若手行員の離職は、地方銀行に共通する悩みだ。
撮影:今村拓馬
長引くマイナス金利と成長著しいフィンテック企業というダブルパンチに見舞われている地銀業界。地銀上位の横浜銀行と千葉銀行が7月には業務提携を発表するなど、もはや上位の地銀でも経営が盤石ではないことがさらにハッキリした。
地銀各行は生き残りを模索するが、足元では「下船」する若い行員たちが続出していた。
「あの記事はウチのことです」
2019年2月下旬。日本経済新聞に「地銀波乱、エリート行員流出」という記事が載った。その記事では、「静岡県の地方銀行」からIT企業に転職した元行員のエピソードが書かれていた。
静岡銀行の幹部によると、この記事が掲載された朝、静岡銀行の本部役員や部長らは「スルガ銀行も大変だな」などと、笑いながら会話を交わしていたという。役員らがそう考えるのも無理はない。スルガ銀行は2018年に不正融資が発覚、ちょうど日経の記事が掲載されたころ、同行の旧経営陣に対する損害賠償請求訴訟が新聞紙上をにぎわせていた。記事中の「静岡の地方銀行」がスルガ銀行だと考えても不思議ではなかった。
だが、役員らが談笑する輪の中で、人事部の幹部だけは顔をこわばらせていた。会議室を出た後、人事部幹部は役員の一人に「あの記事はウチのことです」と漏らした。
その話を聞いた役員は「えっ、これは知っているの」と言って、親指を上にしてみせた。これに対し、人事部幹部は無言のままだったという。
たかが地方の銀行の話ではないか、と考える読者もいるかもしれない。だが、それは早計だ。
入行3年で2割以上が退職
撮影:サムソン
静岡銀行は、2019年3月の預金残高(月間平均残高=9兆6411億円)と貸出金残高(同=8兆3369億円)はともに、全国の地銀業界で4位。2019年3月期の連結当期純利益も、前年同期比で6.4%減ながら468億円と、高水準を維持し、他の地銀がうらやむほどの業績で、金融界では「三菱UFJ銀行より経営体質は健全だ」と言われるほどの「地銀の雄」だ。
それなのに —— 。
いま静岡銀で、入行5年以内の20代若手行員の退職続出という異変が起きているのだという。
2016年度入行組の1人は筆者の取材に対し、「3年以内に男女問わず2割以上が退職している」と明かす。同期入行は大卒165人(男性85人、女性80人)だから、30人以上が退職している計算になる。
ある転職エージェントはこう話す。
「大手地銀は地元では超・優良企業ですから、退職者が相次ぐなんてありえない話でした。大卒新入行員を100人以上採用している大手地銀で、3年で20%以上も退職しているのが事実とすれば、聞いたことがありません。地銀が地元の超優良企業と言える時代は終わったということなんですかね」
「新しいことにチャレンジできない」
入行当初は地方のために働きたいと思っていた若手行員たちが、仕事をする中で希望を見出せなくなっている(写真はイメージです)。
撮影:今村拓馬
若手行員たちはなぜ、「地元の超優良企業」を見限ったのだろうか。
20代半ばの男性行員(法人営業担当)はこう話した。
「大学は東京だったが、故郷を活性化させたいと思って、Uターンして静岡銀行に入った。でも、配属された支店ではノルマに追われまくりました。貸しやすい会社にしか貸し出さない。支店長は実績づくりに汲々としているから、そうなってしまう」
20代後半の別の男性行員は、静岡銀行2代目頭取で全国地方銀行協会の初代会長でもあった故・中山均氏がかつて、「地方産業の発達に尽くそうという私の熱意は変わらない。これなくして大企業の進展も日本経済の確立もない」と話した言葉に共鳴して入行した。しかし、こう語る。
「会長や頭取のいう経営方針と支店の方針には、ギャップがありすぎる。現場(支店)レベルでは、企業の将来性をじっくり審査して貸し出す、というような雰囲気はまるでありません」
20代前半の女性元行員は、
「給料が少なすぎます。体質が古いままで、新しいことにチャレンジできない」
と退職理由を話した。
退職した若手行員たちは、地元高校から東大や早慶など首都圏の大学に進学し、「地元を元気にしたい」という志を持って、静岡銀行に就職した。しかし、描いた夢と実際の業務のギャップが大きすぎたということだろう。
元銀行員に声かけるメルカリ、LINE
地銀の若手行員たちの転職先として人気なのが、金融事業に参入するIT企業だ。
撮影:小林優多郎
そんな彼らに声を掛けてきたのが、キャッシュレス決済などで金融参入を目指すLINEやメルカリ、ヤフーなど大手IT企業だった。
「金融分野を強化したいということで経験者を欲しがっていた」(LINEに転職した20代半ばの静岡銀行の元男性行員)
「金融分野へ参入するため中途採用が積極的なメルカリに入りました。先にメルカリに移った同期入行の友人に誘われた」(メルカリに転職した20代前半の同銀行の元男性行員)
転職を受け入れる側の企業も、
「金融参入を考えたとき、社会人の基本ができていて金融知識のある元銀行員はウェルカムだ」(メルカリ幹部)
「金融分野は業務を進めるうえで独特の用語が必要だ。ITしか知らないとつらい。その点で元銀行員はいい」(LINE幹部)
あるフィンテック企業の幹部はこう付け加える。
「ベテラン行員を採用すると給与も高いし、使いにくい。その点、若い地銀行員は使いやすいし、意外と若いうちは給与が安くすむので、ラッキーです」
静岡銀行に事実関係と受け止め方を質問したところ、同行の広報IR室は「コメントはいたしかねます」と答えた。
取材を進めていると、退職者が相次いでいるのは、静岡銀だけではないことがわかってきた。筆者が取材しただけでも四国や東北などの優良地銀からフィンテックIT企業への人材流出が始まっている。
地銀に入った優秀な人材が、フィンテック企業や金融事業に参入する大手IT企業に続々と移っていく。この様は、まさに金融業界のプレーヤーが、銀行からIT企業へ変わっていく前兆現象と言えるだろう。
加藤真:ジャーナリスト。IT業界など15年間取材。週刊誌などにも寄稿している。