【更新・北朝鮮ミサイル発射】韓国全土が射程圏内に。米韓合同軍事演習への反発

金正恩

米朝交渉の行方が不透明な中、金正恩氏はトランプ大統領の足元をみて、新型ミサイルを発射した。

REUTERS/KCNA

北朝鮮の金正恩国務委員長(朝鮮労働党委員長)がまたもや抜け目のない、したたかな外交戦略の本領を発揮している。

北朝鮮は7月25日早朝、東部の元山付近から日本海に向けて短距離弾道ミサイル2発を発射した。北朝鮮国営メディアは翌26日、これらを4月と5月のミサイル発射時と同じように、「新型戦術誘導兵器」の発射と報じた。

ただし、今回発射された2発目のミサイルの射程は690キロにも達し、韓国全土に加え、福岡を含む九州北部や日本で軍事拠点化が進む米海兵隊岩国基地(山口県岩国市)さえも射程に収める。

北朝鮮は間違いなく、短距離ミサイルならば特に問題視しないというトランプ米大統領の融和的な足元を見透かし、アメリカと日韓の間隙を突いて揺さぶりをかけている。

発射のタイミングも絶妙だった。アメリカ政権内で最も対北朝鮮強硬派のジョン・ボルトン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)が日本に続き、韓国を訪問している最中に起きた。

発射されたミサイルの正体

北朝鮮

北朝鮮は7月25日早朝、日本海側に向けて短距離ミサイル2発を発射した。

労働新聞から

北朝鮮国営メディアの労働新聞が7月26日に公開した写真によると、今回発射されたミサイルは、5月発射のミサイルと同様、ロシアの新型の地対地ミサイルシステム9K720「イスカンデルM」で使用される、近・短距離ミサイルの9M723と酷似している。

国際的に有名な兵器年鑑である「ジェーンズ・ストラテジック・ウェポン・システムズ」によると、最大射程距離は9M723が500キロとなっている。

ところが、韓国軍によると、今回発射されたミサイルの飛行距離は1発目が約430キロだったが、2発目は約690キロにも及んだ。高度はいずれも約50キロだった。

5月9日に発射された2発のミサイルの飛距離がそれぞれ約420キロと約270キロ(高度は約50〜60キロ)だっただけに、今回の短距離ミサイルは一段と飛距離を伸ばし、高性能化したことになる。軍事専門家の間で、今回のミサイルが9M723の改良型とみられるゆえんだ。

ドイツのミュンヘン在住のミサイル専門家、マーカス・シラー博士は筆者の取材に対し、「イスカンデルで、特に東方向に発射すれば690キロの飛距離は達成可能である。しかし、最大高度が50キロならば空気抵抗が強く、690キロに達するのは困難なはず」と指摘した。

一般にミサイルは、民間ジェット機同様、高度が高ければ高いほど空気が薄いため、空気抵抗を浴びずにすむ。逆に低ければ低いほど空気抵抗を浴び、ミサイルの飛距離も短くなる。

山口・米軍岩国基地が射程圏内

ミサイル開発

2017年11月30日、北朝鮮が開発した弾道ミサイル「火星15」を視察する金正恩委員長。

REUTERS/KCNA

7月26日に北朝鮮国営メディアが公開した写真では、金正恩委員長らが見つめるなか、ミサイルが蛇行して飛行する軌跡がディスプレイ画面に映し出されている。

これについて、シラー博士は「北朝鮮は、今回のミサイルがロシアのイスカンデルや(空中発射弾道ミサイルの)キンジャールのように、大気圏に進入して再び出たりできることを私たちに見せたいと思ったようだ。この飛行は、フィンのような空気力学的な手段で可能になっていると思われる。いずれにせよ、今回のミサイルが実際にはイスカンデル(SS26)型であるという可能性を排除できない」と話した。

高度50キロの低空で短時間に飛行するミサイルは、弾道ミサイル対処能力を擁するアメリカや日本のイージス艦でも、在韓米軍に配備される地上配備型迎撃システム「高高度防衛ミサイル(THAAD、サード)」でも、日韓に配備される地対空誘導弾パトリオットミサイル(PAC3)でも、いずれでも迎撃するのは容易ではない。

シラー博士は「北朝鮮のミサイルは、ミサイル防衛システムの低層域と高層域のギャップを突くもので、政治的には一つの課題になるだろう。しかし、現実に日韓は、北朝鮮ミサイルのスカッドCやスカッドERの飽和攻撃を防ぐことは難しい。私のようなエンジニアの立場からすれば、今回のミサイル技術の進展は何の変化も起こさない」と述べた。

とはいえ、高度50キロの低空で690キロも飛行した今回のミサイルは、F35Bステルス戦闘機が集中配備されている米海兵隊岩国基地や安倍首相のお膝元の山口県も完全に射程に入る。北朝鮮はかつて岩国基地など在日米軍を仮想ターゲットにしたミサイル実験も強行してきた。

