2018年10月、陸上自衛隊朝霞訓練場で行われた自衛隊記念日観閲式に参加した安倍晋三首相。いま、イランとの交戦を見据えた大きな判断を迫られている。
REUTERS/Kim Kyung-Hoon
7月19日、イランの精鋭部隊「イスラム革命防衛隊(IRCG)」が中東のホルムズ海峡で、イギリス船籍のタンカーを拿捕した。「国際的な航行規則に違反した」との口実だが、同4日にイランのタンカーが英領ジブラルタルで英軍に拿捕されたことに対する報復とみられる。
ちなみに、イランのハメネイ最高指導者は同16日、「イギリスが海賊行為を行った」「われわれはその邪悪な行為に対し、適切な対応をする」と報復の意思を表明していた。最高指導者に直結する革命防衛隊は、その言葉を忠実に守ったわけである。
このようにホルムズ海峡の緊張が急速に高まるなか、アメリカは同海域での船舶の安全確保を行う有志連合構想「海洋安全保障イニシアチブ」について、60カ国以上の関係各国を招いた説明会を開催した。日本からも、在米日本大使館員が参加した。
この有志連合はトランプ大統領が打ち出した方針によるものだ。トランプ大統領はかねてより、アメリカだけが国際的な安全保障活動を行うことに否定的で、他の国々も負担を分担すべきという考えをもっている。ホルムズ海峡でタンカーが狙われている問題では、6月24日に「受益国がそれぞれの船を自国で守るべきだ」と発言している。
ペルシャ湾岸から原油を輸入している受益国は多いが、その中でも国の全輸入量の8割以上を同地域に依存する日本はトップクラスの受益国であり、アメリカから有志連合参加を打診されないはずはない。
アメリカ提案の中身
2019年5月、アメリカ、フィリピン、インドの各海軍と南シナ海で共同訓練を行った日本の自衛隊。対中国、対イランなど武力衝突の可能性は現実のものとなりつつある。
Japan Maritime Self-Defense Force/Handout via REUTERS
しかし、周知のとおり、自衛隊の海外派遣には高いハードルがある。国内の法的な問題と、世論の問題だ。とくに今回は、アメリカとイランが厳しく対立している状況で、その真っただ中に自衛隊を派遣しようというのだから、政治判断で軽々しく「有志連合に参加します」というわけにはいかない。
自衛隊を派遣するなら、どういった国益を守るために必要な措置であるかを国民に納得してもらう必要があるし、法的にも明確に正当性を裏づけなければならない。
もっとも、アメリカが提案した有志連合の中身をみると、参加へのハードルはかなり下げられている。
米政府の提案内容は本稿執筆時点では非公開だが、欧米メディアの報道によると、有志連合はアメリカが主導して参加国間の調整を行うものの、各国に求められるのは、ホルムズ海峡近辺の監視活動のみとされているようだ。参加国に民間船舶の警護は義務づけず、各国独自の判断で、警護するか否かを決められるとのことらしい。
また、この有志連合は洋上の治安のためのものであり、特定の国家、たとえばイランに対する軍事的な連合ではないことが強調された。あくまで同海域のパトロール活動という位置づけだ。
2019年4月、ワシントンの米国務省で記者会見する日本の岩屋毅防衛相。参議院選挙明けにも自衛隊派遣の方針を打ち出すか。
REUTERS/Joshua Roberts
こうした話であれば、イランとの外交関係を重視する日本の外交当局も乗りやすいし、自衛隊の派遣に対する国民世論の支持も得やすい。国内法的にもほぼ問題ないだろう。
岩屋毅防衛相は7月16日に「自衛隊の派遣を現段階で考えていない」と述べているが、参議院選挙後の7月25日に米中央軍司令部のあるフロリダ州タンパでの再会合が予定されており、そこからは自衛隊派遣の方向で話が進むことが予想される。
アメリカは関係各国に対し、受益度や能力に応じて軍事的な参加だけでなく、資金協力も打診しているようだが、最大の受益国の一つであり、軍事的にも高い能力をもつ日本が、資金協力だけで済ますのは難しい。護衛艦の常駐および哨戒機の派遣などが議論されることになるだろう。
