乳幼児の死亡理由の4番目になる乳幼児突然死症候群(SIDS)。保育園の事故死の理由でも半数を占めるとされる(写真はイメージです)。
撮影:今村拓馬
すやすやと眠っていたはずの赤ちゃんが、いつの間にか息をしていない。心臓が動きを止めていた ——。
乳幼児突然死症候群(SIDS)という疾患で、とくに生後12カ月までの子がうつぶせで寝ている際にリスクが高いと言われる。
保育所でのお昼寝中に死亡に至った事例も毎年、数件のペースで起きている。
はっきりした原因がわかっていないとされるSIDSを、どう防ぐか。生後間もない子どもをあずかる保育園にとっても重い課題だ。
センサーとスマホを組み合わせたテクノロジーで解決を目指すビジネスも出てきている。
園児の昼寝中も気は抜けない
東京・目黒区にある保育所モニカ緑が丘園の施設長、上野万値子さん。
撮影:小島寛明
東京・目黒区の住宅街にある、認可小規模保育所「モニカ緑が丘園」。
0歳〜2歳までの乳幼児を預かる保育士たちにとっては、子どもたちのお昼寝の時間も気が抜けない。
乳幼児が寝ているときも、電気は完全には消せない。窒息やSIDSなどを防ぐうえでは、眠っている子の顔色の変化を確認することが欠かせないからだ。
「お昼寝中のリスクは全員の頭に入っているので、気も抜けないし、目も離せない」
施設長を務める上野万値子さんは、こう話す。
保育士は、眠っている子の呼吸の状態と顔色を5分おきに確認して、記録する。うつぶせになっている子がいれば、あお向けにする。「目視だけでは不十分なので、ちょっと胸を触ってみたり、口元に手を持っていき、ちゃんと息をしているかも確認している」(上野さん)という。
一方で、お昼寝の時間は、保育士らが一息ついたり、保護者との連絡帳を記入したりできる限られた時間でもある。
このためモニカは春から、布団の下に敷いて、寝ている乳幼児の呼吸などを監視するセンサーを取り入れた。
センサーは、hugmo(ハグモー)が販売しているhugsafetyという機器だ。
保育のデジタル化に取り組む
hugmoが開発したhugsafety。乳幼児のふとんの下に敷く。
撮影:小島寛明
hugmoは、ソフトバンクの社内ベンチャーとして2016年に設立された。
きっかけはhugmoの社長を務める湯浅重数さん自身が経験した、子育てだった。息子を保育園に入れようとしたが、都内の保活激戦区に住んでいることもあって、応募しても応募しても落ち続けた。
親として保育を取り巻く現状を知るにつれ、ITエンジニアの目には「あまりにもアナログすぎる」と映った。
そこで会社に提案したのが、保育に関わるさまざまな業務のデジタル化だった。
保護者と保育士は毎日、手書きの連絡帳で子どもの様子について情報交換している。保育所からのお知らせは、コピーした紙で配られる。
調べてみると、120人ほどを保育している千葉県内の保育所では、保護者向けのお知らせなどに、コピー代と紙代を含め、月に12万円の費用がかかっていた。
「インターネットで、手軽に大量の情報が得られるのに、ちょっとした情報も紙ベースでやりとりしている。情報量は決して多くないし、保育園の中身は保護者には見えにくい」(湯浅さん)
リアルタイムで呼吸をモニター
ソフトバンクの社内ベンチャーとしてhugmoを立ち上げた湯浅重数さん。
撮影:小島寛明
最初に手がけたのは、連絡帳や園だよりのデジタル化だ。しかし、保育園側に説明をしても、反応は厳しい。
「紙でないと温かみが伝わらない」
「ガラケーの保護者はどうするのか」
「情報が届く人と届かない人が出てしまう」
一部には、メリットを理解してくれる園長もいた。保育士が手書きで連絡帳を書く負担は軽減でき、その日の園の活動はアプリで書き込めば、保護者たちに共有できる。
園の活動で撮影した写真の共有、送迎バスがいまどこを走っているかなど、順番に機能を追加していく中で加わったのが、突然死への対策だ。
さまざまなセンサーを取り寄せ、研究を進めた結果、寝ている子がいま、どんな呼吸をしているかに力を入れることにした。
敷きぶとんの下にマット状のセンサーを置いて、リアルタイムで呼吸をモニターする。無呼吸が一定時間続いたり、呼吸数が激しくなったり、極端に少なくなったりした場合、警告が発せられる。警告は、園内のあちこちのタブレットなどで共有される。
hugsafetyは、現時点ではあくまでも保育士の業務を補助する機器として導入を進めている。
前出のモニカ緑が丘園でも、機器は導入したが、保育士による5分に一度の確認は続けている。
湯浅さんは「SIDSで亡くなる子をゼロにしたくて、このデバイスをつくっている」と熱い。
うつぶせ寝の子、気づいたら反応がない
保育士も昼寝中の園児の呼吸状態には注意しているが、それでも防ぎきれない(写真はイメージです)。
撮影:今村拓馬
保育園での突然死をめぐる事故はあとを絶たない。内閣府が保育施設での事故を集めたデータベースには、詳しい事故の経緯が公表されている。
以下は、2015年末に起きた、0歳の男児が死亡した事故の経過だ。
男児はしばらくもちこたえていたが、発生から2週間余りがすぎて死亡した。死因は「不明」とされている。
年に数件、保育施設での死亡事故
モニカ緑が丘園では、0歳児1人につき1台のhugsafetyを用意している。
撮影:小島寛明
内閣府は保育施設での事故を集計し、毎年公表している。
2015年に保育所などで起きた死亡事故は14件、うち睡眠中の死亡事故は10件。SIDSと認定された事故は2件あった。2016年の死亡事故13件のうち睡眠中は10件、2017年の死亡事故8件のうち睡眠中は5件だった。
少なくともこの3年間、保育園の死亡事故で、睡眠中の事故が過半数を占めているといえる。
また保育園に限らず見れば、2017年にSIDSで死亡した乳幼児は77人、乳児期の死亡原因の4番目(厚生労働省調べ)になるという。
素早い対応が救命のカギ
テクノロジーの活用は保育士の負担軽減にもつながると期待されている。
撮影:今村拓馬
機器があれば、人間の感覚に頼るより、子どもの異常を早期に覚知できるだろう。
「確かに、異常な状態に早く気づくことができれば、助かる可能性は高まるだろう」
法医学者として多くの変死事案に関わってきた、伏見良隆医師はこう語る。
子どもの突然死についても、100例以上を扱ったが、ほとんどがうつぶせで寝ていたケースばかりだったという。
SIDSの原因についてはさまざま説があり、共通の見解があまり存在しないのが現状だ。
伏見医師は「はっきりしたことが言えるほど、症例が集まっていないのが実情。しかし、呼吸機能や心肺機能が弱い子がうつぶせで寝ていれば、さらに心臓や肺が圧迫される。そうなれば、呼吸や心肺の働きに異常をきたす可能性が高いのではないか、ということは言える」と話す。
心肺が停止してから3分以内に適切な処置ができれば、救命できる可能性が高いと伏見医師は考えている。
ただ、子どもに異常が生じたときは、保育の従事者たちも混乱する。本人たちが考えるよりも対応に時間がかかったり、乳児に心臓マッサージをする際に力がかかりすぎて心肺に損傷が生じたり、肋骨が折れてしまったりといったケースもある。
伏見医師は、機器の導入もさることながら、保育所側の備えが重要だと指摘する。
「適切な救命活動を含め、日ごろから研修を重ねておく必要があるのではないか」
(文・小島寛明)