グーグルも注目の「デジタル心理的安全」がチームの結果を左右する

Googleによる社内調査以降、多くの組織で「心理的安全性」が重視されるようになりました。心理的安全とは、他者の反応に怯えたり羞恥心を感じることなく、自然体の自分をさらけ出すことのできる環境や雰囲気のこと。

ですが、複業やリモートワークの浸透などビジネス環境が日々刻々と変化する中、「心理的安全性」という概念自体もアップデートさせていく必要があるはず。特にチャットやオンライン会議といったメンバー同士が対面しない「デジタル空間」における心理的安全の構築は、組織のパフォーマンスに責任を負うマネジャーにとって重要な課題ではないでしょうか。

機械学習などの分野で企業を支援するかたわら、チームに雑談を生み出すソーシャルブックマークサービス「Vein」を開発する株式会社NextInt代表・中山ところてんさんは、私たちの仕事がデジタル化したことで「心理的安全」の担保は難しくなったと指摘します。

今回は、そんな中山さんとの対話を通して、「デジタル心理的安全性」を向上させるためのヒントを探ります。

中山さん


PROFILE
中山ところてん:株式会社NextInt 代表
通信会社の研究所にて情報セキュリティやビッグデータ基盤の研究開発に従事。その後、ソーシャルゲームの分析や企画、機械学習を利用したECの販促支援ツールの開発を経て、株式会社NextIntを起業。現在は機械学習のコンサルティングや、新規事業企画サポート、ゲームディレクターを行いつつ、「Vein」の開発を行っている。

聞き手には、仕事柄、世界中を旅しながら、リモートでチームを運営する中で、デジタル心理的安全性の構築に取り組んでいる、ガイアックス社の管大輔さんをお迎えしました。

インテリのためのデジタルツールが心理的安全を難しくする

—— 中山さんが考える「心理的安全」とはどのような状況を指すのでしょうか。

「この間柄だったらこれを話しても大丈夫だ」と、本人が理解している状態のことではないでしょうか。暗黙的なことも多いので一概には言えませんが、例えば、上司と部下の関係であれば、部下が「この後、飲みに行きますか?」と上司を誘える間柄かどうかですね。

—— これまで心理的安全性は「対面する機会」について語られることが多かったように思います。中山さんがチャットなど「デジタル空間」での心理的安全に課題を感じたきっかけはなんでしょう。

デジタル空間において、「コミュニケーションのかたち」が変わってきたことが大きいですね。時代をさかのぼると、一般消費者側では、情報発信におけるハードルがどんどん緩和されてきたんですよ。しかし、それがビジネス側では追いついていない。

—— どういうことでしょうか。

今、SNSでは必ずしも文章が書けなくてもいいじゃないですか。写真や動画の投稿、シェアやリツイートだけで情報を発信できるし、Snapchat人気で投稿が一定時間で消える機能まで浸透して、ますます気軽になっていますよね。

一方、ビジネス側、組織の中ではどうでしょうか。いまだに、テキストが主流ですよね。Slackのアイコンがあるとはいえ、90年代と変わらず、頑張って文章を入力しないといけない。Slackでも文章を考えながら、書ける人が声が大きく、すぐに適当な言葉で反応できない人は、会話の流れに置いていかれてしまう。

つまり、今主流となっているデジタルツールは「インテリ」を軸にした思想で作られていると思うんですよ。

パソコン

——ここで言う「インテリ」とは、どのような人を指すのでしょうか。

「言語能力が高い人たち」のことです。自分が考えていること、やっていることを他人に言葉で説明できる、そして、他人に説明されたことをロジックで理解できる人のことです。

そうでない人は、「感情的に」好きか嫌いかで判断してしまいます。内容以上に伝え方の影響を受けることも多い。言語能力が高ければ、「あいつはムカつくけど、言っていることは正しい」と受け入れることができるのですが。

けれども、職場における人の言語能力は、どうしてもグラデーションにならざるを得ない。言語能力が高い人も低い人もいる。だから、文章によって情報発信できない人たちもたくさん存在するわけです。そんな人たちも組織で活躍できるようになるにはどうすべきか————これが僕が抱いてきた課題感です。

この10年、ずっと引っかかっているんですよ。一般消費者にとっては緩和されてきた情報発信のハードルに、組織人としては今もなお苦しめられているこの状況が。どうして会社にはこの流れがきていないのか、疑問なのです。