自衛隊がイランの革命防衛隊と戦う日
ホルムズ海峡を通過する石油タンカーと、監視任務にあたる米軍の多用途・補給支援ヘリコプター「MH-60S ナイトホーク」(写真は2018年12月に撮影)。
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しかし、このアメリカの提案は、各国の参加を容易にするためのタテマエにすぎない。例えば、自国船あるいは自国企業が運航する船舶に対する警護の実施の判断は、参加各国に委ねられているとはいえ、実際そこに危険があるわけだから、警護しないわけにはいかないだろう。
また、目の前で他国の民間船が襲撃を受け、救助を要請された場合、人道的見地からして断るのは難しい。現実には、民間船舶を守らざるを得なくなる。
さらに言えば、船舶を襲撃してくる相手としては、正体不明の海賊などではなく、明確にイランのイスラム革命防衛隊が想定されている。アメリカはあくまで海域の安全を守るための有志連合としているが、現実にはイランの脅威への対処が狙いだ。
冒頭で触れた英船籍タンカーの拿捕だけでなく、 ホルムズ海峡近辺でのタンカーへの攻撃は、米軍の大規模増派が決まった5月上旬から、以下のように続いている。
【5月12日】
アラブ首長国連邦(UAE)沖で4隻が吸着水雷とみられる爆弾で攻撃される【6月13日】
オマーン湾のイラン沖で日本企業が運航するタンカーなど2隻が吸着水雷とみられる爆弾で攻撃される
以上の攻撃はいずれも、イランの革命防衛隊による犯行の可能性が高い。
【7月11日】
英タンカーの航行を、イランの革命防衛隊が妨害。英軍のフリゲートが革命防衛隊を排除【7月13日】
パナマ船籍タンカーが行方不明。16日、イランは「技術的な故障を抱えたタンカーを救出した」と発表するも、18日には「革命防衛隊が密輸タンカーを拿捕した」と変更
以上の7月に起きた事件は、最新の英船籍タンカー拿捕も含め、いずれもイランの革命防衛隊によるものだったことが確定している。革命防衛隊の方針は、当初は秘密破壊活動としてのタンカーへの直接攻撃だったが、その後、表立っての拿捕という手段に移ったのかもしれない。しかし、だからといって直接攻撃をもうやらないとは限らない。
いずれにせよ、こうしてまとめて振り返ってみると、ホルムズ海峡を航行する船舶への脅威は、イランからの脅威そのものであることは明らかだ。
今後またホルムズ海峡近辺で民間船舶が襲撃されるとすれば、それは革命防衛隊の犯行となる可能性がきわめて高い。とすれば、もし自衛隊がその船舶を助けようとすれば、革命防衛隊と交戦することも十分考えられるのである。
有志連合参加は「イランへの敵対行為」
ホルムズ海峡に展開する米海軍の強襲揚陸艦「USS ボクサー」から飛び立つ汎用ヘリコプター「UH-1Y ヴェノム」。
Dalton Swanbeck/U.S. Navy/Handout via REUTERS
アメリカが提案する有志連合では、米軍が各国軍の活動を調整することになっている。つまり、中心はあくまで米軍だ。自衛隊がそこに加わることは、戦闘が目的ではないとはいえ、事実上、アメリカ主導の対イラン警戒作戦に参加することを意味する。
ところが、日本での議論では、単なる治安活動への参加というタテマエをそのままに受け止め、まるで正体不明の海賊対策に自衛隊を送り込むかのような論調も少なくない。
しかし、イラン側からすれば、アメリカ主導の有志連合に加わることは、イランへの敵対行動にほかならない。実際、イランは日本を含む英独仏など少なくとも7カ国に対し、有志連合に加わらないよう要請しているという(共同通信、7月18日付)。
