「平均退職年齢は、すでにほぼ70歳に達している」。ニッセイ基礎研究所主席研究員の斎藤太郎さんは独自の試算に基づいてそう主張する(写真はイメージです)。
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「70歳まで働く社会」を実現し、年金・医療・介護といった社会保障制度を支える保険料や税金をたくさん納めてくれるシニアを増やしたい。政府はそんな目的で、定年延長や起業支援といったさまざまな形で「70歳までの就業機会」を確保する法整備を進める方針を決めました。
しかし、「平均値で見れば、70歳まで働く社会はほぼ実現している。むしろ働き方を『太く短く』から『細く長く』へ変えていくことの方が重要だ」と主張するエコノミストがいます。詳しく話を聞きました。
「平均退職年齢」はすでに69.9歳
ニッセイ基礎研究所主席研究員の斎藤太郎さん。
撮影:庄司将晃
ニッセイ基礎研究所主席研究員の斎藤太郎さんが、総務省の労働力調査のデータなどから独自に推計したところ、雇われているか自営かにかかわらず仕事を完全にやめる「平均退職年齢」は、2018年時点で69.9歳(男性71.4歳、女性68.4歳)。すでにほぼ70歳に達していることが分かった。
「厚生労働省の2018年の調査によると、65歳定年制を導入している企業の割合は16.1%、66歳以上まで働ける制度がある企業の割合は27.6%にとどまります。『70歳まで働くことは非現実的』と感じる人もいるかもしれません。
でも、その年齢で仕事を完全にやめた人の割合を示す『退職率』を試算したところ、最も高いのは65歳の4.6%、それに続くのが60歳の3.0%。合計でも1割未満です。企業の定年は60歳か65歳が多いですが、その年齢で完全に働かなくなる人は限られています。
2018年の労働力調査で70歳の就業率の数字を見ても、4割近くの人が働いていることが分かります」(斎藤さん)
今の70歳の健康状態は「50年前の60歳」
元気なシニアが増えている。「ざっくり言えば、今の70歳の健康状態は50年前の60歳に相当する、という見方もできるのではないでしょうか」。ニッセイ基礎研究所の斎藤さんはそう指摘する(写真はイメージです)。
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企業に65歳までの雇用確保措置を義務付ける法律が2006年に施行されたことに加え、少子高齢化や景気回復による人手不足を背景に、このところシニアの就業率は急上昇している。
政府は2013年、「60~64歳の就業率を2012年の57.7%から2020年に65%まで引き上げる」という目標を掲げたが、2017年には66.2%となり、3年も早くその水準をクリア。これを受けて2019年6月、「65~69歳の就業率を2018年の46.6%から2025年に51.6%へ」という目標を新たに設けた。
「日本の高齢者の就業率は国際的に見ても高く、これ以上長く働くことは難しいという見方もあるかもしれません。しかし実際には、昔は今と同じか、それ以上に長く働いていました」(斎藤さん)
【図表1】
斎藤さんが推計した平均退職年齢のデータによると、1970年にはちょうど70歳で2018年とほぼ同じ水準だった。1970年以降はおおむね低下傾向が続き、2000年代前半に約67歳に。その後、65歳までの雇用確保措置を企業に義務付ける法律が2006年に施行されたり、少子高齢化や景気回復によって人手不足が深刻化したりしたことを背景に、平均退職年齢は上昇に転じている【図表1】。
「1970年当時は、定年がなく年齢と関係なく働き続けることができる自営業者や農業従事者の割合が高く、今とは産業構造が異なるため単純には比べられないという面もあります。
ただ、厚労省が公表している2017年の『簡易生命表』によると、70歳の平均余命は男女計で約18年。この『平均余命が約18年』が該当する年齢は1970年には60歳でした。ざっくり言えば、今の70歳の健康状態は50年前の60歳に相当する、という見方もできるのではないでしょうか。
