シンガポールから一時帰国したタイミングで実現した中野円佳さん(左)とmanma代表の新居日南恵さん(右)。世代で価値観が異なる仕事と家庭について語り合った。
撮影:今村拓馬
『「育休世代」のジレンマ』の刊行から5年。新刊『なぜ共働きも専業もしんどいのか 主婦がいないと回らない構造』も話題のシンガポール在住のジャーナリスト・中野円佳(まどか)さん。
一時帰国中の中野さんが、学生や若手社会人に“子育ての半日体験”を提供するmanma代表の新居日南恵(におり・ひなえ)さんに会いに行きました。
「20代の仕事観・結婚観の最新事情を知りたい!」(中野さん)、「パートナーの選び方、教えてほしい!」(新居さん)と、本音トークが始まりました。
マイノリティーの育休世代は20代という仲間を得た
中野円佳さん(以下、中野):新居さんが書いた記事を読んで、今回連絡を取らせていただきました。
私は普段はシンガポールにいるので、あのドラマ(2019年4月期にTBS系列で放映された「わたし、定時で帰ります。」)は観ていなかったのですが、こういうテーマのドラマが話題になることに時代性を感じたし、「実際に、こういう働き方をしている同世代はいる」という新居さんの証言はポジティブに受け止めました。
人手不足感などもあると思いますが、この数年の間に、若手の意識かなり変わったのかなと。実感として、いかがですか?
新居日南恵さん(以下、新居):読んでいただいて、ありがとうございます。
同世代の働き方については、明らかに上の世代とは変わってきているなと感じています。
私の同級生は2017年就職組なのですが、激務で有名な大手広告会社やベンチャー企業に入社しておきながら、「二次会には行きません」「僕は定時で帰ります」と宣言する子が結構いて。しかも、男子が! 面白いなぁと観察していた時にあのドラマが放映されて、リアリティを感じました。
中野:本来は企業主導でやるべき働き方の改革を、20代の若手社員が先行して引っ張っている職場もあるのかもしれないと。それも、優秀で期待されている社員が行動するからこそ、組織も変わるきっかけになるのだと思いますね。
キャリアと家族や自分の時間を両立できる仕事環境を求める20代は多い。
撮影:今村拓馬
新居:おっしゃる通りです。企業側の反応もずいぶん変わってきました。家族留学を始めた当初(2014年)に企業に説明に行くと、「(社会に出る前に子育てに関心を持つなんて)よっぽどやる気のない学生さんなんですね」と、あからさまにネガティブな態度をとられることも少なくありませんでした。
それが今は前向きに受け止められています。共働きでバリバリ働きながら子育てに積極的であろうとする姿勢が、普通に理解されるようになったと思います。
一方で、まだまだ誤解されがちな世代だなとも……。
中野:どんな誤解が?
新居:私たちの世代は、仕事と同じくらいプライベートを大事にするのが当たり前。でも、だからといって「上の世代に比べて、やる気がない」と言われると、うーん、そんなこともないんだけどなと思っちゃいます。周りを見渡しても、すごく優秀でスキルの高い子は多いし。
中野:それは決してイコールではないですよね。ただし、会社に長くいないことが成長機会の損失につながって、結果的に能力の差が出ることはあるかもしれないけれど。
私が面白いなと感じたのは、その「やる気がないわけじゃないんだけどな」という感覚が“時短ワーママ”とすごく似ていること。会社に長い時間を捧げることはできない、あるいはしないけれど、だからといって仕事の質を下げたいわけじゃない。
新居:そうそう、そうなんです!
