Seth Wenig / Reuters
- アップルの共同創業者、スティーブ・ジョブズの食生活は変わっていた。
- 10代の頃から果物と野菜しか食べず、数日間の断食も行っていた。
- すい臓がんが見つかった時も、医師たちの望みに反して、極端な菜食主義を追求することで治そうとした。
スティーブ・ジョブズは情熱的な人だった。彼の性格の有名な一面は、鋭い目つきと、ときおり見せる魅力的な近寄りがたさを別にすると、果物と野菜だけを食べたいという衝動だった。
伝記によると、ジョブズは幼い頃から、長時間食べないことが高揚感をもたらすことを知っていた。人生の大半をベジタリアンとして生き、ときにはビーガンにさえなったが、彼は常に小食で粗食だった。
また、好き嫌いが多かった —— 口に合わないと、給仕、シェフ、レストランのマネージャーにさえ、何かにつけ、極めて厳しく当たった。
ジョブズは一体、何を食べていたのだろう? 我々はウォルター・アイザックソン(Walter Isaacson)が書いた伝記をくまなく調べ、ジョブズの食べ物との興味深い関係に注目した(さらに興味のある方は、アイザックソン著『スティーブ・ジョブズ』の購入をお勧めする)。
リード大学(Reed College)の1年生の時、ジョブズはフランシス・ムア・ラッペ(Frances Moore Lappé)著の『小さな惑星の緑の食卓(Diet for a Small Planet)』という本に出合った。「それが永遠に肉を断つと誓った時だった」とジョブズは伝記作家のウォルター・アイザックソンに語った。
Amazon
菜食主義を支持するラッペの本を読んだ後、ジョブズは極端な食生活を行うようになった。断食をしたり、数週間に1つか2つの食べ物、例えばリンゴやニンジンしか食べなかったりした。
Flickr/swong95765
1年生の間、ジョブズはローマンミール(Roman Meal)のシリアルに「頼って」いた。また、ナツメヤシ、アーモンド、そして大量のニンジンを買った。チャンピオン(Champion)製のジューサーを買い、ニンジンジュースやニンジンサラダを作った。
Northwest Adventures/Don and Peggy Doman
その後、アーノルド・エーレット(Arnold Ehret)著の『Mucusless Diet Healing System』という本を読み、さらに厳格な食事を取るようになった。肉とタンパク質に加え、パン、穀物、そして牛乳もやめた(エーレットもジョブズと同じ56歳で亡くなっている)。
Amazon
ジョブズはこの頃、断食にのめり込んでおり、丸2日、ときには最長1週間、食事を取らないこともあった。断食中には、葉物野菜と水を取った。
ジョブズは時々、オール・ワン・ファーム(All One Farm)のコミューンで週末を楽しく過ごした。クリシュナ教団(Hare Krishna)の寺院から僧が訪れ、「クミンとコリアンダー、ターメリック」でベジタリアンのごちそうを作った。ジョブズはそれが楽しみだった。
Reuters
長年のパートナーだったクリスアン・ブレナン(Chrisann Brennan)もベジタリアンだったが、娘のリサは違った。彼らは一緒にプンタレッラ、キヌア、セロリアック、キャロブでコーティングしたナッツといった食料品を買った。だが時々、クリスアンとリサはロティサリー・チキンを買い、車の中で分けあって食べた。
Wikimedia
ジョブズは自分の食事にはなおさら厳しかった。娘のリサは、ある日、ジョブズがスープにバターが入っていると知って、口から吐き出したことを覚えている。
リサ・ブレナン-ジョブズ。
Wikimedia Commons
1991年、ジョブズは、ビーガンのローレン・パウエル(Laurene Powell)と結婚した。ウェディングケーキは、卵も牛乳も一切使っていないビーガンケーキだった。 「ゲストの多くが、食べられないと思った」とアイザックソンは語った。
Diana Walker / Contour by Getty Images
ジョブズとパウエルには自然食品好きという共通点があった。パウエルはジュース会社のオドワラ(Odwalla)で働いていた。彼女は後に、テラベラ(Terravera)を設立、オーガニック食品を作ってカリフォルニア州北部の店舗に納めていた。
Steve Jennings/Getty Images
成人後も、ジョブズは10代や大学生の頃と同じ食生活を続けた。何週間も、リンゴやレモンをかけたニンジンサラダなど同じ物だけを食べ続け、それから食べることをやめ、断食を始めた。
Getty Images
2003年、定期検査で珍しいタイプの膵臓がんが見つかった。医師たちは手術を勧めた(医師たちは早期発見を喜んだ)。だが、ジョブズが選んだのは手術ではなかった。ジョブズは厳格なビーガンになることで自身を治そうとし、大量のフルーツ・ジュースとニンジンを摂取した。
Flickr / Breville USA
その後、ジョブズがすい臓の一部を切除する手術を受けてから、パウエルは食事に魚や他のタンパク質を取り入れ始めた。だが、ジョブズの健康状態は芳しくなく、体重は激減した。彼はそれでもなお、専属シェフのブライヤー・ブラウン(Bryar Brown)にニンジンサラダやレモングラスのスープ、シンプルなバジルパスタを頼んでいた。
Jim Wilson/The New York Times
2010年2月、ジョブズはニューヨークへ行き、ニューヨーク・タイムズの幹部50人と会食した。プランナ(Pranna)というアジアン・レストラン(現在は閉店)でジョブズがオーダーしたのはマンゴー・スムージーとプレーンなビーガン・パスタ。どちらもメニューにはなかった。
かつてニューヨーク市にあったレストラン、プランナ。
Google Maps
2011年2月、ジョブズはシリコンバレーにオバマ大統領を招いたささやかな夕食会の企画に一役買った。彼は、エビ、タラ、レンズマメのサラダなど、ケータリング業者が提案したメニューのいくつかに「豪華すぎる」と異議を唱えた。デザートのクリーム・パイのチョコレート・トリュフ添えにも。だが、これは却下された。ホワイトハウスのスタッフが、クリーム・パイはオバマ大統領の好物と言ったためだ。
Flickr/White House
2011年7月まで、ジョブズは固形物をほとんど食べていなかった。この頃までに、がんは骨と体の他の部分に広がっていた。スティーブ・ジョブズは2011年10月5日、家族に見守られて亡くなった。
Justin Sullivan / Staff / Getty Images
※敬称略
(翻訳:Ito Yasuko、編集:Toshihiko Inoue、増田隆幸)