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再休戦に入った米中貿易戦は、中国ペースで進みそうだ。アメリカとヨーロッパで広がる対米不満の高まりを「追い風」に、トランプ政権内の亀裂にも着目して譲歩を引き出そうというのが北京の狙いだ。
米中首脳会談は6月29日、大阪で開かれた主要20カ国・地域(G20)サミットに合わせて行われ、中断している貿易交渉の再開と、対中制裁関税の先送りで合意した。これを受け、ライトハイザー米通商代表(USTR)とムニューシン米財務長官は7月18日、劉鶴・中国副首相と電話会談し、協議は事実上再開した。
「中国ペース」とはどういう意味か?首脳会談でトランプ大統領は、ファーウェイへの禁輸緩和をちらつかせた。しかし、何をどう緩和するのかは明らかではない。ムニューシン氏らはハイテク企業関係者と禁輸緩和の内容を詰めていると伝えられる。中国側は当面、答えを待っていればいい。大統領が約束した以上、真剣に取り組んでいる姿勢を見せねばならないのはアメリカ側だからである。
中国のネットメディア「搜航網」は、中国にとって「有利な環境」を、第一にアメリカ国内の圧力増大、第二に国際社会の対米不満の高まり、そして第三として、大統領再選に資する外交政策の3点にまとめた。
「中国は敵ではない」という公開書簡
ワシントン・ポストに掲載された公開書簡には、厳しい対中観で知られる政治学者のイアン・ブレマー・ユーラシアグループ代表(右)も署名している。
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「アメリカ国内の圧力」を具体的に示す動きが表面化したのは7月上旬だった。
アメリカ政府元当局者や著名な研究者ら100人以上が、「中国は敵ではない (China is not an enemy)」と題する大統領あての公開書簡をワシントン・ポスト (7月4日付)に発表したのである。書簡は、中国の国内抑圧や強硬な外交姿勢を批判する一方、米中関係の悪化を「深刻に憂慮する。関係悪化のスパイラルに歯止めをかける行動をとるべき」と訴えた。
内容を要約すると、
- 敵視政策は「(中国の)強硬なナショナリストを喜ばせ」逆効果
- アメリカと同盟国との関係を損なう
- 中国脅威論は「誇張しすぎ」
- 中国が世界的な軍事強国になるにはハードルが高い
- 中国は国際秩序の転覆を考えていない
ということだ。敵視政策を続ければ、現行世界システムを破壊しかねないとの危機感が滲む。
署名した100人には、ジョセフ・ナイ元国防次官補をはじめ、スーザン・ソーントン元国務次官補代行(東アジア・太平洋担当)、ステープルトン・ロイ元駐中国大使ら民主党寄りの識者が多い。
しかし、厳しい対中観で知られる政治学者のイアン・ブレマー・ユーラシアグループ代表も署名しており、「敵視政策」への幅広い懸念を示している。彼らを「媚中派」とみなすと、トランプ政権内の矛盾と、米中対立の見通しを誤りかねない。
トランプ政権内の亀裂拡大
第二の「国際社会の対米不満」については、本サイト掲載の「欧米メディアのアメリカ批判が鮮明に。米中対立も『対中攻撃は正当化できない』」 をお読みいただきたい。
第三の「大統領再選に資する外交政策」は少し複雑で、説明が必要だろう。
米経済紙ウォールストリート・ジャーナルは7月4日付の記事 (「China Knows What It Wants?the U.S. Still Doesn’t」)で「米側は貿易交渉で中国に勝てるのに、ポンペオ国務長官ら反中強硬派、ライトハイザー通商代表ら中国締め付け派、それに『取引』最重視のトランプ大統領という三者の不一致」によって、「中国に敗北する」と分析する。トランプ政権内の亀裂拡大が、対中交渉でもマイナスに働いたということである。
トランプ氏の外交政策は、大統領選での再選に有利な「取引」を優先する。
一方、ペンス副大統領、ボルトン大統領補佐官、ポンペオ国務長官ら「新冷戦派」は対中政策だけでなく対北朝鮮、対イラン政策でも、大統領の妥協を強くけん制する。彼らは、対中貿易戦では「中国の発展モデル」を争点化し、価値観をめぐる争いとみなす。中国を安全保障上の「敵」とする限り、対立は簡単には解けないだろう。
再選へ「成果」に走るトランプ氏
トランプ大統領の突然の呼びかけて実現した板門店での米朝首脳会談。対北強硬派のボルトン氏を同席させなかった。
