米中欧日に次ぐ世界第5位の市場目指すアリババ。日本法人社長が語る「新小売戦略」

長く孫正義社長と働き、2008年のアリババ日本法人設立と同時に社長に就任した人物がいる。香山誠氏。孫正義、ジャック・マーという2人の稀代の経営者と身近に接してきた香山氏に、アリババとはどういう企業なのか、日本でのアリババの事業などを聞いた。聞き手は、立教大学ビジネススクール教授の田中道昭教授。

前編はアリババの中国における「ニューリテール」(新小売)事業を解説してもらう。

アリババ社長の香山誠氏(左)、立教大学ビジネススクール教授の田中道昭氏(右)

アリババ社長の香山誠氏(左)、立教大学ビジネススクール教授の田中道昭氏。

撮影:今村拓馬

田中道昭(以下、田中):私はGAFAやBATHなどの米中メガテック企業をベンチマークしてきたなかで、アマゾンと並んで「アリババ・ウォッチャー」とまわりから呼ばれているくらい、アリババにも注目してきました。

アマゾンの影響は非常に大きく、「アマゾン恐怖銘柄指数(デス・バイ・アマゾン)」の言葉に象徴されるように、ある産業や企業にとっては、顧客や利益を奪い、食い尽くす存在になっています。

一方、アリババは巨人アマゾンに対抗し、一部の事業領域ではアマゾンを凌駕しているのではないかと分析しています。米中新冷戦では中国企業側により不利な展開となっていますが、世界的に見れば、アマゾン経済圏とアリババ経済圏のぶつかり合いの図式ができているといえます。

香山誠(以下、香山):田中さんの著書や記事はアリババ社内でもよく読まれています。私達よりもアリババのことをよくご存じですよね(笑)。厳しい指摘の部分も含めて、きちんと分析した結果から表現されているものと観察しています。

我々のミッションは「あらゆるビジネスの可能性を広げる力になる(To make it easy to do business anywhere)」です。

世界のブランドと作るTmall専用商品

香山:2017年頃から、アリババは新マーケティングサービス「Uni Marketing」を始めました。データテクノロジーを活用して、中国の沿岸部大都市から地方都市や農村部までさまざまな地域の消費者インサイトを分析し、それぞれに適したマーケティング戦略を策定できます。

そのおかげで、ブランドの方々とより密接にビジネスができるようになり、中国向けの商品開発や天猫(Tmall)専用の商材を作るところまで踏み込んでいます。

アリババ日本法人社長の香山誠氏

撮影:今村拓馬

杭州にある天猫(Tmall)のイノベーションセンターでは資生堂やユニリーバ、ロレアル、P&Gなど世界の消費財メーカーと協力し、研究開発やマーケティング、ブランディングの人材を張り付けてビッグデータを解析しながら商材を作っています。

私達はEC小売り、決済やリアル店舗を含めたさまざまな購買データを紐付けながら、消費者インサイトを分析し、マーケティング支援ツールとしてブランド側に提供しています。こういう属性の人はこういう行動や消費行動をするということを掴み、そこから次の一手を考えるための手段としてデータを集め、分析しています。

「今採寸したものがもう納品?」

アリババ

アリババが進めるリアル店舗でのファッションテクノロジー。リアル店舗の体験とECの利便性の融合を目指している。

REUTERS /Bobby Yip

田中:アリババは2016年、オンラインとオフラインを融合した「ニューリテール(新小売)というコンセプトを発表しました。さらに、先端テクノロジーを活用した「ニューロジスティクス」、消費者の個性に対応した新しい製造業「ニューマニュファクチュアリング」というコンセプトも打ち出しています。

香山:「ニューマニファクチュアリング」に関して言えば、消費者が望む商品がある程度のロットになれば、1週間くらいで納品できたり、個々にパーソナライゼーションできたりすると面白いですね。

世界中のアパレルから受注している優秀な製造受託業者が中国にはたくさんいます。そこと新しいテクノロジーを組み合わせれば、「え、今採寸したものがもう納品?」という、ユーザーにとっては新しい体験が楽しんでもらえると思います。

リアル店舗の店頭でデジタルミラーなどでサイズを取り込み、体型や足に合った洋服や靴を提案したり、鏡を見るだけで口紅や頬紅の色を変えたりすることもできます。中国はそういうデジタルツールの導入は世界一速いです。仮に完成していなくても、やりながらPDCAを回して精度を上げていけばいいと考える人もいます。デジタルだけではできないことがリアルと融合することで可能性が広がります。

田中:ニューリテールを体現した杭州のアリババパークのアパレルショップに行って驚いたのは、大画面端末の「バーチャル・フィッティング・システム」で、自分を撮影すると、私のリアルな実物大のアバターが作成されて、どんどんコーディネートを提案してくる。欲しければその場で「Alipay(アリペイ)」で支払える。その横で店員さんはその日のおすすめ商品をスマホでライブストリーミング配信している。リアルとオンラインの垣根を実に見事に乗り越えていると思いました。

