多くの企業で課題を抱えているのは「高度マネジメント人材の育成」。従来のように「部署の数値目標さえクリアすればいい」といったスタンスではなく、1on1ミーティングでチームメンバーを導き、モチベーションを高めながら、長時間労働を是正したうえで生産性向上を図る。部署横断的なプロジェクトを推進し、必要な人材を確保したうえで適切に評価を行う —— 。マネジャーに求められるスキルはますます複雑なものとなってきています。
そうしたなか、「マネジメント層が充実している」とIT業界で定評があるのが、人気情報キュレーションアプリを提供し、現在では機械学習や人工知能に関する技術、データを活かした新規成長市場へ積極的に進出している「Gunosy」。新卒3年目で執行役員を務める人や、新卒2年目で新規事業責任者を担当するなど、若手マネジャーが多く活躍しているのです。
Gunosyではなぜ、若手をマネジャーとして登用し、成果を上げられているのでしょうか。そのねらいやマネジャーに求める資質、マネジメント人材の育成で留意するポイントなどを株式会社Gunosy代表取締役の竹谷祐哉さんに伺いました。
竹谷祐哉:株式会社Gunosy 代表取締役 最高経営責任者(CEO)
早稲田大学創造理工学部経営システム工学科卒業。グリー株式会社を経て当社に参画。2013年8月取締役最高執行責任者、2016年8月代表取締役最高執行責任者を経て、2018年8月より代表取締役最高経営責任者に就任。
若きマネジャーたち、新卒3年目の執行役員も
—— Gunosyと言えばニュースアプリのイメージが強いのですが、最近では新たな事業を始めていらっしゃるのですね。
情報キュレーションアプリ「グノシー」
そうですね、2013年1月に情報キュレーションアプリの「グノシー」をリリースして以来、2016年6月にKDDI株式会社と共同提供の「ニュースパス」、2017年5月に女性向け情報アプリの「LUCRA(ルクラ)」とリリースしてきましたが、現在では累計4000万ダウンロードを突破しています。日本におけるスマートフォンユーザーはおよそ7000万人と言われていますから、そのうち2人に1人以上にダウンロードいただき、何らかの形で接点を持てているということになります。
現在事業としてはメディア、広告(アドネットワーク)、そして子会社による投資、ブロックチェーンの4つの柱を立てていますが、規模としてはメディア事業がもっとも多くの割合を占めています。バーティカル領域の切り出しアプリとして、2018年12月には「グノシースポーツ」を、今年3月には「オトクル」を新たにスタートし、来年へ向けて6つのメディア体制になる予定です。既存ユーザーも含めて、より接点を拡大していくことを方針として打ち出しています。
——メディア体制として拡大方針ということでしたら、社員数も積極的に増やしていく方向なのでしょうか。
人も組織も拡大フェーズではありますが、かなりP/Lを厳密に見て、事業採算性に対してしっかりと精査して進めています。もちろん、移り変わりの激しいメディア環境では、何が当たるかどうか始める時点では分かりませんが、波が来たときに乗り遅れないよう、あらゆる面で準備しておくことが必要となります。動画も「来る」とさんざん言われてまだまだ爆発しきれない部分がありますが、つねに投資すべきタイミングで投資すべき価値のあるものに投資していきたいと考えています。
戦略としては2021年の大幅増益を目標に引き続き広告費への積極投資を進めています。それは現段階でもっとも注力すべきはユーザー数だと考えているからです。グノシーではより多様なコンテンツを拡充していますが、特にクーポン訴求などが奏功し、メディア事業としてはユーザー数も売上も堅調に伸びてきています。
