日本の決済市場を制する条件は?アリババ日本法人社長が語る

創業まもなくソフトバンクに入社し、2008年のアリババ日本法人設立と同時に社長に就任した香山誠氏。孫正義、ジャック・マーという稀代の経営者と身近に接してきた香山氏が語るアリババの実態。

対談後編はアリババの日本企業向け事業や日本の課題などを中心にお届けする。

アリババで売り上げ上位しめる日本製品

アリババ社長の香山誠氏(左)、立教大学ビジネススクール教授の田中道昭氏

アリババ社長の香山誠氏(左)、立教大学ビジネススクール教授の田中道昭氏。

撮影:今村拓馬

田中道昭(以下、田中): アリババは2019年度( 2018 年4月1日から2019 年3月31日まで)、オンラインとオフラインを融合したニューリテール事業のGMV(流通総額)は前年比19% 、約97兆 円に増加したと発表しています。年間アクティブ・コンシューマー数は中国市場が6.5億人で、中国国外の市場 では1.2 億人にまで成長している。

このようななかで日本企業向けのビジネスはどのようになっているのでしょうか。

香山誠: まずアリババで日本企業の製品は中国人から高い評価を得ていることをお伝えしたい。アリババのEコマース事業の淘宝網(タオバオ)と天猫(Tmall)が 2019 年6月に開催した「618 セール(618 Mid year Shopping Festival )」で、日本のブランドは多くの記録を残しています。売り上げ1億元 (約17億円)以上のブランドランキングでは、41ブランド中6ブランドが日本ブランドでした。資生堂、花王、ユニ・チャーム 、ピジョン、カネボウ、P&GJapanがランクインしています。

アリババ日本法人社長の香山氏

撮影:今村拓馬

越境Eコマース事業の天猫国際(Tmall Global)における国地域別の海外ブランド売上ランキングで日本は1位を獲得し、今後も日本ブランドは中国市場で売り上げを拡大すると期待されます。

日本ブランドは長い間、中国消費者から信頼され、愛され続けてきました。アリババはこれからも日本ブランドと密に協力し、中国市場開拓をサポートしていきたいと考えています。

田中:日本での消費者向けビジネスを今後展開する予定はありますか?

香山:現時点で、日本の消費者向けのビジネスに着手するつもりはありません。

我々がフォーカスするのは、日本の優れた消費財を海外に届けることと、アジアの訪日観光客に快適な消費体験を提供することです。特にオリンピックや大阪万博に向けたインバウンド需要にしっかり対応することが重要だと考えています。

アリペイ爆発的広がりは手数料がカギ

田中: 中国ではアント フィナンシャルのアリペイ(Alipay)とテンセントのウィーチャットペイ(WeChatPay)の熾烈な戦いが続いています。日本でもQRコード決済の事業者同士で熾烈な戦いになると思います。日本のキャッシュレスはどうなっていくと考えられますか?

香山: 中国ではこの8年間で、QRコード決済を使える店舗は数千万軒になった。ここまで来ると生活インフラの一つです。

2012年まではキャッシュレス決済は銀聯(デビットカード決済)が主役で、アリペイが使える店舗は限られていました。それが短期間でここまでになったのは手数料が限りなく0に近づいたからです。

日本の小さな商店はずっと現金決済でした。クレジットカードの手数料数%を乗せたら赤字になるので、導入が進まなかった。

でも、0%やコンマ数%で導入できて、中国人など外国人が利用する可能性が広がるQRコード決済なら、あらゆる店舗が入れたいと思うでしょう。すると、小さな商店でも、海外のお客さんに買ってもらえる。2019年年初、日本国内では既に30万軒以上の店舗にアリペイが導入されています。

自国でキャッシュレス決済に慣れている中国人からすると、その習慣のまま日本で過ごせることは快適で、その後も頻繁に日本に来てくれるかもしれない。日本の地方創生にもつながると思います。日本のキャッシュレスの夜明けが来たと期待しています。

データ活用と経営体力がある企業が決済を制す

Alipay

日本のキャッシュレスの未来はどのような道を辿るのだろう。

REUTERS/Stringer ATTENTION EDITORS

田中: アリババの中国での経験などから考えると、ずばり、日本でどこが勝ち残ると思われますか?

香山: この場で具体的な企業名を挙げることは難しいので、決済データやその他のデータを踏まえた分析がどこまでできるようになるのかが勝敗を分けるだろう、という視点でお答えしたいと思います。

日本では決済データだけ持っているところ、ECデータも持っているところ、ソーシャルメディアのデータもあるところと、さまざまです。データを連結するほど消費者の行動が推測しやすくなります。

アリババはこれら全てのデータを保有し、マーケティング活動に役立てています。

ただ、一つ強調しておきたいのは、これらのデータは全て匿名化されており、個人を特定するものではありません。日本でも、データを活用する基盤を持ち、経営体力もある会社なら大きなことができると思います。さらに、データを活かして新しいサービスを提供することにより、大きなイノベーションを起こせるのではないかと思います。