リアル店舗への出資でオン・オフの融合

フーマー

アリババが展開するスーパーマーケット「フーマー」。半径3キロ内であれば最短30分で配送するサービスも。

shutterstock

立教大学ビジネススクール教授の田中道昭氏

撮影:今村拓馬

香山:ニューリテールの代表的な事業は生鮮スーパーの「フーマーションシェン(盒馬鮮生、以下フーマー)」です。

アマゾンがホールフーズを買収する前の2015年には「フーマー」を13店舗オープンしました。生鮮スーパーを徹底的にデジタル化し、トレーサビリティーの実現や、半径3キロに最短30分間で配送するサービスの提供など、消費者にとって魅力的な体験ができます。

また、スーパーだけでなく、物流倉庫やレストランの機能を果たしています。

田中:2018年9月にアリババが投資家向けに発表した「インベスターデイ」の資料によれば、開店から1年半経ったフーマー7店舗の1店あたりの平均日販は日本円で約1360万円にのぼり、単純計算すると1店舗で年間50億円近い売り上げとなっています。

そして驚くべきことに、そのうちの約6割はオンライン経由ですね。

香山:それと同時に私たちは、中国トップクラスのデパートを完全買収したほか、総合スーパー、大手家電量販店や家具販売企業への出資を進めています。リアルの小売りへの出資や買収によって、オンラインとオフラインを融合し、全く違う次元の小売りを再構築できます。

持っているデータの価値をどのように活かしているのかが重要なのです。

個人商店をデジタルコンビニに

田中:アリババを語るときに欠かせないのが、その背景にある社会的使命感の強さだと私は思っています。

創業経営者のジャック・マーさんは、折に触れて「2020年までにアリババの流通総額を1兆ドルにまで伸ばし、アメリカ、中国、欧州、日本に次ぐ世界第5位の経済プラットフォームを構築する」「2036年までに世界で1億人の雇用を創出し、20億人の消費者へサービスを提供し、1000万社の中小企業がアリババのプラットフォーム上でビジネスができるようにする」といった壮大なビジョンを掲げていますが、ビジョンの先には「社会的問題をインフラ構築で解決する」という大義があると分析しています。

ジャック・マー

アリババの創業者、ジャック・マー

REUTERS/Charles Platiau

香山:アリババのミッションはもともと中小企業や個人事業主を成功させようということなんです。

「淘宝網(タオバオ)」は1000万以上の商店が、越境ECの「天猫国際(Tmall Global)」は77カ国・地域の2万以上のグローバルブランド、中国国内のB2Cプラットフォーム「天猫(Tmall)」は20万以上のブランド、さらに600万以上のパパママショップ(個人経営の小規模小売店、以下パパママショップ)も関わっています。彼らをデジタルの力で変革して、成長してもらう。それが我々のビジネスモデルです。

アリババグループは沿岸部の消費者の大半を取り込んでいますが、地方や中小都市の消費者マーケットはまだまだこれから開拓していくところです。特にこれらの地域では600万店舗あるパパママショップが中国人の暮らしを支えており、アリババはそれらのパパママショップのデジタルコンビニエンス化を推進しています。この1年半で約100万店舗をデジタル化しました。

日本でも170万店舗あった小売店が約100万店舗にまで減り、それも法人経営が大半となっています。昔はパパママショップが商店街や近所にありましたが、スーパーやコンビニによって淘汰され、今度はそのスーパーやコンビニですら、少子高齢化の流れで撤退を余儀なくされています。

中国ではそうならないように、私たちが先にパパママショップをデジタル化し、長く事業を継続できる環境を提供しようというわけです。

田中:私が教えている立教大学ビジネススクールで学ぶ中国人留学生も、ジャック・マーさんに影響され、「自分も起業したい」「自分も中国のために働きたい」と考える人が多いと思っています。彼らはみな「日中の懸け橋になりたい」との熱意に溢れています。

私は現在の米中新冷戦は、貿易戦争としての側面は比較的短期のうちに収束する可能性もある一方、安全保障やテクノロジー覇権を巡る戦いと捉えた部分での長期化は避けられないと分析しています。アリババもその影響を受けている1社であると思います。

一方で、すでに民間レベルでの米中のつながりは深く、鎖国でもしない限り、分断は困難な部分もあります。特に人と人とのつながりはトランプ大統領でも分断は不可能だと思います。日本はアメリカの同盟国として難しい判断に迫られていますが、私たち日本人が果たせるであろう役割はより大きくなっていると思います。【後編に続く】

(構成・宮本由貴子)


香山誠:1986年ソフトバンクに⼊社。 ⻑年国内BtoBビジネスなどに携わり、2008年5⽉にアリババ社⻑・CEOに就任。2018年2⽉にアント フィナンシャル ジャパン代表執⾏役員CEOに就任。 成⻑を続ける中国市場や新興国市場に対してインターネットを活⽤した販路開拓⽀援や、訪⽇客の取り込みと⽇本国内消費拡⼤の⽀援を⽬指している。

田中道昭:立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授。シカゴ大学経営大学院MBA。専門は企業戦略&マーケティング戦略及びミッション・マネジメント&リーダーシップ。三菱東京UFJ銀行投資銀行部門調査役、シティバンク資産証券部トランザクター(バイスプレジデント)などを経て、現職。上場企業取締役や経営コンサルタントも務める。主な著書に『アマゾンが描く2022 年の世界』『2022年の次世代自動車産業』『GAFA×BATH 米中メガテックの競争戦略』『アマゾン銀行が誕生する日 2025年の次世代金融シナリオ』など。

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