昆虫食に挑む、慶應卒業生たち。左から清水美樹さん(持っているのはコオロギアーモンドバターサンドとポテトチップス)、篠原祐太さん(同・コオロギラーメン)、関根賢人さん(同・タガメジン)。
スズメバチの幼虫とツムギアリが入った生春巻きに、セミ餃子、カイコの糞が練り込まれたわらび餅、100匹以上のコオロギで作られたラーメン……。
これらの名前を聞いてみて、どう思うだろうか。
「虫を食べる未来」が少しずつ現実のものになっている。
国際金融グループ・バークレイズが6月24日に発表した最新レポートでは、「昆虫食」は2030年までに80億ドル(約8600億円)規模のビジネスになる、と予測された。
日本でも広まるその動きを追いかけていると、いま昆虫食マーケットに飛び込む20代の多くが、“慶應義塾大学卒業生”という共通点があることが判明した。
高級フレンチのような昆虫食
7月に行われたイベント「WHAT’S NEXT? -新食視点-」で提供された「昆虫食プレート」。イベントのため、お皿も特製で作られている。
冒頭のメニューは、パナソニックが運営するスタートアップ支援施設「100BANCH」で行われた、昆虫食のイベントで出されたお品書きだ。
名前だけ聞くといかにもな“ゲテモノ料理”。けれど見た目はカラフルで、器に盛られた様子はどこか高級フレンチを思わせる。セミ餃子を口に入れてみると、パリパリの皮の食感と、ふんわりした甘みが口いっぱいに広がる。
このイベントを主催したのは、慶應大学商学部を卒業し、地球食レストラン「ANTCICADA」をオープン準備中の篠原祐太さん(25)と、昆虫食の実験家チーム「bugology」(こちらも中心メンバーは慶應SFC卒業生)だ。
「普通においしい」「言われないと昆虫食とはわからない」など、大好評だった昆虫食イベント。
4歳から虫を食べていた
4歳の時から昆虫を食べていた、という篠原さん。
昆虫食に挑む20代に共通するのは「昆虫食を通じて、“食”の新しい可能性を切り拓く」というビジョンを掲げているところだ。
中でもそのムーブメントの中心にいるのは、先のイベントの主催者でもある篠原祐太さんだ。
1994年生まれの篠原さんは、幼い頃から自然の中で遊び、昆虫と触れ合うことが大好きだった。もっと虫のことを知りたい……。そんな想いが弾けて、初めて虫を食べてみたのは4歳の時。
しかし、中学・高校と上がっても、そのことは誰にも言えなかった。「好きなことを好きとずっと言えなくて、ずっとモヤモヤしていた。生きている心地がしなかった」、篠原さんは当時をそう振り返る。
都内の有名私立高校を卒業し、慶應大学に入学してから、篠原さんはやっと「虫を食べている」自分をカミングアウトする。すると、SNSを通じて昆虫食に興味のある人たちの輪が少しずつ広がっていった。
はじめは一対一で、そして次第にグループで。山に登り、虫を素揚げして、パンにはさんで食べてみたり、珍味を盛り込んだ鍋パーティーを開いたり……。そんな体験を重ねた。
現在、篠原さんのTwitterフォロワーは約1万3000人。すでにしゃべくり007やnews zero、AFP通信など大手メディアからの取材も殺到している。
集まる仲間はみな「慶應生」
そんな篠原さんを支えるのも、慶應大学などを卒業したいわゆる“高学歴人材”だ。
記者が出会ったのは、いずれも慶應大学法学部を卒業し、ファーストキャリアとしてメガバンクを選んだというところまで共通している、関根賢人さん(24)と清水美樹さん(25)。
関根さんは、新卒でメガバンクに入行後、わずか3カ月で退職。
もともとなりたかったシェフの道を一度歩んでみたいとフランス料理レストランで働いていた時、イベントを通じて篠原さんと出会い、意気投合。篠原さんと共にメニュー開発などを担当することに。
篠原さんらが開発した「コオロギラーメン」。だし、醤油、麺にまでコオロギが使われている。
