「世界で最も売れているゲーム」マインクラフトは、被災地の子どもたちに翼を与えるか。岩手・釜石からの最新報告

日本製鉄 釜石

鉄と魚とラグビーの街、釜石。駅前に鎮座する日本製鉄(2019年4月に新日鐵住金から商号変更)の工場群。

誰が何をどこまでどうしたら、被災地の復興は成し遂げられるのか。

2019年6月、東日本大震災の津波犠牲者が集中した三陸海岸の漁師たち7人と、東京・中野の居酒屋「魚谷屋」で飲んだ。カツオ1本ほどの腕まわりをした強面(こわもて)から、俳優・井浦新似の優男まで、若い漁師たちが揃って顔を赤くして、ワカメの何たるかを熱く語り尽くした夜だった。

日焼けした健康そうな肉体と美しく澄みきった瞳。凛々しく自然と向き合う漁師たちの姿を目にして、記者は思った。そう、農業と漁業の活性化なくして復興なし。東北は大地と海の実りの国なのだ ——。

でも、残念ながらそれだけで被災地の、東北の未来は語れない。統計の数字を出すまでもなく、一次産業の力だけで若者たちを地元に引きとめるのが難しいのは、東北人が一番よくわかっている。

釜石の人々とマイクロソフトの出会い

日本製鉄 釜石

水蒸気を吐き出す日本製鉄の煙突(右奥)。釜石市は東日本大震災で1000人を超える死者・行方不明者を出し、工場設備も一部冠水した。

翌7月、マイクロソフト日本法人のご案内で、岩手県釜石市を訪ねた。

東日本大震災では、死者・行方不明者数合わせて1000人以上と、同県では陸前高田市に続く大きな被害を出した街。ラグビー日本選手権7連覇を果たした古豪・新日鐵釜石の名声から「ラグビーの町」として知られ、2019年9月に開幕するワールドカップの会場のひとつ、「鵜住居(うのすまい)復興スタジアム」がある。

現地で迎えてくれたNPO法人@リアスNPOサポートセンター代表理事の鹿野順一さんは、震災のはるか前から釜石のまちづくりを支えてきた人だ。震災後は、全国からの支援と支援を必要とする被災者を結ぶ中間支援組織の集まり「いわて連携復興センター」を立ち上げ、岩手県沿岸部の復興に尽くしてきた。

@リアス NPOサポート

鹿野順一さんが代表理事を務めるNPO法人@リアスNPOサポートセンター。写真は震災後、世界的建築家の伊東豊雄氏が設計したNPO・市民活動支援センター「みんなの家 Cadatte(かだって)」。

鹿野さんとマイクロソフトの復興支援チームは2011年の夏に出会い、同社のクラウド型業務アプリケーションなどに関する技術支援を背景に、仮設住宅に住む被災者たちの課題解決やコミュニティづくりをともに後押ししてきた経緯がある。

2018年からは、ICT学習の機会提供を通じて若者たちの成長と就労可能性を広げる「若者TECH(テック)プロジェクト」にも協働して取り組んでいる。以前から行ってきたOffice系アプリを中心とするITスキル研修の実施による支援「若者UP(アップ)プロジェクト」を、プログラミング、データベース、サーバー、人工知能など時代のニーズに合わせて発展させたものだ。

街のスポーツ施設をデジタル世界に再現する

鵜住居復興スタジアム

2018年8月、オープン時の釜石鵜住居復興スタジアム。山に囲まれ海にも近く、視界を遮る外壁もない、世界でも特殊なスタジアムだ。

Koki Nagahama/Getty Images Sport

マイクロソフトが記者を釜石に招いてくれたのは、同社と鹿野さんら地元関係者の協働の積み重ねから実現した、「マインクラフト(Minecraft)カップ 2019 全国大会」釜石ワークショップ(7月13日)のためだった。

マインクラフト……立方体のブロックを組み合わせ、建物や街並みなど3D空間の世界を自由に創造できるゲーム。2019年5月には販売本数で「テトリス」を抜き、世界で最も売れたゲームに。子どもでも簡単に扱えるビジュアルプログラミング機能を追加した「教育版マインクラフト(Minecraft: Education Edition)」は、プログラミング思考を養うツールとして世界の教育現場で活用されている。

東京オリンピック・パラリンピックを2020年に控え、世界初となるマインクラフトカップ大会のテーマは「スポーツ施設のある僕・私の街」とされた。スポーツ施設と関連する建物や設備をつくり、そこに暮らす人々の生活が見えるような街の姿を、教育版マインクラフトの世界で創造するのだ。

すでに全国各地の子どもたちがチームを結成して応募作品づくりに取り組んでいるが、釜石のワークショップはそんななか、プログラミング体験の届きづらい被災地でのチャレンジ環境づくりの一環として行われた。