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最近の亀裂の例を挙げる。
トランプ氏は6月、ペンス氏が予定していた天安門事件30周年などに向けた2回の演説を中止させた。米中首脳会談では、大統領は香港の大規模デモに言及しなかった。さらに、板門店での北朝鮮の金正恩労働党委員長との首脳会談の際、ボルトン氏を同席させず、わざわざモンゴルに行かせた。
朝鮮半島非核化でも「現状凍結」案に傾斜する大統領を、新冷戦派が強くけん制しているとされ、政権内の亀裂は次第に拡大し、大統領がボルトン氏を解任するとの観測も出始めている。
中国がこの亀裂に注目しないわけはない。大統領選が近づけば近づくほど、再選に有利な「成果」を求めようとするトランプ氏に「花を持たせる」譲歩を演出し、新冷戦派との分断を図る動きに出るだろう。
米の追加要求で決裂
Facebookやグーグルを中国国内でも使えるようにする——アメリカから中国への追加要求の中には、米ネット企業に対する開放も含まれていた。
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再開された米中貿易交渉では、合意に向けた争点整理を行わなければならない。香港英字紙「サウスチャイナ・モーニング・ポスト」(5月29日) は、前回の閣僚級協議が決裂した状況と理由を詳細に伝えている(「Was this the moment US-China trade talks fell apart?」)。「争点」がよくわかる内容だ。
それによると、2019年4月30日に北京で開かれた米中閣僚級協議初日、劉鶴副首相はライトハイザー、ムニューシン両氏と通訳だけを別室に招いて密談。現場に居合わせた関係者によると、約1時間後に部屋を出た彼らの表情は「険しく固かった」。この時、劉氏が米側に合意案の修正を伝えた、と同紙はみる。
「中国側情報筋」をソースにしたこの記事は、「130頁の合意案は、北京側の修正で103頁にカットされ、ワシントンに突き返された」「何が中国を強硬にさせたのか?それはアメリカ側が中国の政治・社会的安定を直接脅かす新しい要求をしたことにある」と解説する。
米ネットの中国全面開放とモニター制
新要求とは次の4点を指す。
- インターネットの全面・完全公開。企業が収集したデータの中国国内での保存を定めた規制の緩和
- 毎年1000憶ドル(約11兆円)相当の新たな輸入増加
- 為替政策の透明化、金融システム安定のための管理強化
- 合意内容を検証するためのモニター制導入と必要な法改正
中国では、TwitterやFacebookほか、グーグルの検索エンジンが使えないことはよく知られている。ワシントンはこの規制を外し「全面・完全開放」を求めたというのだ。到底中国が応じられない過大な要求であり、今後の交渉でのアメリカの対応が焦点になる。
同紙は、ネットの全面開放と並んで「(中国にとって)最も深刻な要求」として「モニター制導入」と「法改正」を挙げた。中国側はこれを「中国の政治・社会的安定を直接脅かす」とみなし、交渉は土壇場で決裂したのだった。
大統領再選に配慮する中国
中国は大統領選が近づけば、トランプ氏の大票田である農業票への配慮をすると見られている。
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4項目の追加要求は、中国の「核心利益」に当たるから中国は譲歩しないだろう。今回の休戦は「無期限」だが、2020年に入るとアメリカは大統領選モードに突入する。では、トランプ氏に「花を持たせる」「譲歩」の中身は何か。
中国政府はファーウェイ排除に対する報復措置もとらず、むしろ金融市場の開放を進めるなど、一定の改革措置を打ち出している。7月初めには外資系金融会社の出資比率を51%まで増やし、2020年からは全額出資を認める方針を発表した。
選挙が近づけば、大豆やトウモロコシ、豚肉など農産品の輸入を増やし、トランプ氏が欲しい農業票への配慮も忘れないはずだ。
米中対立激化の中、トランプ氏が中国に「頼る」奇妙な構図があらわれるかもしれない。
岡田充(おかだ・たかし):共同通信客員論説委員、桜美林大非常勤講師。共同通信時代、香港、モスクワ、台北各支局長などを歴任。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。