日本特有の、社命絶対の転勤制度は、時代に合っているのだろうか。
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「妻の臨月に転勤内示が出て、分娩できる病院が見つからない」「夫の転勤で退職し、無職なので保育園に入れず働けない」——。育休明けの男性が急な転勤を命ぜられ退職を余儀なくされたことから、議論を巻き起こしたカネカ問題。これをきっかけに、Business Insider Japanで実施した「転勤問題アンケート」には、転勤をめぐる過酷なエピソードが数多く寄せられた。
そもそも転勤制度自体が「専業主婦家庭が前提になっており、今の時代に合ってない」との複数の声に、企業はどう向き合うのか。日本の働き方の「常識」は、分岐点を迎えている。
理不尽を感じる1位はパートナーへの無配慮
転勤問題アンケートは、20〜60代以上を含む男女から500の回答が寄せられた。そのうち8割の人が、会社の転勤命令の内容に、疑問や悩み、理不尽を感じたことがあると回答した。その具体的な理由として、多かった順に並べると以下の通り。
1位 共働きなど配偶者の状況に配慮がない
2位 子どもの状況に配慮がない
3位 赴任の時期が急すぎる
4位 辞令のタイミングが選べない
5位 引っ越し作業が大変/転勤理由が明確ではない
アンケートに寄せられた「具体的なエピソード」はいずれも切実で、体験談というより悲鳴に近い。また、今回のアンケートは「自由回答が長い」ことも特徴だ。通常よりも詳細が書き込まれており、憤りや辛さがほとばしっているものが多数あった。
転勤制度に対する違和感や限界は、飽和点に達している。多かった悩みを5つに分類し、当事者たちの声を聞いてみよう。(※編集部注:個人の特定を避けるため、回答の一部を削ったり、表現を変えたりしています。)
1.転勤辞令から着任まで、時間がなさ過ぎる
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まず、過酷なスケジュールに悲鳴が相次いだ。
「転勤命令が出た日にすぐ現地移動という理不尽さ」
(金融・保険業、35〜39歳男性)
まるで戦場へ行く兵士だ。
「1週間以内に東北から九州への赴任を言い渡された。子どもが生まれた時は単身赴任で、子どもに会ったのは生まれて半年後」(通信インフラ、45〜49歳男性)
引っ越し作業はもちろん、家探し、転園や転校、行政手続き。一切を引き受けてくれる人がいないと、あまりに過酷なスケジュール。
「家の購入後に転勤、辞令の翌々週くらいには引っ越し完了。転勤or退職の二択」
(卸売・小売業、35〜39歳男性)
こんな辞令で、仕事のパフォーマンスは上がるのかという疑問の声。
「本人との事前面談も無しに、決まったことだけを言い渡され、2週間という短期間で転勤(単身赴任)となった同僚。会社は生活や人生を無視しているが、各人が仕事で最大限の能力を発揮するには、仕事と生活が密接に関係していることを考えるべき」(学術研究・専門職、35〜39歳男性)
2.残された妻は一人で子育てワンオペ生活
妻も正社員として働いている場合、夫の転勤について行かないケースはままある。そうなるとワンオペ生活が待っている。
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多かったのが共働き家庭で、子育て期の単身赴任生活により、妻がワンオペ(一人で家事育児を回す状態)になってしまうパターンだ。長男が4歳、3カ月後に妻が二人目の出産を控えるタイミングで、転勤内示がでた男性。身重の妻はワンオペになった。
「出産間近の妻を全く身寄りのない土地に帯同させる訳にもいかず、単身赴任を選びました。 妻は妊娠した身体で長男を保育所に送り迎えしながら、満員電車で通勤する毎日で、限界に近い状態でした。 私は毎週末、赴任先から家族の元へ戻る生活でした」(運輸業、30代後半男性)
交通費は、月1回だけ会社負担だが、あとは自腹だ。
プラチナくるみん(高い水準の子育てサポート企業を認定する厚生労働省の制度)取得企業の社員から、こんな声も。ちなみに回答では、日本では知らない人のいない大企業の名前がいくつもあがった。