鵜住居復興スタジアム

客席の子どもたちに鵜住居復興スタジアムについて説明する@リアスNPOサポートセンターの鹿野順一代表理事(手前)。三代続く家業の菓子店を津波に流されながらも、地域の人々と励まし励まされ、街の復興に尽力してきた。

長年釜石のまちづくり、ひとづくりに携わってきた鹿野さんは、自分に言い聞かせるように記者の前でこう語った。

「沿岸部の被災地でプログラミング体験?と首をかしげる人もいる。でも自分は、チームでやる教育版マインクラフトが子どもたちに教えてくれることに期待する。段取りをして、共同作業をする体験に慣れていないと、現場で役に立たないことがたくさんある。人手が減っていくなか、作業を効率化するプログラミング思考はこれから絶対に必要になる」

「それがその場所にその形で置かれた理由」を見抜け

三陸鉄道 車両

震災後寄せられた世界各国からの支援に対する、釜石の子どもたちの感謝の気持ちを詰め込んだ三陸鉄道のラッピング車両。2019年3月23日に営業再開(震災前はJR東日本が運行)したばかり。

三陸鉄道 鵜住居

三陸鉄道の鵜住居駅。駅近くにある「鵜の郷交流館」のスタッフは、「ラグビーW杯開催時もその後も、本当に人が来てくれるのか不安」と本音を語ってくれた。

ワークショップの前半は、釜石中心市街から三陸鉄道で北に2駅、鵜住居駅から徒歩10分ほどのところにある復興スタジアムの現地視察。ここで見た姿や印象をもとに、後半では実際にマインクラフトを操作してスタジアムを3D空間に再現することになる。

日本初の公式プロマインクラフターで、ワークショップ講師を務めるタツナミシュウイチさんのアドバイスに耳をかたむけながら、客席やフィールドをくまなく歩いて回る子どもたち。タツナミさんのこんな言葉に、なるほどとばかりの深い嘆息が洩れる。

「通路ひとつ、階段ひとつ、屋根ひとつ、その数や互いの間隔。それがその場所にその形で置かれた理由が必ずある。それを見抜くのが大事なんだ」

昔だったら必死でメモを取ったり、じっと睨んで目に焼き付けたりしたところだが、そこはデジタル時代の子どもたち。手持ちのガラケーやスマホで写真や動画を撮りまくる。

最初の30分はカオス、しかし子どもたちはスゴかった

タツナミシュウイチ

ワークショップ講師を務めた公式プロマインクラフターのタツナミシュウイチさん。

ワークショップ後半は、マインクラフトでのスタジアム再現に着手すべく、釜石中心部にある市民参加型シアター「釜石PIT(ピット)」へ。

まずは講師のタツナミさんから、子どもたちをドキドキさせるお手本が次々に紹介される。

保護者たちも含め会場からとりわけ大きな歓声があがったのは、世界文化遺産「軍艦島」がスクリーンに映し出された瞬間。この精巧かつ壮大な作品を完成させたのは、当時鹿児島県の高校生だった加藤陸さん。

加藤陸さんが完成させたマインクラフト作品「軍艦島」。

Riku Kato YouTube Channel

実はこの日は本人が登場し、コーチ役として子どもたちのそばで直接アドバイスを送るという贅沢なサプライズが用意された。

続いて、基本的な操作方法やビジュアルプログラミングを使ったいくつかのテクニック、それにスタジアム再現に向けたチームプレイを乱す「TNT(爆弾)」の配置を禁じることが伝えられたあと、子どもたちと保護者による作業が始まった。

そこから先の様子は以下の写真での説明に委ねることにしたいが、とにかく最初の30分はカオス状態。禁じられたTNTを置きまくる子ども、タツナミさんがメインPCをメンテナンスしている間にウシやらブタやら動物を出現させまくる子ども。アドバイス担当のスタッフや保護者たちもなすすべなし。スタジアムの半分も再現できるような感じはしなかった。

マインクラフト

参加した子どもたちは「建屋」「フィールド」「客席」の3チームに分かれ、それぞれスタジアムの担当部分の復元を目指した。

マインクラフト

タツナミさんの説明に真剣に耳を傾ける参加者たち。

ところが、マイクロソフトの別レクチャーのため1時間半ほど会場を離れて戻ってきてみると、驚いたことにスタジアムは完成寸前だった。

子どもたちの作業するフロアに降り、マイクで解説を続けるタツナミさんが「ちょっと小学生レベルとは思えない完成度だね、いや、これはすごい」などと感嘆の声をあげている。この間の動画を記者はまだ目にしていないが、衆人環視の作業環境ゆえ、ずるはなかっただろう。