中野:新居さんと私は10歳違うんだけど、今の20代と私たち「育休世代」の価値観や課題は重なっているのだと気づきました。ママ層が仲間を得てメジャーになりつつあるのかもしれません。
「彼女に主婦になって」はダサいという葛藤
共働き世帯が増え、子どもとの関わり方との理想と現実のギャップが生まれることも。
撮影:今村拓馬
中野:この5年の間に企業内での価値観バランスも徐々に変わって来ていると思います。若手を中心にだんだんと共働き率が高くなって、だいぶ雰囲気が違ってきました。
取材でお話を伺った大黒柱で家計を一身に担う男性は、後輩から「先輩、一人で稼ぐなんてスゴイっすね」と言われる。それに対して「それ嫌味?」と思ってしまう。つまり共働きのほうが普通で、片働きに対して若干罪悪感すら覚えるケースもあるのだとか。
少し前は大手企業では共働きの方がマイノリティーだった。
新居:家族留学の受け入れ家庭も共働きが9割程度です。そこで現象として出てきているのが、「専業主婦家庭に育った男子のジレンマ」。彼らは子ども時代にお母さんに毎日「おかえり」と迎えられた幸せを将来のわが子にも与えたいと思いながら、「イマドキ、彼女に『主婦になって』と言うのはダサい」と葛藤しているんです。
中野:男子も大きな転換期を迎えている。これは女性側の価値観にもかなり影響を与えるでしょうね。
新居:意識は確実に変わっていると思います。最近は、男子やカップルでの参加が爆増していて。結婚を意識したカップルが、お互いの子育て観を確認したりすり合わせたりするために家族留学を活用しているんです。
中野:素晴らしいですね。 早婚や少子化対策にもなっている。
新居:それはよく言われます。実際、早婚派の子もちらほらいます。でも、それが多数派かというと決してそうではなくて、むしろ「結婚する意味を見出せない」と迷う女子は増えている気がします。私も含めて。
20代に増えている?専業主婦志向
子育て家庭を1日体験するサービスを提供しているmanma代表の新居さん。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科。 2014年に「manma」を設立。Business Insider Japnanなどでコラムも執筆。
撮影:今村拓馬
中野:私が住んでいるシンガポールでも晩婚や出生率低下は進んでいて、女性の高学歴化によって結婚の必要性が落ちていくのはある程度必然と思います。
同時に、日本では男性が家事育児の担い手にならない限り、「結婚したら負担が増えるだけ」と消極的になる女性は多いと思う。
新居:子どもを産むことに関しても、「こんな暗い時代に、自分の子どもを産んで責任を取ることはできない」と言う声は時々聞きますね。「私は産まなくてもいいかな」という子もいるし。でも、そういう子が増えすぎると、どんどん国が縮小してしまうのかなとも。
中野:国家の戦略と個人の意思は別物。個人の選択が本当の意味でより自由になっているのだとしたら、それはいいことだと思う。ただ国として、産みたい人が産めるようにはしていかないといけない。
条件が整っていえさえすれば産みたいという人の悩みは解決されるべきだけれど、そうでない人は無理に期待に応えなくていいと思いますよ。
一方で、20代に専業主婦志向が増えているとも言われていますね。その実感はありますか?
新居:ありますね。ただ、なぜ専業主婦になりたいかというと、「働くのは大変そうだから」というごく限られたイメージに基づく判断なんです。決して「働きたくない」という理由じゃない。
実際、manmaが2017年に100人の20代の女性にヒアリング調査した時も、「一生、専業主婦がいい」と答えた人は1人もいなかったんです。つまり、子育てが落ち着いたら社会復帰したいと思っている。それが難しいという現実もあまり分かっていないのかも。
10か100かじゃない“中間”の働き方を知りたい
会社にも柔軟な働き方が求められる。
撮影:今村拓馬
新居:同世代と話していると、本当に「働き方」のイメージを10か100かの極端にしか描けない人が多いんだなと思います。
大手コンサルに就職した知人が、「こんなに激務と思わなかった。一般職にしておけばよかった」と言っていて。総合職でももっと柔軟な働き方ができる会社もあるのになって思いました。でも、私がそう思えるのも、たまたまいろんな事例に触れてきたからなんでしょうね。
中野:限られたイメージしか描けない人が多いのだとしたら、メディアの責任もあると思います。より身近な事例に触れるきっかけづくりとしては、家族留学みたいな機会は有効ですね。
新居:共働きの子育てに関して何が不安か、アンケートで聞いてみたら、「体力が不安。平日はフルで仕事、週末は子どもの相手で、いつ休めるの?」という回答があって。
中野さんは2人の子育てもしながら、いつ休んでいるんですか?
中野:私の今の働き方は結構ゆるいですよ。
子どもたちが15時半には帰ってきてしまうので、基本はそれまでに自分の執筆活動とか、現地の企業と契約する原稿執筆のアルバイトを時々やっています。研究が進んでいなくて、時間が足りない感覚は強いですが、働く時間でなく、成果ベースで報酬をいただいているから、どこでいつ働くかも自由で融通を利かせてもらっています。
働きながら子育てするお母さんの休み時は?
