欧米や新興国の中央銀行が軒並み利下げに動くなか、黒田東彦総裁率いる日本銀行は「打つ手なし」の状況に追い込まれつつある。
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7月29~30日に日本銀行の金融政策決定会合、30~31日(現地時間)には米連邦公開市場委員会(FOMC)が立て続けに開かれる。
これに先立つ25日には欧州中央銀行(ECB)が政策理事会を開き、景気悪化に応じて利下げや量的緩和の再開を検討していく方針を決めた。「最速で9月に利下げ」という観測もにわかに浮上している。このECBに続いて動きを迫られるのが、日銀である。
欧米も新興国も利下げに急旋回
7月30~31日に開くFOMCで、パウエル議長率いるFRBが利下げを打ち出すことは市場では既定路線と見られている。
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米連邦準備制度理事会(FRB)が今回のFOMCで利下げを打ち出すこと自体は既定路線だ。世界の中央銀行の中でも最も残された金融政策のカードが少なく、欧米中銀の利下げに伴う円高を嫌う日銀が「挟撃」されるという苦しい状況は、最近の金融市場では繰り返し議論されてきた。
だが、世界を見渡せば利下げ路線に舵を切り始めているのは欧米中銀だけではない。新興国中銀も利上げ一色だった2018年とは姿勢を一転させ、こぞって利下げに踏み切っている【図表】。
【図表】一斉に利下げに動く新興国中銀 。
これは2018年に「年4回利上げ」を敢行した後、2019年は「年2回利下げ」を期待されているFRBの「急旋回」がそのまま反映されているという見方もできる。
金融危機後の新興国はドル建て債務を積み上げ、「ドル化した世界」の様相を強めた。
こうした状況の結果、アメリカと新興国の金融政策の方向は否応なしに一致を求められやすくなる。
もちろん「アメリカが利上げする一方で新興国が利下げ」という状況もあり得る。だが、その際、新興国通貨は下落に追い込まれる可能性が高く、新興国中銀はインフレ予防を目的に、国内経済的には「望まぬ利上げ」を強いられる展開が予想される。
新興国ではないが、ジョンソン新首相就任で「合意なき欧州連合(EU)離脱」のリスクが懸念されているイギリスでも、利下げ機運が高まっている。
7月12日にはイングランド銀行(BOE)金融政策委員会のブリハ委員が、世界経済の減速や「合意なき離脱」を受けて利下げが必要になる可能性を示唆しており、とりわけ後者の場合については現在0.75%の政策金利が0.25%まで引き下げられるとの見通しを示した。ジョンソン首相が誕生した今、そのシナリオは絵空事とは言えない。
このように世界の金融政策は利下げがスタンダードになりつつある。現状では「ECBとFRBに挟撃される日銀」という構図がクローズアップされているが、世界を見渡せば「利下げに囲まれている日銀」という方が正確と思われる。
誰が通貨高を引き受けるのか?
ドイツ・フランクフルトのECB本部。ECBは7月25日の政策理事会で、利下げや量的緩和の再開を検討していく方針を決めた。「最速で9月に利下げ」という観測もにわかに浮上している。
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本来、金融政策は各国の国内経済情勢に応じて運営されるものであり、その意味で各国の金融政策が互いに影響を与え合ったり、また意識し合ったりということはあるべきではない。
しかし、金融政策の影響を大いに受ける為替は、常に「相手がある世界」である。
世界の中央銀行がこぞって利下げに傾斜すれば、それらの国の通貨に下落圧力がかかることになり、その裏側で通貨高を引き受けさせられる通貨が出てくる。
「ある通貨が売られる」ということは「ある通貨が買われる」ということに等しいからだ。全通貨が同じ方向に動くことはできないのである。
今の局面で、通貨高を引き受けさせられやすいのはどのような通貨だろうか?
相応に流動性のある(受け皿になれる)、いわゆる主要通貨の類であることは必要だろう。そのほか金融緩和の余地(=利下げの余地)が小さいこと、対外経済部門にもろさを抱えていない(=端的には経常黒字である)ことも重要だろう。政治的な安定性も欲しいところだ。
この条件に概ね当てはまるのは、円とユーロくらいしかない。ゆえに、筆者は両通貨ともに対ドルで堅調が続くと予想しているが、こと政治的安定性に着目した場合、ユーロ圏は日本に及ばない部分が大きいと考えられる。円は上昇圧力を最も受けやすい立場にあるように思える。
日銀の追加緩和に市場は期待薄
世界の中銀の利上げ気運に伴って高まると予想される円高圧力を、日銀の力で押し返せると考えている市場参加者は少ない。
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もちろん、為替相場の変動要因は政策金利だけではない。
しかし、「世界的に生じるだろう通貨の下落圧力を、日銀の一手でどれほど押し返せるのか(円高圧力を食い止められるのか)」という論点については、多くの市場参加者があきらめの視点を持っている。
QUICK 社と日経ヴェリタスの共同実施による「月次調査<外為>(調査期間:7月8~10日)」は、この事実をはっきりと示している。この調査によれば、「日銀が追加金融緩和に動いた場合、短期的に円の対ドル相場はどうなると予想しますか」との質問に対し、「足元の水準とあまり変わらない(46%)」と「(大幅もしくは小幅に)円高に進む(14%)」との回答で計60%に達している。
日銀の追加緩和については「効果がない、もしくは逆に円高になる」と考えている市場参加者が優勢なのである。世界の利上げ機運に伴って高まると予想される円高圧力を、日銀の力で押し返せると考えている市場参加者は少ない。
「日銀化」する世界の金融政策
2016年9月、米共和党の大統領候補だったトランプ氏がイベントに出席した際、後ろには労働者たちが並んだ。トランプ政権が製造業を中心とする労働者の支持を重視している中で、アメリカは輸出に有利なドル安を志向しやすい体質となっている。
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以上のような議論は、金融政策が物価ではなく為替に連動してしまっている状況を暗に示している。
繰り返しになるが、そもそも国内(ないし域内)の経済・物価情勢を踏まえて政策運営をすれば良いのだから、本来は他国中銀の政策会合と比較した日付の並びなどが市場で注目される必要はない。
注目されてしまうのは、米金利の変動がそのまま自国通貨の変動に直結し、実体経済における海外需要の取り込み(端的には輸出動向)に影響することが懸念されているからである。
そのような懸念は、内需に不安を抱える現状のような世界経済の減速局面で見られやすい。不況時に「通貨安→輸出増」という経路によって景気を支えようとする流れは今に始まったことではないが、例えばECBがここまで露骨に自国通貨高を忌避する意向をあらわにするようになったのは最近の話である。
日銀が長年、そうであることは多くの説明を要しないだろう。
アメリカもトランプ政権が製造業を中心とする労働者の支持を重視している中で(それがアメリカ経済全体にとって最適かどうかはさておき)、ドル安を志向しやすい体質となっている。イギリスもその色合いを強めていく可能性が否めないはずだ。新興国については言うまでもあるまい。
世界の金融政策は徐々に、しかし確実に通貨政策色を強めており、言い方を変えると「日銀化」が進んでいるように思える。
「打つ手なし」の状況に追い込まれつつある本家の日銀にとって、今回の政策決定会合はもとより、当面は窮屈な政策運営環境が続きそうである。
※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。
唐鎌大輔:慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)国際為替部でチーフマーケット・エコノミストを務める。