「夫が転勤となり、子どもも小さくワンオペ育児になりました。育児休業後の復職者を集めた会社のワークショップでは、夫婦で家事育児を分担し、女性側もバリバリ働こうという内容だったのに、単身赴任では元も子もない。人事部の動きが矛盾している」(専門サービス業、30〜34歳女性)
赴任先に帯同したものの「ワンオぺ」となった20代女性の叫びは悲痛だ。女性もいきいき働く時代に「転勤先での孤独」という問題もつきまとう。
「私の主人は転勤族です。 仕事を辞め結婚し、主人の勤務地へ転居しました。 主人の勤務先の労働環境は過酷で、午前2時までサービス残業や休日サービス出勤が当たり前の毎日。 孤独な日々がどんどん自分をおかしくしていきました。 死にたいと思う毎日、本当に辛いです」
(夫は製造業、25〜29歳女性)
3.妊娠中や子どもが生まれた直後の転勤
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これも多かったのが、「妻の妊娠中の転勤内示」だ。働き盛りの社員が、子育て期にあることは想像がつく。しかし、だからと言って「妻の妊娠中」である必要はあるのか。
「出産予定日の1カ月前に内示がありました。分娩予約ができる病院がなかなか見つからず、せめて出産できる産婦人科が見つかってからか、産後1カ月の検診が終わってからに、ずらして欲しいと交渉してもらったのですが、夫は『子供は病院じゃなくても産める』と言われて帰ってきました。そんな会社辞めてしまえ!と荒れまくった記憶があります」(夫は製造業、40〜44歳女性)
第一子が1歳で、妻が第二子妊娠中のタイミングでの転勤辞令をきっかけに、ある決断をした夫婦も。
「妻が妊娠中で体調も優れないので、会社に転勤の時期を伸ばしてもらえないか相談するが、出来ないと言われました。 妻が転勤先に付いてくれば子育てや妻のサポートは自分が出来るが、妻は仕事を辞めざるを得ない。自分が単身赴任をすると、妊娠中で体調が優れない妻が、仕事をしながら一人で子育ては難しい」(金融・保険業、30〜34歳男性)
結局、この夫婦は「自分と妻の収入がほぼ同額だったこと、妻はほぼ転勤のない仕事だったこと、小さな子供がいる女性は非常に転職が難しいが、男性でその状態での転職がそこまで難しくない」と判断し、夫が退職した。
子どもが生まれたり、家を買ったりと「責任」が生じると、辞令というのはおなじみのようだ。
「第一子が産まれたとたんに転勤を命じられる人が多い。妻側は、辞めてついていくか、辞めずに実家に戻り復職するかの二択。実家が首都圏にない方は、ほぼほぼ辞めていく」
(金融・保険業、25〜29歳女性)
ちなみに、ある大手企業の人事部も、「それはありますね」と認めるのが住宅ローンを組んだタイミング。
「家を買ったら転勤、ということが社内の常識のようになっている」
(学術研究・専門サービス、30〜34歳男性)
4.妻が退職を余儀なくされる
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寄せられたエピソードの中でも、目立ったのが、共働き家庭で「妻が退職を余儀なくされる」というものだ。
「夫の転勤辞令がいつになるか分からず、自分のキャリア形成ができない」という妻の声は相次いだ。
「夫に帯同するために派遣の仕事を選んでいるものの、まだまだ非正規雇用は転職市場で評価が低く、いつまで低い賃金に甘んじなければいけないのか、先行きが見えず不満が大きい」
(小売業、30〜34歳女性、抜粋)
この女性の夫の転勤辞令は1カ月前に発表といい、それでは認可保育園の申し込みに間に合わない可能性が高い。そうなると仕事を辞めるしかないが「世帯年収は300万円ほど落ち込むのに、夫の会社からその分の補填があるわけでもない」と、女性はモヤモヤする。
再就職は悩みのタネだ。
「自分の旦那が転勤族のため、妻である私が退職せざるを得なかった。私も総合職でかなり稼いでいたのもあり、かなりもったいないと感じている。さらにキャリアがあっても、転勤族の子持ちの母でブランクありとなると、雇ってくれるのかが心配」(金融・保険業、30〜34歳女性)
