりを「辞職」し、3年間に渡る一切のぼくりり活動を終えたたなかさんは7月2日付で、ワンファイナンシャルの余白戦略顧問に就任。

茶道家は、22歳にして裏千家での茶歴が13年を超える、岩本涼さん(22)。国内外で茶道を広める活動をする株式会社TeaRoom代表でもある。岩本さんはワンファイナンシャルの「茶頭」に就任。茶頭とは、戦国時代、織田信長や豊臣秀吉など諸大名に仕えていた筆頭茶人のポジションだ。

山内さんは、高校生時代にワンファイナンシャルを起業し、16歳で1億円を調達したスタートアップ経営者。2018年6月にサービス開始したレシート買い取りアプリONEは、翌日にはユーザー10万人に到達し、サービスが一時停止するほどの爆発的な反響を呼んだ。収集する購買データを武器に、現在も前進を続ける。

生き馬の目を抜くようなスタートアップ界隈の競争を生きる日々に、山内さん率いるワンファイナンシャルが、あえてアーティストや茶道家を顧問に迎えるその意図とは。

戦略的に休むことが問われている

山内

天才プログラマー高校生として、メディアにも数多く取り上げられてきた、山内さん。2019年春に大学に進学した。

「正直、1日24時間、休みなく働き続けることは、頑張ればできると思うんです。ただし、戦略的にゆとりをもって、休みながら働くことこそが、これから何よりも求められるスキルじゃないかと」

六本木の雑居ビルから東京・神宮前にオフィスを移したワンファイナンシャルに、山内さんを訪ねると通されたのは、真っ白な内装の一室。そこでは、萩焼きの茶器や茶道具が、テーブルの上に広げられ、山内さんとワンファイナンシャル「筆頭茶人」の岩本さんが和やかに談笑していた。

この日の取材は、ワンファイナンシャルの「お茶会」として執り行われるのだ。

tea

喫茶文化は、世界各国にある(写真は、スタートアップ関係者を集めた別のお茶会の時のもの)。

提供:TeaRoom

なぜ、筆頭茶人にアーティストという、一見、スタートアップの経営には異色の人材を迎えるのか。山内さんに尋ねると、返ってきたフレーズが、冒頭の「戦略的に休むこと」だ。

「去年1年間でも、ぼくの友人が数人、精神的に参ってしまっています。彼らは24時間、働き続けるタイプの人間でしたが、それでは体力的にというより精神的に疲弊してしまう」

それは、山内さんにとっても「他人ごと」ではなかった。

7歳でコンピュータに出合い、12歳からスタートアップのインターンとして、高校時代からは経営者として働き続けてきた。その人生は、いつも学業と仕事、プライベートのパラレル生活だ。「1日8時間学校に行き、8時間働く」(山内さん)ような毎日を過ごしてきた。

とりわけ、レシート買い取りアプリのONE、企業向けの購買データ分析サービスと、立て続けにプロダクトやサービスの球を打ち続けてきたこの1年余りは、怒涛のような日々でもあった。忙しい時は、午前7時から日付が変わった午前4時まで働き続けることもあるという。

「働き過ぎることが悪いのはみんな、わかっている。どう休むかは人のセンスによると思っています」(山内さん)

スタートアップ経営者は令和時代の武将

岩本さん

岩本さんは、自らもお茶事業のスタートアップ経営者。穏やかな物腰が印象的だ。

「山内は、多くのスタートアップが乱立する、戦乱の令和時代の武将だと思っています。戦国時代の武将たちを、茶の湯文化を伝える茶人が癒したように、山内を支えていきたいのです」

テレビドラマで観た所作の美しさに惚れ込んだことをきっかけに、小学生の頃から茶道にのめり込んできた岩本さんは、お茶を淹れながら、ワンファイナンシャルのアドバイザーを引き受けた理由をそう話す。

岩本さんはこれまで26カ国を訪れ、世界各地でお茶会を開催。ワンファイナンシャル茶頭としては毎週1回、茶器を携えて会社を訪問し、社員向けにお茶会を開いている。

インタビュー中も、岩本さんによって次々と供されるお茶は、静岡県で運営する共同工場で、お茶の葉から蒸したり揉んだり、丹念に作り上げてきたもの。その手つきは滑らかで、穏やかな口調や微笑みをたたえた様子は、場に不思議な和みをもたらしている。