安倍首相は7月25日、ゴルフプレー姿で「我が国の安全保障に影響を与える事態ではない」と言い切ったが、実際には日本の安全保障に大きな影響を与え得る由々しき事態だ。

北朝鮮の国営メディアによると、金正恩氏は25日の現場視察で「防御が簡単ではない戦術誘導弾の低高度の飛行軌道の特性と威力を確認できたことを満足に思う」と述べている。

米・韓に対する「武力デモの一環」

米朝首脳会談

6月30日、電撃的板門店で会談したトランプ大統領と金正恩委員長。

Getty Images AsiaPac

そもそもトランプ大統領と金正恩委員長は6月30日に朝鮮半島の南北分断と対決の象徴である板門店で米朝首脳会談を行ったばかりだ。さらにトランプ大統領は会談直後、2~3週間以内に米朝間で実務協議を開始すると述べていた。

それにもかかわらず、今回、北朝鮮が短距離弾道ミサイルの発射に踏み切った理由は何か。主に3つが考えられる。

1つ目には、一義的に軍事力強化を進める韓国に対する反発がある。今回のミサイルの発射の狙いについて、北朝鮮の労働新聞は「私たちの度重なる警告にもかかわらず、南朝鮮(韓国)地域に先端攻撃兵器を持ち込んで軍事演習を強行しようと熱を上げている南朝鮮軍部の好戦勢力に厳重な警告を送信するための武力デモの一環」と説明した。

米韓

米韓は8月に合同軍事演習を予定。金正恩氏は米朝首脳会談合意違反だと主張している。

Getty Images AsiaPac

米韓は8月に米韓合同軍事演習を予定している。さらに韓国はアメリカから最新鋭ステルス戦闘機「F35A」2機の搬入を終え、実戦配備の体制を整えている。北朝鮮は米韓合同演習を「軍事挑発だ」「戦争のリハーサルだ」などと非難し、常に体制を脅かすものとみなしている。これまでも強く反発し、何度も武力示威行動をみせてきた「前歴」がある。

北朝鮮外務省米国研究所の政策研究室長は7月11日、韓国がアメリカから2機のF35Aを導入することを受けて、「韓国の殺人装備を焦土化させる、特別兵器の試験をせざる得なくなった」との談話を発表し、今回のミサイル発射を予告していた。

また、北朝鮮外務省の報道官は16日、トランプ大統領が2018年6月のシンガポールでの首脳会談で合同軍事演習の中止を表明しており、実施されれば首脳間合意の「明らかな違反」と主張。米朝実務者協議に影響すると警告していた。

23日には北朝鮮国営メディアが、金正恩氏が潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を搭載できるとみられる新造潜水艦を視察する動静を報じただかりだ。

また、南北朝鮮の主張を聞いていて目を引くのが、両国ともこのところ軍事的な緊張緩和を目指して、南北軍事当局が2018年9月に署名した軍事分野合意書をないがしろにしていると、批判し合っていることだ。

自らの求心力と権威を高める狙い

金正恩

7月26日、短距離弾道ミサイル2発の発射実験を視察した金正恩委員長。

REUTERS/KCNA

2つ目の理由としては、金正恩氏が自らの求心力や権威を高める狙いがあると考えられる。

2月末のベトナム・ハノイでの第2回米朝首脳会談が合意に至らなかったことで、金正恩氏の権威は一気に傷ついた。6月30日の米朝首脳会談後も、米韓合同演習が再開される。北朝鮮軍内部を中心に不満がうっ積する中、「新型戦術誘導兵器」の射撃実験は北の国威発揚につながり、金委員長が求心力を高めて独裁体制を維持するには極めて好都合だ。

3つ目の理由は国防力の強化。北朝鮮にしてみれば国防力強化のため、隙があれば新型ミサイルのデータや演習を行いたいと思うのは当然のはずだ。特に北朝鮮はミサイル誘導システムや固体燃料ミサイル技術の開発などに課題が残っているとみられている。

米韓合同演習が8月に予定通りに実行されれば、北朝鮮は反発を強め、さらなるミサイル実験を強行する可能性がある。そうなれば米朝の実務者協議の開催も短期的には困難になる。

今回の北朝鮮のミサイル発射について、トランプ大統領は26日正午現在で沈黙を貫いている。米韓合同演習の開催の有無を含め、アメリカ側の反応に注目が集まる。

いずれにせよ、北朝鮮はのらりくらりとアメリカとの対話路線を維持し、時間を稼げば、事実上の核保有国としてのステータスを確固たるものにできる。その間にアメリカの対北戦略も柔和的になるだろう、金正恩委員長はそう考えていると筆者はみている。

※追記:その後、韓国国防部は北朝鮮が発したミサイルは2発とも飛距離は600キロだったと修正した。

高橋浩祐:国際ジャーナリスト。英国の軍事専門誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」東京特派員。ハフィントンポスト日本版編集長や日経CNBCコメンテーターを歴任。

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