——貴社では若手人材が主力として台頭し、マネジャーとしても活躍しているとか。
新卒3年目で執行役員や開発マネジャー、プロダクトマネジャーを務める社員がいます。例えば、執行役員の渡辺謙太は2016年入社の3年目で、新規事業開発室部長を務めていますし、新規事業開発室マネジャーの真武新太は新卒2年目で、インターン時代から「LUCRA」立ち上げに携わり、マーケティング責任者を務めた後、現在は「オトクル」の事業責任者を務めています。ただ、そもそも当社では特にエンジニアは高校生の頃から第一線で開発していた、というような人材もいますから、あまり新卒入社という感覚がないかもしれません。
そもそもニワトリが先か卵が先か、ではないのですが、人はOJTでしか成長しないと考えています。いくら「マネジメントのスキルが大切」と言われても、実際にスタッフの立場でそれを身につけるのはやはり難しい。能力のある人に役職を与えることで、実際にやってみて、失敗しながら身につけていく。もしそれでなかなかうまくいかなければ、場合によってはまたいちスタッフとしてサポートしてもらう。そうやって多少の揺らぎを許容しながら成長を促すのが、本人にとっても組織にとってもいちばんいい方法なのではないかと思っています。
——では、事実上の降格もありうる、と。
降格というとネガティブに捉えられてしまうけど、降格が降格にならないようなメッセージはつねに社内外にも発信しています。企業が業績を伸ばし、事業が成長していけば組織のフェーズも変わるわけで、その時々で必要とされるスキルは異なると思うのです。「このフェーズならこの人が適任」「この分野はこの人がいい」と、外部環境や状況が変われば、組織も肩書きも変わるのが健全なあり方でしょう。
むしろそこを無理に固定化してしまい、変化に対応しきれず取り残されていくほうが圧倒的にマズい。がんじがらめになって衰退していくのではなく、つねにフェアに考え、フラットに物事を進めていく。その姿勢を貫くことが組織としてはリーズナブルだと考えています。
——そこまでドラスティックに考えられるのはベンチャーだからこそかもしれませんね。多くの企業では一度役職が上がると給与も上がるぶん、よほどのことがないかぎりは降格もありませんし、大胆に若手を重役に抜擢することもあまりありません。
「今いる人材が置かれた立場で最大限頑張る」みたいなことですよね。でも、はたから見ると、本人のスキル云々というより、「だいたいこのくらいの年数勤めているから、こういう役職に就いているんだろうな」というのが透けて見えるし、果たしてそれで目まぐるしく変わる外部環境に対応できるのだろうか、と心配になってしまいます。
プレイヤーからマネジャーへ、伸びる人材の見極め
——スタッフをマネジャーに抜擢する際、その人に求める資質はどういったものでしょうか。
マネジャーをマネジメントする立場の人にも求められることなんでしょうけど、究極的には人に興味を持っているかどうかが大切なのかな、と感じますね。もちろんビジョンやゴールの共有も大切ですが、「この人、数字しか見てないな」というのはなんとなく部下にも伝わるじゃないですか。
マネジャーとして、部下の課題や悩みに耳を傾けられること。そこから引き出された言葉も、人が話すことなんて本音半分建前半分ですから、「本当は何を悩んでいるんだろう」と想像力を働かせることが必要なんだと思います。そこで「部下が何を考えているか、分からないんだよね」というようなマネジャーは評価されにくいのかな、という気がします。
——そうした資質を持つ人の中で、マネジャーとして実際に伸びていく人の特徴は?