頭が痛いのが、退職した後の転勤先では「無職」の扱いとなるため、なかなか保育園に入れない問題。小売業の男性は、妻を説得して退職してもらい、転勤先での同居を始めるが——。
「転勤したからと言っても給料は変わらず、妻も働きに出なければ暮らしていけない。しかし、妻は退職をしているので、保育園が見つからず、幼稚園に通うことに。預かり保育が長いところを探して入園させました。幼稚園は保育園と違い、定期的に参観日や遠足など親子参加イベントがあり、妻は後ろ指を指されながら、仕事を休んで参加している」(小売業、30〜34歳男性)
優秀な同僚の退職を惜しむ声。
「夫の転勤(キャリア)優先で、妻がキャリアを積めない。理系修士卒で優秀な後輩だったのに、夫の転勤先では、既婚女性にはローソンでパートの仕事しかなかった」
5.慣れない環境にうつを患い、年数が経つ
本人やパートナーの仕事のために無理を強いられ、家族関係に溝が出来ることも少なくない。
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パートナーだったり、本人だったり。メンタル疾患を患ったというケースも複数、あった。
「家を購入して1年目の転勤で単身赴任することになりました。子どもが小学生に上がる前に赴任し、離れて暮らしました。8年目に妻の鬱病と子供の不登校を訴えて、やっと家で暮らせるようになりました。子供は、思春期を迎え、話をしてくれなくなりました」(建設業、45〜49歳男性)
転勤族を覚悟し、仕事を辞めて専業主婦になった女性(50代)のケース。転勤は当然ながら、子どものいる家庭だけの問題ではない。
「共働き子どもなしのため、有無を言わさず転勤。いつの間にかかなりの年数が経っていました。 慣れない環境に私はうつを患い気がつけば、私自身再就職の難しい状況になりました」
この家族のたどった道はこうだ。
「多忙すぎて夫との連携が取れず、帳尻を合わせるために尻拭いをさせられることが辛かった。 『だって会社の言うこと聞かなきゃ仕事なくなるよ』と言う夫への不信感が募り、15年目に別居しました」
仕事のモチベーションは金から幸福へ
仕事で家族との時間を犠牲にすることは「しかたない」なことではないはず。
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転勤制度について「思うところを自由に書いてください」との質問には、「時代と合わない」という声が数多く寄せられた。その一部を紹介する。
会社の踏み絵のように使われている。買った家に住めない、子供と暮らせない、何のために働いているのか。(学術・専門職、35〜39歳女性)
終身雇用前提の制度だったという指摘は相次ぐ。
「終身雇用制が崩れてきた今、転勤をする意味がなくなってきたように思う。仕事よりも家族や余暇を考えるようになり、ライフスタイルの変化からも転勤制度を根本から変えなくてはいけない」
(運輸・通信業、30〜34歳女性)
高度成長期から、人々の価値観もシフトしている。
「会社が人生の主体である時代、日本が世界のトップランナーである時代は終焉したので、会社はそれを自覚した上で、海外(とくに欧州先進国)の会社のような、社員が家族を大切にできる制度の構築が必須」(製造業、30〜34歳男性)
専業主婦世帯の多い上の世代は、転勤を当然のこととして従ってきた人も多いが、その上司世代からもこんな声が。
「 経済の失速により夢や野望が失われる中、これ以上、失わないために何かにしがみついて生きてきたような上司には、20代30代の気持ちを、本気で理解する気があるのでしょうか。以前のモチベーションは金。現在のそれは幸福感であることに早く気づいて配慮することが、せっかく育てた大切な戦力を失わないための策の1つと考えます」(国家公務員、50代女性)
※「理不尽な転勤」アンケート:2019年6月26〜7月18日にBusiness Insider Japanで実施。回答者数は500。回答者は50%が男性、48%が女性。20代が13%、30代が38%、40代が29%、50代が12%。。小数点以下切り捨て。
(文・構成、滝川麻衣子)