これまで築いた一切のキャリアを手放したらどうなるか

ぼくりり

元ぼくりり・たなかさん。ニーチェに傾倒するミュージシャンは、尖ったキャラかと思いきや、柔らかな空気をまとっていた。

茶の湯の話が進んだ頃、インターフォンのチャイムが鳴り、遅れて部屋に入ってきたのが、元ぼくりりこと、たなかさんだ。

今、猛烈にはまっているボルダリング帰りというたなかさんは、あたかも家に遊びにきた友達といった風情。

ニコニコ動画への投稿をきっかけに17歳でミュージシャンとしてメジャーデビューし、カルト的な人気を博しながらも、ミュージシャン「ぼくりり」を“葬り去る”など、インターネット上を騒がせた人物とは思えない、柔らかな空気をまとう。

「これまで築いてきた一切のキャリアや蓄積を手放しても、まっさらな景色で生きられることを示してみたかったんです。ゼロからイチになった人間が、そのイチを壊してまた、ゼロの『たなか』になる。実際、やってみたら、どうとでもなるんです」

正しい意思決定をするためのベストなコンディションを作る

お茶会

たなかさんを交えてお茶会は進行中。

存在そのものが現時点で「余白」のようなたなかさんは、スタートアップで何をするのか。

「僕は、こうしたら余白が生まれます!ということを説明する役割ではありません。ぼくりりを辞めたことを『没落』と表現しているのですが、それによって、周囲にある種のカタルシスというか、解放感をもたらしたい」

では、山内さんはなぜあえて「余白戦略顧問」を自社に置こうと考えたのか。

「スタートアップの経営者の仕事は、決断をすることです。そして僕は、現在の自分の意思決定が未来の自分を左右すること、時に足を引っ張る可能性だってあることを知っています」

この1年でも、「過去の自分の意思決定」が「間違っていた」と痛感することがあったと明かす。

「(決断をめぐり)常に不安や恐怖もあり、それとどう向き合っていくかが、本質的な問題として常にある。だからこそ『余白』を作ったり、文化に触れたりして、正しい意思決定をするための、ベストコンディションを作ることが必要なのです」

日常をアップデートするために、僕はデータを集めている

アプリ

話題を巻き起こした、レシート買い取りアプリONEの、狙いは購買データ分析。

撮影:今村拓馬

爽やかな緑茶から始まったお茶会も、盃を重ねるごとに発酵度が上がり、器に注がれるお茶は、烏龍茶に飴色をした濃い紅茶、インタビューも終盤を迎える頃には、焙煎された香ばしいほうじ茶へと移ろっていく。

いつもは成熟した哲学と鋭い考察が、年齢を感じさせない山内さんも、同年代の3人でいるせいか、この日は10代らしいリラックスした表情を見せていたのが印象的だ。

「スタートアップの僕らは毎日、投資家やクライアントから、ロジックを求められます。なぜそうなのか、どうしてそうするのか。ロジカルな考え方はもちろん必要なことですが、そればかりだと、文化やゆとりは欠落していく感覚がありました。

でも、ゆとりがないと、新しい文化的な思想も生まれない。だから、常に自分をリッチ(豊か)にしていく必要があるんです」

そうやってたどり着いたのが、今回の“人事”だ。それでは、茶頭と余白戦略顧問を置くことで、ワンファイナンシャル自体は、どんな変化を帯びていくのか。

スタートアップに「余白」はなぜ必要か

和やか

スタートアップ経営者という、ハードな日々を支えるのは、屈託のない笑顔の時間。

「僕はプロダクトが大好きな人間なのですが、プロダクトやサービスを通じて、一番やりたいことは日常のアップデート。購買データを集めているのも、日常を理解するためです」

そうやって「豊かさとは何かを追求し、プロダクトに落とし込むこと」こそが、山内さんが一貫して取り組んでいるテーマ。

それには、スマホというメディアを通じてテクノロジーを生かすことと両輪で、リアルな日常の体験や感覚を持ちながら、走り続ける必要がある。目まぐるしい変化の時代を生き抜くスタートアップが、日常のリアルな手触りを持ち続けること。それこそがまさに、「余白戦略顧問」と「茶頭」を迎えた理由だ。

最高のパフォーマンスを出すために、どう働き、どう休み、どうやって最高のコンディションを保つのか。

ワンファイナンシャルの“余白人事”は、私たちに、問いを投げかけている。

(文・滝川麻衣子、写真・岡田清孝)

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