ソフトバンクグループ傘下のスプリントとTモバイルUSがついに合併する(写真は2018年5月にソフトバンクグループが開催した2018年度3月期決算会見で撮影)。
撮影:小林優多郎
ソフトバンクグループ傘下で、アメリカ第4位の通信キャリアであるSprint(以下、スプリント)と、同3位のT-Mobile US(以下、TモバイルUS)が2019年中にも合併する。
両社は1年近く前から合併を希望していたが、規制当局が難色を示していた。しかし、2019年になって5月20日に米連邦通信委員会(FCC)が合併を了承。さらに、米司法省も7月26日に了承したことで、合併への目処がついた。
一度は消えたTモバイルUSとスプリントの合併話
スプリントはアメリカ第4位の通信キャリアだ。
そもそも、両社の合併は、2012年にソフトバンクがスプリントを買収したときから目論んでいた計画だ。当時、ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長はスプリントと共にTモバイルUSも買収、合併させることで、上位2社であるVerizonやAT&Tと対抗させようとしていた。
しかし、「4社から3社になれば競争環境が停滞する。料金が高止まりする」として、規制当局が猛反発。その段階で、孫社長の野望は消えた。
TモバイルUSとスプリントの合併は、ソフトバンクグループ会長兼社長の悲願でもあった。
そこで、孫社長は合併計画は諦め、スプリントを独自に立て直すべく、日本の携帯電話事業で成功したノウハウを注入しようと日本のソフトバンク社員をアメリカへ大量に赴任させた。だが、日本のソフトバンク社員は現地のスタッフを全くコントロールできずに退散を余儀なくされたのだった。
その後、リストラでなんとかスプリントは持ちこたえていたが、ジリ貧なのは変わらなかった。そうして、2018年に再び、TモバイルUSとの合併を模索し始めたという経緯がある。
新生TモバイルUS誕生に必要だった“条件”
スプリントと合併し、生まれ変わるTモバイルUS(写真は、2017年8月撮影)。
今回、ようやくスプリントとTモバイルUSが合併できそうなのだが、FCCや司法省などの規制当局が、彼らにさまざまな条件を飲ませたことで、どうにか了承に至ったとされる。
規制当局としては以前と変わらず、4社から3社になっては困るという姿勢だ。
そこで、スプリントとTモバイルUSが一緒になる代わりに、「新たな4社目を誕生させ、競争環境を維持できるような条件」を設けたのだ。
その中身は、スプリントが持つプリペイド事業と周波数帯域を手放す、というものだ。これにより、アメリカの衛星放送事業者であるDISHが、それらを買い取り、第4のキャリアとして新規参入を果たすことになった。
DISH Networkはアメリカの衛星放送サービス事業者。
出典:DISH Network
DISHはもともと2012年ごろ、ソフトバンクとスプリントの買収を争ったことがある。当時から携帯電話事業への参入に意欲を燃やしていたが、ようやくその悲願が叶うことになった。
今回の条件により、DISHは930万にもおよぶプリペイド契約ユーザー、全国7500を超える販売網、さらにはスプリントが所有する800MHzの周波数を手に入れるとされている。
まさに、顧客、販売網、周波数というキャリアに必要な基盤を持った上で、第4社としてスタートできるのだ。
規制当局が、4社体制を維持しようと必死に条件を引き出し、頑なに抵抗し続けたのが功を奏したといえる。
新キャリア・DISHの先行きは不明瞭
本件により「ナショナルキャリアになる」と宣言したDISH Network。
出典:DISH Network
ただ、DISHが、上位3社と互角に戦うのはかなり難しいだろう。
顧客数を見ても、ベライゾンが1億5600万件、AT&Tが1億5500万件、新生TモバイルUSが1億3400万件といずれも1億を超えている。DISHがスプリントから譲り受けるプリペイド事業は、大手3社の10分の1にも満たない。
しかも、顧客のすべてがプリペイドユーザーだ。そもそもプリペイドは通信料金が安い。つまり、1人あたりの収益が薄い。
大手3社はいかにプリペイドユーザーをポストペイド(後払い)に切り替えさせるかに腐心している。アメリカのポストペイド料金は、使い放題で100ドル近い値付けがついている所も多い。
大手3社が優良顧客を抱え安定した経営が行える中、DISHは解約しやすいプリペイドユーザーという不安定な基盤の中で、5Gへの投資も行わなくてはならない。
通信事業だけでは限界があるのではないか
ソフトバンクグループの2019年3月期決算説明会によると、スプリント事業の2018年度売上高は前年度同期比で微増しているが。
長年、アメリカでサービスを提供してきたスプリントが「4社体制では経営を維持できない」とギブアップしたということは、そもそもアメリカには4社を受け入れられる市場規模はなかったとも言える。
熾烈な競争によって4社が3社に淘汰されようとするなか、政策によって強引に誕生する4社目のキャリア「DISH」は果たしていつまで生き残ることができるのだろうか。
一方、スプリントとTモバイルUSも合併ができたからと言って“安泰”というわけではない。
アメリカのキャリアは、すでにベライゾンが2017年にヤフーを45億ドルで買収。AT&Tも2018年にタイムワーナー(現ワーナーメディア)を買収しており、単なる通信回線の提供からメディアを巻き込んだ戦いにシフトしている。
新生TモバイルUSは、こうしたメディアを持ち合わせていないだけに、メディアを巻き込んだ総力戦となれば、ベライゾンやAT&Tに勝ち目はないだろう。
(文・石川温 撮影・小林優多郎)
石川温:スマホジャーナリスト。携帯電話を中心に国内外のモバイル業界を取材し、一般誌や専門誌、女性誌などで幅広く執筆。ラジオNIKKEIで毎週木曜22時からの番組「スマホNo.1メディア」に出演。