残業規制も有休消化も“抜け穴”横行。3人で1台のPC使って記録残さず。

働き方改革関連法の一部が4月から施行されて3カ月が経過した。

関連法の目玉は残業時間の罰則付き上限規制(大企業)と年5日の有給休暇の時季指定付与義務等の2つだ。違反すれば罰則が科され、企業は経済的損失や社会的イメージを損なう打撃を受ける。

オフィス

法律を見た目だけ守ろうと、抜け穴を探す企業も。

shutterstock: Rawpixel.com

だが、中には法律すれすれの姑息な手口や違法なやり方に手を染める企業もあれば、厳しい社内規制を強いた結果、綻びが出始めた企業もある。

1台のパソコンを3人で使用

罰則付き上限規制が施行されて間もない4月のある日の午後8時。都心にある大手製造業の本社ビルに入居するグループ企業の1室で、1台のパソコンが稼働していた。親会社は働き方改革の先進企業としてメデイアでも度々紹介されている。

同社は親会社の方針で原則午後7時退社だが、残業申請すれば一部許容される。ただし、パソコンのログイン・ログオフで厳格に管理される。その日は1人の社員の残業が許可されたが、なぜか部屋には3人の社員が居残っていた。

そのうちの1人の社員は理由をこう語ってくれた。

「残業は極力するなと言われていますが、どうしても今日中に仕上げなければならない仕事があり、同僚と相談し、1人が残業申請し、1台のパソコンを3人で使うことにしたのです。でも結局、待ち時間を含めて4時間も居残ることになりました。これでは非効率でとても生産性なんて上がりません」

パソコンの稼働時間などで残業時間を把握する勤怠管理システムを導入し、以前にも増して残業管理を徹底している企業も多い。しかし、それでも“隠れ残業”は発生する。

特に厳しい「月45時間」残業規制

夜のビル群

特に残業規制は厳しい。本気で取り組まないと、守れない基準だ。

撮影:今村拓馬

労働基準法の改正によって残業時間の限度時間は原則として月45時間、年360時間。臨時的な特別の事情がある場合、労使協定を結べばそれ以上働かせることができるが、上限がある。具体的には

  1. 年間の時間外労働は720時間以内
  2. 休日労働を含んで、2カ月ないし6カ月平均は80時間以内
  3. 休日労働を含んで単月は100時間未満
  4. 原則の「月45時間」を超える時間外労働は年間6カ月

という制限を設けている。限度時間を超えて1人でも働かせると刑罰の対象になる。

こうした細かい制限をクリアするのは容易ではない。仮に1カ月あたりの上限時間を99時間と定め、ある月の残業時間が90時間であれば、2カ月平均80時間を達成するために翌月の早々には、今月は70時間までに残業を抑制する必要がある。2カ月だけではなく、6カ月まで規制が入るので常に労働時間を把握しなくてはならない。

特に厳しいのが「月45時間」が年6カ月しか使えないことだ。週休2日の会社なら月の出勤日は22日。1日平均2時間しか残業できないことになる。そうでなくても新年度の4月、株主総会時期の6月、半期決算の9月、年末、年度末決算の3月など会社によって繁忙月が必ずある。「月45時間」超で7カ月働いた社員が1人でもいれば、労基法違反となり、罰則の対象になる。

これをどうやって管理するのか。各社がお金をかけて相次いで導入しているのが「勤怠管理システム」だ。簡単に言えば月45時間、100時間未満、月平均80時間の限度時間をシステムに入力し、超えそうになるとアラームが鳴り、人事部や上司が本人に注意喚起する仕組みである。

勤怠管理システムの抜け穴

タブレット

勤怠システムは、逆に隠れ蓑にもできる。

shutterstock: Peshkova

だがこのシステムには抜け穴がある。社員の残業時間の把握方法に、だ。把握方法は3つある。

1つはIDカードによる入館・退館時間の記録、2番目はパソコンのログイン・ログオフの記録、3番目が昔ながらのタイムカードだ。

だが、入・退館記録を残業時間とみなせば支払う残業代が増加するので、勤怠システムと連動している企業はほとんどない。同様にパソコンのログイン・ログオフ時間にしても本当に仕事をしているかどうかわからないので残業時間とみなすのを嫌がる企業が多い。

実際はパソコン上で始業・終業時間を入力させる形で自己申告させて、この記録とシステムをつないでいる企業がほとんどだ。タイムカードも、実際にはタイムカードを押してから残業する人もいるので自己申告に近いだろう。実はこの仕組みを隠れ蓑にして「残業時間の上限規制」を逃れようとしている企業もある。

パソコン上の自己申告による勤怠管理システムを導入した飲食チェーンの人事部長はこう語る。

「昨年末に労働時間管理を徹底するために勤怠管理システムを入れました。労働基準監督署にも残業時間の当社の上限時間を定めて労使協定も提出し、上限を超えそうになると、本人に通知され、超えたら本社が毎月注意喚起しますと、説明しています。

ただ、店長の中にはパソコンで申告した後も働くケースがある。いわゆる隠れ残業です。

労基署とは定期的にコンタクトを取り、うちはちゃんとやっていますと、状況は伝えながら丁寧な対応を心がけています」

だが、労基署の目も節穴ではない。過去に労基署の臨検を受けたことがあるサービス業の人事部長は不安を隠さない。

「いったん労基署の臨検を受けたら、人事が持っている自己申告の残業データだけではなく、入館記録やパソコンのログイン・ログオフの記録の提出も求められます。実際の残業時間とあまりに違うと『なぜ気づかなかったのか』と問い質されます。