できていないことを「できない」と理解するというか、受け入れる力がある、ということでしょうか。自分の立ち位置を見誤っている人は、できないことを「できる」と思って、努力が空回りしてしまう。学生時代の学習もそうですが、自分を変に大きく見せようとせず、客観視できる人は、その後の戦略を適切に考えられるし、伸びる気がしますね。
それとやはり大切なのは、柔軟性と合理性。外部環境が変化したらやるべきことも変わりますし、それを見込んできちんと対応できる力と、そのなかで自分は何をやるべきか、合理的に考えられる力を持っている人はやはり大きく伸びますね。
「決まったことだけやっていればいい」と考える人は、正直なところ甘いと言わざるを得ない。大企業では毎年給与のベースアップもあるし、年次も上がれば給与も上がるでしょう。そうやって組織の論理に甘んじて、2、3パーセントずつ給与が上がっていけば満足できるかもしれないけど、果たして「自分の価値」もそれに合わせて2、3パーセントずつ高めているのだろうか、と。その視点は持っていたほうがいいと思うのです。
だって、気づいたらただ「給与と歳だけ高くなった人」みたいになってしまうじゃないですか。スキルもあまり高くないし、新しい知識も若い人のほうが詳しいし、そもそも管理職の人数は足りているから「部下のいない管理職」みたいになって……そうなってしまったとき、彼らは会社の外に出たらどうなるんだろう、というのは考えこんでしまいます。
——実際、多くの企業で「○歳以上はリストラ対象」といった事例もありますよね。
企業として合理性を重んじるのであれば、そういったシビアな意思決定になるのもしかたないですよね。ただ、個人的には社員を保護したい気持ちはある。そう考えると、冷たい言い方かもしれないけど「自分の市場価値は自分で高めてください」と言いつづけることが、社員にとっても大切なことだと考えています。
社員にもいろいろ思いはあると思います。「もっと給与を上げてほしい」とか「役職給をつけてほしい」とか。実際そういう意見をもらったとき、「自分のスキルと事業成長、組織のフェーズを鑑みて、適切な給与はどれくらいだと思う?」と必ず聞くようにしています。そうすると、一気に自分ごととして考えてくれるようになるんです。つまりそれは、自分の市場価値を適切に測る物差しでもある。そうやって自分の市場価値を意識して、それを高めようとすることがとても重要だと思うのです。
——スタッフからマネジャーに昇格する際、つまずきやすいポイントはどういったところだとお考えですか。
人によってそれぞれ違いますが、ある程度共通しているのは、相手の気持ちを考えられているかどうか、という点だと思います。相手の心理状態をしっかりと理解していないと、なかなか効果的な言葉が浮かんでこない。「そう言われても、全然やる気が出ないんだよなあ」と部下が感じてしまうような言葉になるんです。
分かりやすいたとえで言うと、交友関係が広い人。そういう人はマネジメントもうまいんですよね。相手のことを理解したうえでコミュニケーションしている、ということですから。マネジメントを突き詰めると結局、人と人とのコミュニケーションですし、相手の悩みや課題に寄り添うことで心を捕らえているのでしょう。
受け止めきれないボールを投げつづけることが鉄則
—— Gunosyがマネジャーの育成において重要視しているのはどういったことでしょうか。
書店にはマネジメントに関する本がたくさん並んでいますが、そこで紹介されているノウハウをそのまま転用するのは本来おかしいと思っています。他社の内容はその会社だから成り立つのであって、誰にいつ、どんなメッセージが必要なのか、どんなノウハウが重要なのかはそれぞれの会社によって違うはずです。
当社の場合でいうと、執行役員や部長でも違うしマネジャーによっても求める責任も給与も違う。なかなか説明するのは難しいのですが、会社としてどういう世界観を見せてあげられるかどうかが大切なのではないかと考えています。
会社を通じて「何かを成し遂げたい」と考えるような向上心のある人は、「この組織で学ぶべきことはだいたい学べたな」と感じたときに辞めてしまう。それはうちの会社にとって損失ですから、その人が飽きないようなこと、チャレンジングで、ちょっと頑張らないと受け止めきれないようなボールを投げつづけていく。そのためには会社としても成長しつづけなければなりませんから、業績もシビアに見ています。
そう考えると、その人の能力を測るためにボトムアップでチェックリストを潰していくようにできることを試していくと、どうしても時間がかかる。それなら思い切って難しいボールを投げて「これくらいできました」と言ってもらったほうが、その差分で力量も分かりますし、パフォーマンスを適切に評価できますよね。