また、清水さんはメガバンクを1年でやめ、環境問題に対する興味がつのって昆虫食界に飛び込んだひとりだ。
大学時代に訪れた沖縄で見た、美しいサンゴ礁が破壊されている現状を知り、環境問題に関する論文を読んでいたところ、解決策として行き着いたのが昆虫食の未来だった。
一人で研究を重ね、コオロギの粉でつくったお菓子のブランド「Mrs.Cricket」を開発。今はイベントなどでコツコツと販売している。
清水さんと関根さんは大学の同窓生だが、在学中に面識はなかった。同じ慶應大学の篠原さんを通じて出会ったのも「まったくの偶然」だという。
慶應ネットワークが昆虫食を変える
コオロギでできたポテトチップスやアーモンドバターサンドなどを製造・販売している清水美樹さん。
お金や安定した生活を捨て、昆虫食に飛び込んだ慶應卒業生たちには、共通点がある。自分らしくいられる、ワクワクする仕事に賭けてみたいという強い想いだ。
「大手銀行に勤めていたときはお金はあったけど、なんのために生まれてきたのか、自分はどういう使命を果たしているのかがわからなくて、全然幸せじゃなかった。今はお金はないけど、生き方に納得はしています」(清水さん)
イベントもすべて手弁当。大学時代の友人にボランティアとして手伝ってもらうことも。
なぜ慶應生たちは昆虫食に惹かれるのか?清水さんは「たまたまだと思います」と笑いながらも、こう語る。
「環境問題やSDGs(2030年までに国際社会が達成すべき、持続可能な開発目標)に関心がある人が多いのは、慶應生ならではかもしれません。あと、慶應では友達の友達はだいたい友達(笑)。ボランティアで手伝ってくれるのも、慶應時代のつながりが多いですね」
メディアにも引っ張りだこの篠原さんは、奇抜に見られがちな昆虫食を広めることができているのは、“慶應ブランド”のおかげもある、と、自らの立ち位置を冷静に見つめる。
「2〜3年前に所属を隠して昆虫食のことだけを話していた時期は、本当にバカにするような(目で見られた)。それをやめて『慶應卒業生で……』と話し始めるだけで、未来のことを考えてるんだね、みたいに、面白いくらい人の反応は変わる。でも、そういうことなんだな、って」
昆虫食は未来の食のスタンダードになるか
篠原さんらが作った、タガメでできたジン。ミントのような爽やかな香りとフルーティさが絶妙な味。
昆虫食は、ビジネスになる一歩手前だ。
今回話を聞いたメンバーは「貯金を切り崩しながら生活している状態」。未来への投資のため、手元に入ってくるお金はほとんどゼロだ。
量産されている虫がそもそもほとんどないという事情もあり、昆虫食を作るのには実は高いコストがかかる。清水さんは、平日は派遣社員としてフルタイムで働きながら、休みの日に昆虫食づくりに励む。
篠原さんと関根さんは先述したように、2019年秋にオープン予定の地球食レストラン「ANTCICADA」の準備でいま大忙しだ。主力商品であるコオロギラーメンを中心に、さまざまな自然の恵みを、新たな食体験として提供していくという。
一方で、周囲の環境は彼らに味方している。
2013年に国連食料農業機関(FAO)が発表した報告書によると、2050年までに起こる世界人口の急増と深刻な食糧危機の解決策として、昆虫食は“新たなタンパク質供給源”として期待されている。
「(昆虫食は)これからどうなっていくかわからないくらい、未知の領域。まだムーブメントは全然起こっていません。勇気をもって虫を食べてみようかなという人に、ガッカリしてほしくないんです。食の面白さや、自然のパワーに触れるきっかけを、僕は永遠にまき続けたい」(篠原さん)
味覚として、食材として、栄養として……。昆虫食が持つポテンシャルは、大きく広がっている。
“ゲテモノ”と蔑まれてきた虫を愛する慶應ネットワークが世界の常識を変える日は、もうそこまで迫っている。
(文・写真、西山里緒)