50年前より長く働くことは、全く自然なことだと言えるでしょう」(斎藤さん)
【図表2】
斎藤さんによると、「平均余命が約18年」の年齢における就業率も最近は上昇傾向にあるが、1970年代に比べればかなり低い。【図表2】。
「年金をもらう期間が長すぎる」
深刻な少子高齢化によって年金制度の支え手が減るなかで、「定年後20年余りもの間、年金を受給し続ける人がふつう」という状態に無理が生じているのは当然だ。
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「長く働く社会」への転換は、今後の経済成長に必要な働き手を確保するとともに、年金・医療・介護といった日本の社会保障制度をしっかり持続させていくためには避けて通れない課題だ。「老後資金2000万円」問題が浮上し、特に公的年金制度の行方に関心が集まっているにもかかわらず、参院選で主な政党は軒並み踏み込んだ議論を避けている。
「最大の問題は、やはり年金です。
『サザエさん』に出てくる『定年間近の波平さん』はずいぶん老けて見えますが、実は54歳という設定だそうです。連載が朝日新聞朝刊で始まったのは1951年。その時代に20歳で働き始めた男性の人生設計は、当時の定年の55歳まで35年間働き、平均余命が尽きる65歳までの10年間の暮らしを年金と退職金で維持する、というものでした。
いま深刻な少子高齢化によって年金制度の支え手が減るなかで、『定年後20年余りの間、年金を受給し続ける人がふつう』という状態が続けられないのは当たり前です。
年金制度を細かく修正したところで、この問題は解消できません。『年金をもらう期間が長すぎる』現状を根本的に変える必要があるのです」(斎藤さん)
もちろん、年金を受け取らないままこれまで以上に長く働くことに対して、抵抗を感じる人は少なくないだろう。
「高齢者の健康状態には個人差があり、年齢を重ねるほど差は大きくなります。『誰でも長く働かなければならない社会』を目指すべきだ、ということではありません。求められるのは、働く能力と意思がある人に適切な選択肢を用意することです。
かつての『人生65年のうち55歳まで働く社会』から、例えば『人生85年のうち75歳まで働くのが珍しくない社会』に変わるなら、働く期間は20年も延びる場合があることになります。そうだとすれば、生涯を通じた『労働の密度』がかつてと同じ水準のままで働き続けることが難しいのは当然です」(斎藤さん)
働き方を「太く短く」から「細く長く」へ
働き方を「太く短く」から「細く長く」へ。斎藤さんは、そんな社会システムの変革が必要だと訴えている(写真はイメージです)。
撮影:今村拓馬
では、どうすべきか?斎藤さんは次のように提言する。
20歳前後で「一生の仕事」を決めなくても困らないように、中途採用市場を活性化させ、転職や大学などでの学び直しがしやすい環境を整える。高齢者が働く期間を延ばす一方、30~50歳代の働き手が子育てや地域活動により参加しやすいようにしていく。
これは「年齢間のワークシェアリング」にもつながるため、企業にとってシニアの働き手は「お荷物」ではなく、「ふさわしい賃金を得ながら活躍する、職場にとって欠かせないメンバー」であり続ける。イメージはそんなところだ。
「これまでのように『太く短く』働くのではなく、『細く長く』働くことを前提とした社会システムをつくっていくべきではないでしょうか」(斎藤さん)
働くシニアの現状を見る限り、「蓄積したスキルが活かせて、やりがいのある仕事」ができているケースはそう多くはなさそうだ。シニア就労と、新卒一括採用・年功制・定年制などがセットになった「日本型雇用」との相性が良くないからだ。
「自分はいつまで働かなきゃいけないのか」とうんざりしているあなた。時代に合わなくなった雇用慣行が変わり、年齢を重ねても自分に合ったペースで、生き生きと働き続けられる社会が実現したら?「細く長く」というのも、決して悪くないのでは。
(文・庄司将晃)