トランプ大統領が強行しようとした「市民権」調査の波紋。不法移民排除が目的か

移民

Reuters/Michael McCoy

アメリカでトランプ大統領が導入しようとしている「市民権」を問う調査の是非が大きな争点となっている。

おりしも、12歳で母国ソマリアからアメリカにやってきた議員を含む非白人系の4人の民主党下院議員に対するトランプ大統領の差別的な発言が大きな問題になっている。

そもそも移民にとって「アメリカ」とは何か。また、アメリカにとって「移民」とは何なのか。調査をめぐる一連の騒動の中、考えてみたい。

外されてきた「市民権」項目

問題となっている「市民権」調査は、もともと10年に1度に全米規模で一斉に行われている国勢調査の中での1項目だ。国勢調査は日本と同様、アメリカ在住者全員を対象とした調査だが、データをできるだけ正確にさせるため、「市民権の有無」の項目は1950年以来、外されている(日本の国勢調査では国籍を尋ねる項目がある)。

もし、市民権の有無を問えば、非合法移民が調査を避けるのは目に見えている。「非合法と答えれば捕まるのではないか」という恐怖があるためだ。

移民が作った国であるアメリカの場合、「移民」の概念がそもそも他国と大きく異なる。

もともとは船でたどり着いた後、病気などの検査を経て入国できたら「アメリカ人」という時代が長年続いていた。3000キロを超える陸続きのメキシコとの国境の場合、川や砂漠地帯も多く、自由に出入国できた。そもそも非合法移民(不法移民)という概念も、移民法が整備されていく19世紀末まではなかった。

現在では空路の場合、かなり厳格な審査もあるが、アメリカ・メキシコ国境の場合、管理は極めて難しい。国境の街では朝、働きに行くためにアメリカに歩いて入国し、夜に帰るようなところもある。「illegal(不法な)」という言葉のイメージよりも「undocumented」(適切な入国許可書類がなくアメリカに存在する)というニュアンスを出したいために「非合法」という言葉を使う研究者も少なくない。

非合法移民とはこうした正式な入国手続きを経ないで入国した外国人を指す。

公的医療保険の助成対象にも

壁メキシコ

トランプ大統領が大統領選の公約に掲げたメキシコとアメリカ国境の壁建設。

Reuters/Mike Blake

そもそも移民たちにとって、アメリカとは「国」というよりも、自分の夢や希望を具現化する新天地である(ネイティブ・アメリカンの土地を侵略してきた歴史については、別の機会に論じたい)。

アメリカ側も1965年の移民法改正以降、積極的に多様な人々を合法的に世界から受け入れるようになった。多様性がアメリカの力の根源であるという見方も一般的だ。永住権を持つ合法移民の数は1965年の約30万人から、基本的には右肩上がりで増え、近年はほぼ年間100万人を超えている。

移民の増加

アメリカの移民は1960年代以降、増え続けているが…。

出典:Migration policy institute

合法移民の増加に比例するように、非合法移民も増えた。2016年のピュー・リサーチ・センターの推計では、アメリカ国内には現在、非合法移民が約1070万人いるとも言われている。総人口を3億2000万人とすると人口の3.3%が非合法移民となる。非合法移民の5割以上は、メキシコに隣接するカリフォルニア州(約5.6%)やテキサス州(約5.7%)など6州に集中している 。

家族単位で長い間、不当に滞在するケースも多い。アメリカは出生地主義であるため、一家の中で親は非合法移民でも、子どもがアメリカで生まれれば、その子どもはアメリカ国籍となる。それだけ、法的にも人道的にも一家を切り離すのが難しい。

非合法移民といっても数が多い分、かなりの権利を認めざるをえない州も少なくない。公立学校に通うことが認められているほか、自動車免許も取得することができる州も13ある。カリフォルニア州では公的医療保険の助成の対象となることが先日、発表されたばかりである。

日本から見れば、まずは非合法移民の摘発を急ぐべきだと考えるかもしれない。そのために「アメリカ・メキシコ間に壁を作り上げる」というトランプ大統領の公約に賛同する人もいるだろう。しかし、3000キロという国境、日本でいえば北海道から沖縄の距離を考えると、そこに壁を建設することが予算的にも難しいと直感的に分かる。

メキシコからの非合法移民問題が目立ってきた1980年代からアメリカ国内でも対策を望む声が出ているものの、40年近くたってもなかなか進んでいない背景には、完全に取り締まることが非現実的だということもある。