こっちが『社員が故意に申告していませんでした』と言っても通用しません。今回は以前と違い罰則もあります。4月以降、部門長や管理職を通じて正確に申告するように指導していますが、本当に正確に申告してくるのか、わからない。部門の中には顧客との取引で残業せざるをえない部署もありますし、部署単位でごまかされたら把握するのは難しいです」

いくら勤怠管理システムを導入しても、隠れ残業が発覚したらアウトだ。そのことに戦々恐々としている人事担当者は多い。もちろん前出の飲食チェーンの人事部長もその1人だ。

「労基署が臨検に入らないように、できるだけ目立たないように努めています。最も避けたいのは業界の一番手として摘発を受けることです。それだけで消費者のイメージが悪くなります。会社としてできるのは致命的打撃を受けないように、とにかく労基署に低姿勢でおとなしくしているしかありません」

残業時間の削減は口で言うほど簡単ではない。長年にわたって残業体質が染みこんだ風土を変えていくには相応の時間と取り組みが不可欠だ。

「有休は風邪をひいたときぐらい」

旅行・有給

年5日の有給も取れない社員は非常に多い。

shutterstock: Twinsterphoto

年5日の有給休暇(有休)の取得義務も同じだ。使用者は最低でも年間5日、時季を指定して取得させなければならず、年5日を下回る社員がいれば1人につき30万円の罰金を支払わらなければならない。

年5日の有休なんて簡単じゃないかと思う人もいるかもしれないが、実は大企業でも5日取得していない人は少なくない。しかも今回の取得義務は管理職も入るため、なおさら取得していない人が多い。

中堅加工食品加工メーカーでは有休管理もシステム化しているが、人事部長はそれでも管理職も含めて5日取得できるのか、不安でしょうがないと語る。

「全体の有休取得率は20%程度と低いのです。しかも偏りがあり、若年層の取得率は比較的高いですが、30代以降や管理職層は、一昔前は『当社に有休という文字はない』というぐらいに取得率が低かった。

全社的な働き方改革を進めた結果、非管理職層の取得率は高まりましたが、そのしわ寄せを受けて管理職の取得が進んでいないのです」

建設関連業の人事部長は、こう語る。

「当社は土日出勤が多く、代休を消化するのが精一杯。特に現場の人間は代休から消化するので有休を取ることが少ない。有休は風邪を引いたときぐらいです」

特別休暇を利用した“脱法手口”が横行

夜のサラリーマン

特別休暇を廃止し、有休に差し替えるといった手段も横行している。

撮影:今村拓馬

ではどうするのか。大企業を中心に広がっているのが「特別休暇」を利用した“脱法行為”的手口だ。特別休暇とは夏期休暇や冬期休暇のような有休とは別に会社が付与している休暇のことだ。

例えば大手消費財メーカーは有休以外に付与していた夏期・冬期休暇の5日間を廃止し、その分を年次有給休暇に上乗せし、1年間の有休を20と25日に増やし、取得義務消化につなげようとしている。

「1人でも5日の有休を取るにはどうすればと考えたときに目をつけたのが夏期・冬期休暇です。夏期・冬期休暇は翌年に繰り越せないのでほとんどの社員が消化していました。今回はその5日を労働組合との合意の上で有休に上乗せしました。

顧問弁護士に相談すると、『うまいことを考えましたね』と賛同されました。有休になることで翌年に繰り越せますが、おそらく最低でも3日ぐらいは取得してくれるのではと期待しています」(同社人事部長)

厚生労働省は「特別休暇の取得日数は5日から控除できる『日数』に含まれない。また、法改正を契機に特別休暇を廃止し、年次有給休暇に振り替えることは法改正の趣旨に沿わない」という通達を出している。もともとあった特別休暇を廃止することは労働者にとって不利益変更となり、休日を増やすという法の趣旨に反するからだ。

だが、有休である以上、夏期休暇を廃止したら会社に出てくる社員もいるかもしれない。企業の中には以前の夏期休暇を「時季指定」して休ませるところもある。だが、この手法は本来の有休20日の消化にはつながらない。取得義務を達成するためにとってつけたような脱法的行為ないしグレーゾーンに近いだろう。

「社員が勝手に働いた」という言い訳

もう1つの問題は、会社が本人の希望を聞いて有休の時季指定、つまり休む日を決めても守らずに出勤してくる社員の対策だ。世の中には有休を取りたくない、休まないで仕事をしたいという人もいる。だが本人はよくても会社は困る。

その対策として前出の加工食品メーカーの人事部長は、

「どうしても取らない社員は最後の手段として『業務命令』で休ませることにしている」

と語る。

つまり、この日は会社に来るなという「業務命令」を出して休ませる。それでも本人が会社に出てきても「年休に勝手に好きなことをやっていた」と、労基署に抗弁できるからである。

企業はあの手この手を使って法律違反を避けようと必死になっている。法律が変わっても長年染みこんだ長時間労働体質や有休を取得しない雰囲気は簡単に払拭できるものではない。今後、法律遵守を巡る会社と社員のドタバタ劇が繰り返されることになるだろう。


溝上憲文:人事ジャーナリスト。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て独立。人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマに執筆。『非情の常時リストラ』で2013年度日本労働ペンクラブ賞受賞。主な著書に『隣りの成果主義』『超・学歴社会』『「いらない社員」はこう決まる』『マタニティハラスメント』『人事部はここを見ている!』『人事評価の裏ルール』など。

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