——スタッフを育成してマネジャーに登用するというより、まずは見込みのあるスタッフをマネジャーに登用し、成長を促す環境を用意する、ということですね。
もちろん、難しいボールを投げたら、うまくいかないことのほうが大半だと思います。けれどもそれを「はい、アウト」と切り捨ててしまうのではなく、その差分を互いに認識することで、次はこうしていこう、こうするほうがうまくいくかもしれない、と一緒に考えていく。そうやってOJTで仕上げていくような優しさは用意しているつもりです。責任と権限を与えて、あとは「自分の好きなように動いてください」と。いちいち上長にお伺いを立てるような人より、自分で考えて行動していく人に任せたほうが事業も組織も拡大していくと思います。
それと、マネジャーを育成していて起こりがちなのが、プレイヤーとして優秀な人にマネジャーを任せると、「できるのが当たり前」と考えて、できない部下を詰めてしまう、みたいなことです。でもそれは実際にそういう場面に遭遇しなければ本当の意味では気づけないんですよ。上司としてはついそれをフォローしたくなるけど、そうすると自分の失敗を客観視できないんです。いろいろと試行錯誤はしましたが、やっぱり一回失敗して、その事実をしっかり受け止めてもらったほうが後々ラクですね。
——組織としてその失敗を受け入れる体制も整えておく、ということですね。
「すべてがうまくいく」と思って制度設計すると、なかなか経営はうまくいきません。会社としてビジョナリーであることも重要ですが、いかにリカバリープランを用意しておけるかどうかも重要だと思います。最初からうまくいくとは思っていないので、「失敗する」ことを前提にマネジャーに任命しています。
もちろん、その人には「何が何でもやり遂げてね。リカバリープランはないよ」と毅然と伝えます。でも、本当のところではそれを用意しておく。それがマネジャーの能力をいちばん引き出せる方法なんじゃないかと思います。失敗をフォローしてあげると、会社に対するロイヤルティも高まります。僕らのことを信頼してもらうためにも、一回失敗してリカバリーしてもらったほうがいいと考えています。
日本企業に勤めるマネジャーに伝えたい危機感
——多くの企業ではマネジャー研修のようなものが存在しますが。
企業文化としてお互いにフィードバックし合いますし、特にエンジニアは自主的に勉強会を行っているのですが、基本はあくまでもOJT、それ以外は特に、といった感じです。
そもそも一人ひとりの市場価値を高めることを会社全体としてやるべきなのか、というのはちょっと疑問を持っています。「異業種交流会で人脈を増やしましょう」みたいなことを会社として呼びかけても、やる人はやるし、やらない人はやらない。結局、自分自身を外部環境にさらしてみるのが一番いいと思うんです。
社内における価値ではなく、市場や業界内でどうなのかという視点を持って、25歳でこのマネジメントスキルだと、グローバルではこのくらいの年収になる、この会社では同じくらいの年収だけどこれだけのパフォーマンスを発揮している、と。折に触れてそういったことを意識してもらうようにはしています。エンジニアならGithubを見れば分かるかもしれないけど、総合職だとなかなかそれを意識することはありませんからね。
——ある意味、自己責任論というか、厳しい言葉のようにも感じます。
でも現実として、これからは社内で生き残ればいいという時代でもないし、厳しい世界はすぐそこにやってきています。日本で暮らしていると「コスパが良くて、住み心地がいい」と感じるけど、それって相対的に考えると怖いな、と思うんです。実際、アメリカで朝食を食べると数千円かかるし、それだけ日本の物価が変わっていないということは賃金も上がっていないということです。
労働者人口が減少して、外国人労働者の受け入れも進もうとしている中で、その事実を事実として受け止められない人にとってはますますシビアな状況になる。会社としては社員を守りたいけど、あまりに過保護にすると逆に彼らが生きていけなくなるのではないかと思うのです。
私たちが軸足を置くインターネット広告市場は急速に発展しているものの、そのシェアの約7割が外資系企業によるものです。確かに実際、使っているプラットフォームを思い浮かべてみても、海外発のサービスばかりです。そうやってどんどん海外へ売上を吸い上げられて、国としてもなかなか税収を得ることができない。そこに大きな危機感を抱いています。
これからグローバル化がさらに加速し、ますますドラスティックな変化が起こっていくであろう時代において、日本企業に勤めるマネジャーとして、何を強みとして、何を活かし、どんなバリューを発揮するのか。それを認識したうえで自ら価値を高めていけるような人であってほしいと考えています。
(取材:文大矢幸世、企画・編集:岡徳之、撮影:伊藤圭)
"未来を変える"プロジェクトから転載(2019年6月20日公開の記事)