撮影:今村拓馬
契約先の企業にも時々フラッと出社して、ササッと作業して数時間で帰る。周りにいる若い子は「変な働き方だな〜」って思っているかもしれない(笑)。
でも、「会社に貼り付かなくても仕事ができる」というサンプルをいくつか見たら、不安も多少は減るんじゃないかな。
新居:会社員であっても柔軟に働ける制度が広がっていけばいいですよね。
中野:人材不足が深刻な業界から変わっていくと思いますよ。「望まない転勤の廃止」を決める企業が出てきているのも、いい流れ。
新居:たしかに「転勤が嫌だから一般職にした」という友人は多いですね。
でも、その結果として生涯賃金がぐんと下がってしまうのは、なんだか納得がいかないです。ただ、住む場所を自由に決めたかっただけなのに。
中野:会社が押し付けてくる働き方に不満があれば、どんどん転職したらいいと思う。もちろん、会社側の論理を理解しようとする努力はしたほうがいいけれど、「総合職を選んだのだから、なんでもよろしく」という時代ではなくなっている。
企業も優秀な人材を失いたくなかったら、 総合職の中に選択肢を増やして、グラデーションをつけていくべきですよね。
新居:私たちの世代は辞めることに抵抗がない人も多いですね。転職は当たり前だと思っているし、会社が一生守ってくれるとも思っていない。
かといって自分の専門性に自信があるわけではないから、悩んでいる子は多い気がします。
「帰国したら離婚!」と思った時期もある
新居:中野さんにぜひ聞きたいのは、ご自身の結婚やパートナー選びについてです。ご結婚されたのは何歳の時でしたか?
中野:早かったんですよ。25歳。
新居:ウソ!私の今の歳と同じだ……(笑)。焦っちゃいますね。
中野:私の場合は当時、お互い仕事人間の相手と結婚して苦労したパターンだから、あまり参考にならないのでは(笑)。
「不妊のリスクもあるから妊娠は早いほうがいいのかな」と思って、子どももわりとすぐできました。でも、34歳になった今、周りの友達がしっかりとパートナーを見極めて結婚しているのを見ると、ちょっと羨ましいかな。
中野さんは、ジャーナリスト/東京大学大学院教育学研究科博士課程。元日経新聞記者。著書に『「育休世代」のジレンマ』、『上司の「いじり」が許せない』。
新居:(30代で結婚する)皆さんはどういうパートナーを選んでいるんですか。
中野:妻の仕事に対する尊重とか家事育児に対する意識は確認していますよね。その点がすり合わせられなければ結婚しない、という感じ。
30代半ばくらいになると、お互いにキャリア形成に必死な時期を過ぎて落ち着いているタイミングでもあるのかもしれません。
新居:結婚してよかったと思いますか?
中野:結婚してよかったというか、「子育ての責任を共有できる相手がいないときついな」とは思う。私も産後クライシスは経験したし、シンガポールに来てからも「帰国したら離婚してやる!」とフツフツしていた時期もありましたよ(笑)。
新居:なるほどぉ。なんか、情報がたくさんありすぎて、分からなくなっちゃうんですよね。
「人生100年時代は、子育てを共にするパートナーと老後のパートナーが変わる可能性大だよ」と言われると、「じゃ、何を求めて相手を選べばいいの?」と迷うし、周囲を見ていると「 活躍している女性たちは離婚経験者が多いのかな」という印象もあり、結婚の難しさを感じます(笑)。
中野:それは私も思ったことがあって、シェリル・サンドバーグさんとか、海外で成功されている女性は若い頃に一度結婚に失敗されたりしてるんですよね。私の友人にも、年下の男性と再婚して10年以上ぶりに第二子、第三子を産んだ素敵なワーママがいます。
男性側が再婚で、今度は相手をすごく大事にしようという感じでうまくいっているパターンもある。
結婚は2人分のリスクを抱えることという不安
「夫婦の関係性は時間の経過とともに変わる」と中野さん。
撮影:今村拓馬
新居:私が家族留学を始めた19歳の頃によく言われて印象的だったのは、やはり「不妊リスクがあるから早い段階での結婚も視野に入れた方がいい」と、「チーム感覚で一緒に子育てできる相手を選びなさい」というアドバイスでした。
だから、「チーム感覚を持てる家族を早めに持ちたい」という希望をぼんやり描いていたけれど、現実はそううまくはいかず。この夏に大学院を修了してmanmaの運営を続けていくにあたって、「結婚して経済的基盤を固めたい。でも、それは2人分のリスクを抱えるということでもある?」と迷いは尽きないです。
中野:正解は見つからないですよね。私自身の感覚として言えるのは、夫婦の関係性は時間の経過によって変わるということ。
今、子どもたちが7歳と3歳半になって乳児期を脱したことで、かなり夫との喧嘩も減りつつあるんです。数年前は「配偶者選びに失敗したかも?!」と悩んでいたこともあったけれど、今は同じようには思わないし。さっき話したステップファミリー然り、「たとえ失敗したとしてもやり直せる」という事例もたくさんある。
だから、あまり心配しなくていいんじゃないかな。
新居:そうですね。結婚相手選びというテーマには関心を持ちつつも、自分ごととしては実はそれほど深くは悩んでいないのかも。いい人いたら、紹介してください! (笑)
(文:宮本恵理子、撮影:今村拓馬)