親も学校も、プログラミングへの理解はまだ乏しい

マインクラフト

しばらく会場を離れて戻ってきてみると、講師のタツナミさんが子どもたちのいえるフロアに降りてきて、興奮気味に「小学生レベルじゃない」と叫んでいた。

こんなことを書くと案内してくれたマイクロソフトに怒られそうだが、ワークショップに参加した保護者たちに聞いてみると、プログラミング教育の視点で子どもを連れてきたという方はそう多くなかった。例えば、車で1時間弱の距離にある陸前高田市から来たという2人の母親は、いずれも「マインクラフト好きの子どもの熱意に負けた」と話した。

鵜住居復興スタジアムで挨拶した釜石市の野田武則市長も、取材に対して「自分はマインクラフトをやったことがないし、プログラミングもよくわからない」と正直に答えてくれた。

被災地でプログラミング教育、と言うとこんなイメージが付きまとう。子どもたちがITスキルを身につけ、エンジニアのような旬で稼げる職業に就く機会が増え、復興が加速されたり、人口減少が進む小さな街に未来の灯火をもたらしてくれる —— というような。

でも、現実は厳しい。

ワークショップ開催と並行して、教育版マインクラフトを活用したプログラミング思考の養成を視野に入れ、鹿野さんら@リアスのスタッフたちは釜石市内の小中学校をまわって先生たちにヒアリングを行っていた。しかし、2020年度から小学校でプログラミング教育が必修に、翌21年度以降は中学校・高等学校でも拡充されるにもかかわらず、先手を打って対応を進めている学校は皆無だった。

ラグビーやプログラミングが何になる?釜石市長はこう答えた

釜石市 野田武則市長

鵜住居復興スタジアムでワークショップに参加した子どもやその保護者たちに挨拶した釜石市の野田武則市長。

冒頭の問いをもう一度。誰が何をどこまでどうしたら、被災地の復興は成し遂げられるのか。

そして、プログラミング教育なら、釜石に育つ子どもたちの未来を輝かせてやれるのか。

釜石市の野田市長に、失礼を覚悟で聞いてみた。ラグビーが、この鵜住居復興スタジアムが、子どもたちに夢を与えてくれるのか。マインクラフトやプログラミング教育が、子どもたちに明るい未来をもたらしてくれるのか、と。

野田市長は「答えになるかどうかわかりませんが」と前置きした上で、次のようなことを記者に語った。

東日本大震災を生き延びた釜石市民があらためて思い知ったのは、自分の命を守る方法とは何か、それは自分で考え、自分で動くということだ。「津波てんでんこ」はやはり正しかった。

津波てんでんこ……海岸で大きな揺れを感じたら必ず津波が来る。そのときは家族友だちにかまわずそれぞれてんでんばらばらに逃げよ、という地域に伝わる教え。釜石市内の小中学校は、この教えにもとづく避難訓練を以前からくり返していたため、震災時も多く(生存率99%以上)が難を逃れ、「釜石の奇跡」と呼ばれた。

いま私たちがやるべきは、ラグビーで活躍して「故郷に錦を飾る」子どもになるのを願ったり、プログラミング教育で子どもたちが将来稼げる大人になって世界に羽ばたき、いつか釜石に帰ってきてくれる日を願ったりと、大それた期待を寄せることではない。

ラグビーもスタジアムも、プログラミング教育も、自分で考え、自分から動いて生きていくための健康な身体や論理的な思考力を身につけてもらうために、私たち釜石の大人が子どもたちに与えられる最大限のことなのであって、それ以上でも以下でもない。

たまたま私たちの街にはラグビーという宝があり、震災後にはマイクロソフトさんはじめ数多くの支援者との信頼関係という宝を得た。いまそのすべてを子どもたちに与えて、あとは自分たちで考え、生きてもらうしかない。私たちの街には、あげられるものがそうたくさんあるわけではないから ——。

スタジアム マインクラフト

再現完成までもうひと息のスタジアム(モニター撮影)。操作着手後30分の様子では不可能と思われたが、子どもたちは頑張った。

子どもたちはワークショップの最後、ついに鵜住居復興スタジアムの姿をマインクラフトの世界の中に完成させた。

スタジアムの屋根幕は、遠くから見ると鳥の羽ばたきに、横から見ると船出の帆に見える形をしているのだという。もちろん、釜石市民の復興への想いを託したものだ。

「それがその場所にその形で置かれた理由」を、子どもたちは見抜けただろうか。

家族や地域の人たち、震災後に外から支援にやってきた仲間たちが渾身の力で生み出した追い風をしっかり受け止め、子どもたちは自分たちで考え、動き、船出の日を迎えられるだろうか。未来へと羽ばたけるだろうか。

釜石市とマイクロソフトの取り組みを、いましばらく見守り続けることにしたい。

(取材・文:川村力、取材協力:マイクロソフト)

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