「導入根拠が不明」と最高裁差し戻し

トランプ支持者

トランプ大統領を支持する白人労働者たちにとって「移民に仕事を奪われている」と言った論調は受け入れやすい。

Reuters/Carlos Barria

当面は現実問題として、非合法移民の人たちの数を正確に割り出さないと、道路整備やゴミ処理などの市民サービス全体の低下につながる。ここまでの話は州や市の管轄だが、連邦政府についても、下院選挙区割りや各種予算の割り振りは非合法移民の数も踏まえている。大統領選挙人は下院選挙区の数に連動するため、大統領選挙の戦術にもかかわる。

こうした背景もあり、これまで国勢調査は「市民権」の有無に関わらず、住民数を正確に把握することを第1の目的としていた。

それがトランプ大統領は、2020年の国勢調査で、ストレートに「市民権」を問う調査を導入しようとしたのだ。

トランプ政権は「人種的少数者の投票権を守るため」と説明していたが、「導入の根拠が不明」として最高裁は下級審に差し戻した。2020年4月の調査実施に間に合わせるために、市民権質問を加えることは不可能になった。国勢調査局自身も、市民権質問が追加されることで、約650万人が回答を拒否すると試算している。

正確な数が出ない方が「得策」

国勢調査

アメリカに居住する人たちの現状を正確に把握するために10年に1度行われる国勢調査。

Reuters/Carlo Allegri

最高裁はストップをかけたが、トランプ大統領は全く納得する様子はない。トランプ大統領は7月11日、ホワイトハウスで会見し、国勢調査で市民権を尋ねる質問を加えることを断念するとしたが、その代わりに社会保障局や国土安全保障省などの連邦政府の関係機関に市民権に関する記録の提出を求める大統領令を出すと宣言した。

とはいえ、上述の国勢調査と同じ理由で非合法移民は調査を拒否をする状況は変わらない。データそのものが不正確となるだろう。

誤解を恐れずに言えば、トランプ氏は「正確でない方が戦略的に良い」と思っている節がある。非合法移民は、職がある都市部やその周辺に集中しているほか、カリフォルニア州など政治的にはリベラルな地域に多い。トランプ氏にとってはいずれも、自分の支持者は少ない。移民が多い地域では人口が実際より少なく数えられた場合、人口比率が年々減っている白人を主な支持層とする共和党にとっては追い風となる。

「怒れる白人たち」の共感集めやすい

移民デモ

移民の権利を訴える活動も活発になっている。

Reuters/Michael McCoy

ところで、なぜ非合法移民は減らないのか。それはアメリカに入国したい側だけでなく、非合法移民を雇用する力学があるためだ。非合法移民は農業やサービス業などの多くの産業を労働力として支えている。何よりもアメリカの長年の経済成長は非合法移民の安い労働力が支えてきた側面もある。

数年前カリフォルニア州のある大規模なレタス農家を訪ねた際、「収穫や選別など、非合法移民の作業がなければビジネスが成り立たない」とこちらが驚くほどの本音の説明を受けたのが印象的だった。民主党支持者だけでなく、共和党支持者の中でも中小企業経営者は比較的非合法移民に寛容であるといわれている。

ただ、過去の歴史では「非合法移民に職をとられた」という感情を持つ層も景気後退局面では大きくなる。いまは景気後退ではないが、問題なのは中低所得層の所得の伸び悩みだ。雇用は国内の非合法移民というよりも、むしろグローバル化の中で中国などにもっていかれたのが現状だろう。

トランプ支持者は自分の雇用を奪ったのが非合法移民ではなくても、「移民排斥」という政策は共感しやすい。それがトランプ支持の一つの層である「怒れる白人たち」に共有されている。非合法移民対策はトランプ氏にとって、支持固めに直結する政策なのだ。

もちろん、移民という「よくわからないもの」に対する恐怖感もある。確かに非合法移民の中に、ギャングなども入り込んでいる可能性は否定できない。ただ、それはほんの一部であり、大多数は国外追放を避けるため静かに暮らしている。

国勢調査は過去にも大きく変化してきた。それまでは「白人」とされてきたヒスパニック系に対して、独自に項目を立てて聞くようになったのは1980年調査からである。多様性を重視する動きに対して、2000年以降、複数の人種エスニシティ(例えば「黒人」であり「ヒスパニック」であり「アジア系」)などの回答が認められている。さらには、この年から項目にない自由記述も認めている。

それだけ移民はアメリカの根源になっている。トランプ氏の動きに対する各種反発は、移民がアメリカを変えてきた歴史そのものにメスを入れようとする反発に他ならない。

前嶋和弘(まえしま かずひろ):上智大学総合グローバル学部教授(アメリカ現代政治外交)。上智大学外国語学部卒業後、ジョージタウン大学大学院政治修士過程、メリーランド大学大学院政治学博士課程修了。主要著作は『アメリカ政治とメディア』『オバマ後のアメリカ政治:2012年大統領選挙と分断された政治の行方』『現代アメリカ政治とメディア』など。

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