アリババの急成長は熾烈な競争の結果

田中: ソフトバンクとアリババという日中の企業で働いてきたご経験を踏まえると、日本や日本企業の課題はどのような点にあると思いますか。

香山: アリババがここまで先進的な取り組みができ競争力がついてきたのは、中国国内で競合と熾烈な戦いをしているのが一因だと思います。大変な戦いを多くの分野で行っていますが、その結果、企業や国としての競争力が高まっていることは確実です。

一方で日本ではEC事業、コンビニ、通信会社などの間で一定の競争はあるものの、中国でのITジャイアント同士のような熾烈な競争はない。まだまだ、今は「お見合い」状態です。

巨大な流通事業者同士は競争した上で、ネットとリアルそれぞれが切磋琢磨しつつ、デジタルとリアルの融合を作り上げていく。消費者はお店に行ってリアルでオーダーしてもいいし、 オンラインEC店舗の商品を見ながらリアルなお店で商品を確かめて買ってもいい。消費者はデジタルとリアルの両方の良さを体験して最適な環境を選ぶのです。

田中: もちろん過度に熾烈な競争は望ましくないと思いますが、日本は規制にも守られていて、海外の消費者が受けているような恩恵を日本の消費者が受けられていないことが多いと思います。

私は今の状況を「ジャパン・パッシング」が起きていると表現しています。多くの海外企業がわざわざ参入障壁が高く成長余力の小さい日本市場に挑戦するよりも、アジアの他国や他地域で勝負したほうがチャンスも大きいと考えている。日本にいると、世界の様子が見えてこないという傾向は、さらに強まっている。これが、私がいろいろとメディアで発言している大きな使命感になっています。

地銀の頭取も「アリババ?いいじゃないか」と変化

アリババ本社の外観

中国・浙江省杭州市にあるアリババ本社の外観。

REUTERS/Aly Song

田中: 2017年11月に刊行した書籍でアリババを取り上げ、その後の著作や記事でも同社について分析してきた私の視点からは、特にこの1年、日本のビジネスパーソンが中国に高い関心を持ち始めたと実感しています。香山さんは日本からのアリババを見る目が変わったことを実感されていますか?

香山: ビジネスパーソンの認知は上がったと感じます。例えば、今の地銀の頭取が4、5年前に常務だった頃、中国進出の稟議を回すと、「そういう危ないものを紹介して失敗したらどうするんだ」と頭取に却下された。最近は我々のB2Bのプラットフォーム「Alibaba.com」を使って取引先の企業を支援したいと言うと、「いいじゃないか」と。アリババグループがビジネスパーソンのトップクラスの層に認知されてきたという変化は感じています。

田中: 最後に、10年間の日本でのビジネスを振り返って、いかがでしたか?

香山: 成功より失敗が多かったのではないかと思います。

アリババにはB2Bの「Alibaba.com」とB2Cの天猫(Tmall)という2つの大きな事業があります。「Alibaba.com」は製造業や卸の企業が直接出店して取引相手を探すサイトですが、日本の中小の製造業は大企業の下請けが多いので、直接海外企業とビジネスをする力が弱く、当初はB2Bのサイトに載せてもなかなか成功しませんでした。

一方の天猫(Tmall)では、中国の消費者に受け入れられそうなベビー用品や化粧品から始めました。日本企業はまだまだリアルな店の売り上げが高いため、日本のトップメーカーは当初アリババにリソースを割いてはくれませんでした。

それが2010年頃から資生堂やユニ・チャームが天猫(Tmall)に本腰を入れられるようになり、中国でのビジネスを拡大された。それが成功例になり、多くの企業が天猫(Tmall)に参入するようになりました。こういった一つひとつの事例を積み上げていった10数年でした。

ただ、残念ながら日本の中小企業以下は天猫(Tmall)ではまだ成功例が少ない。海外の製品を買う時、一般の消費財はブランド力が左右しますから、マイナーなブランドの物を買おうとはなかなか思ってもらえません。現在はブランド力があるところを中心にやっていって、それがある程度までいくと、次の中堅、中小企業も出やすくなっていくと思います。

アリババが中国でパパママショップ(個人経営の小規模小売店)を支援してきたように日本の企業にもさらに貢献していきたいと考えています。

(構成・宮本由貴子)

香山誠:1986年ソフトバンクに⼊社。 ⻑年国内BtoBビジネスなどに携わり、2008年5⽉にアリババ社⻑・CEOに就任。2018年2⽉にアント フィナンシャル ジャパン代表執⾏役員CEOに就任。 成⻑を続ける中国市場や新興国市場に対してインターネットを活⽤した販路開拓⽀援や、訪⽇客の取り込みと⽇本国内消費拡⼤の⽀援を⽬指している。

田中道昭:立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授。シカゴ大学経営大学院MBA。専門は企業戦略&マーケティング戦略及びミッション・マネジメント&リーダーシップ。三菱東京UFJ銀行投資銀行部門調査役、シティバンク資産証券部トランザクター(バイスプレジデント)などを経て、現職。上場企業取締役や経営コンサルタントも務める。主な著書に『アマゾンが描く2022 年の世界』『2022年の次世代自動車産業』『GAFA×BATH 米中メガテックの競争戦略』『アマゾン銀行が誕生する日 2025年の次世代金融シナリオ』など。

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