法的な問題あるいは世論の反発を意識して、(イランへの敵対行動になり得ることを)タテマエでごまかして有志連合に参加すれば、日本企業の運航する船舶がイランに襲撃されたり、自衛隊の目の前で他国の民間船舶がイランに襲撃されたり、あるいはイランとアメリカの衝突がさらに激化したりといった事態が起きたとき、自衛隊がどう対応すべきかをめぐり、大きな問題になるのは必至だ。
考えられる3つの選択肢
2019年5月、インドネシア・ジャカルタのタンジュン・プリオク港に寄港した海上自衛隊の護衛艦「さみだれ」の乗組員たち。米軍主導の有志連合への参加で、隊員たちの負荷とリスクは格段に高まるだろう。
REUTERS/Willy Kurniawan
アメリカの提案に対し、日本には3つの選択肢がある。
- 有志連合に参加する
- 何もしない
- 自衛隊が独自に日本企業の運航する船舶を護衛する
いずれの選択肢にもメリットとデメリットがある。
1.を選んだ場合、以下のメリットがある。
・日本企業が運航するタンカーを守ることができる。結果として、中東からの安定したエネルギー供給を期待できる
他方、以下のデメリットがある。
・自衛隊がイランと限定的に交戦する可能性がある
・イランとアメリカが戦闘状態に入った場合、巻き込まれる危険がある
・イランとの敵対関係が生まれる
・自衛隊の通常任務に負担がかかる
2.を選ぶと、1.で挙げたデメリットはすべてなくなる。しかし、以下の大きなデメリットを伴う。
・日本企業が運航する船舶と乗組員の生命・安全、さらに日本へのエネルギー供給が危険にさらされる
3.を選ぶと、1.と同じメリットが得られる。しかも、1.のデメリットのうち、「イランとアメリカが戦闘状態に入った場合、巻き込まれる危険がある」は回避できる。
しかし、自衛隊単独での護衛活動には、以下のようなデメリットがある。
・自衛隊の負担がきわめて大きい
・単独行動だと抑止力が軽減し、逆に危険が増す可能性がある
・アメリカとの関係に悪影響
これらのデメリットは日本にとって深刻すぎるので、3.は現実的な選択肢とは言えない。結局、1.か2.のいずれかを選ぶしかない。
「中立的な有志連合参加」などあり得ない
7月19日、英タンカー「ステナ・インペロ」がイランの革命防衛隊に拿捕された。写真はヘリコプターから同タンカーに降下した革命防衛隊とされる兵士たち。
Pool via WANA/Reuters TV via REUTERS
筆者としては、日本企業が運航する船舶には日本が責任をもつべきであり、そうであれば前節の選択肢からの消去法で、覚悟を決めて有志連合に参加すべきと考えている。
この問題に関する議論をみていると、結局のところ、選択肢1.の有志連合参加が可か不可か、参加するならどの程度の参加にすべきかといった点に対立の主軸が置かれている。アメリカやイランとの外交関係、日本の安全保障の問題、国内の法的問題など、それぞれに重要な論点だ。
しかし、「有志連合の目的はあくまで監視であり、警護は義務づけられていない」とか、「イランを敵視しない形式での有志連合参加であれば、中立的な立場でいられる」といったタテマエ論を前提に、議論を限定すべきではないことを強調しておきたい。
前述したように、イランによる船舶への襲撃が発生した場合、監視だけではすまなくなる。しかも、将来的にそうした事態が発生する可能性はきわめて高い。
自衛隊が有志連合に参加すれば、イランと限定的な交戦に至る可能性もあり得ることを直視し、その上で「日本は国家としてどうすべきなのか」という根幹の議論が必要だ。
黒井文太郎(くろい・ぶんたろう):福島県いわき市出身。横浜市立大学国際関係課程卒。『FRIDAY』編集者、フォトジャーナリスト、『軍事研究』特約記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て軍事ジャーナリスト。取材・執筆テーマは安全保障、国際紛争、情報戦、イスラム・テロ、中東情勢、北朝鮮情勢、ロシア問題、中南米問題など。NY、モスクワ、カイロを拠点に紛争地取材多数。