机

デジタル心理的安全ゼロがもたらす負のサイクル

——デジタル空間上の心理的安全を難しくする要因の1つは言語能力ということですが、言語能力に差があると、具体的にはどのような問題が生まれますか。

Googleのように上司と部下全員が言語能力が高く、「論理的に正しいことは許容される」と分かっていれば、心理的安全はつくられやすいんです。年齢など関係なく、論理でぶつかり合い、正しいほうが勝つ。間違っていれば正される、だけですから。

ですが、多くの会社では「どうして上司に逆らうんだ!」と怒られてしまう。社風もあるとは思いますが、言語能力の高低によってはそんなシチュエーションが発生してしまいます。論理的な正しさではなく、立場的判断、感情的判断が下されてしまうんです。

スマホ

中山さんは「Vein」を通じて、人びとの言語能力の差を補完しようとしている

言語能力の差に加えて、コミュニケーションの「前提」の違いも問題を生みます。論理的に正しいことを理解し合える「インテリ」も2種類に分かれるんです。

あまり世代間論争にはしたくないのですが、40代以上の世代には「コミュニケーション=利害調整」と捉える人が多いですね。情報の流れをコントロールして、組織を円滑に回そうとする。その結果、意図的に情報を隠したり、情報格差をつくったりします。つまりコミュニケーションは人心掌握、説得、コントロールの術であって、正しい情報を伝えることがゴールではないのです。

ですが、それ以下の若い世代では「コミュニケーション=課題解決」と捉えている人が多い。今は、一人では解決できない、複雑で、答えのない問題を解かないといけない場面が多くあります。課題解決につながる正しい情報が何かは誰にも分からなくて、全部が重要だし、全部が重要じゃないかもしれない。だからこそ、「課題解決のためには情報を共有すべき」という感覚を、彼らは持っているように思います。

インタビュー中

デジタルツールでは「ログが残る」ことも、実はいいことばかりではありません。共有したいけれど、残したくはない。自信が持てなかったり、恥ずかしいと感じたりする話もあるじゃないですか。たとえ、マネジャーが性善説に立っていたとしても、ログが残るかぎり、一方的に攻撃されるリスクは生まれるわけです。会社が大きくなると、悪意のある人も出てくるでしょう。そうなると、情報発信のハードルは上がってしまいますよね。

SnapchatやInstagramのStories機能が流行ったのも「消える」からだと思うんです。私もコミュニティの友人と50人でSlackを使っているのですが、Slackのフリープランだと1万メッセージまでしか残らないので、約3日間でログがすべて流れるんです。そういう環境でコミュニケーションをしていると感じるんですが、「3日で消える」と分かっているからこそ、好き勝手言い合えるところもあると。そういう環境なら、デジタル空間であっても雑談しやすいんですけどね。

——心理的安全がつくられないとデジタル空間で「情報発信者側に回れない」人も出てきます。すると、どんな弊害が生まれるでしょうか。

実際にあったケースですが、情報発信を嫌がる人は、Slackのパブリックチャンネルのように誰でも見られる場所ではなく、DM(ダイレクトメッセージ)機能を使いたがるし、使うようになります。

パブリックチャンネルで誰かに仕事の依頼をしても、言語能力が低いために、他の人から「依頼の仕方がよくない」とボロクソに言われてしまうんじゃないかと不安になる。そうすると、能力を低く見られたくないから、DM機能を使うしかない。そうして上司の目が届かないところで、他のメンバーに仕事の依頼をたくさん飛ばして、業務過多でパンクさせてしまう。こうしたケースは頻繁に起こりますね。

パソコンとスマホ

あるいは、情報発信をしていないメンバーが、情報発信をするメンバーに対して攻撃を始めるケースもあります。言語能力の高い人たちは、パブリックチャンネルで頻繁に、玉石混交の情報を発信します。すると、あまり発信していない人が、その一部を取り上げて、「仕事で不真面目な話はするな」と指摘するんです。

指摘する人たちは、デジタル空間も「社長がいる会議室」だと思っているんですよ。でも、発信している人からすると「タバコ部屋」でしかない。雑談ですから、当然、前提が抜けたり失礼な言葉づかいもたまにはしてしまったりするわけじゃないですか。だけど、そのせいで「あの人たちは失礼極まりない、不健全だ」と攻撃が始まるのです。

そうなると、それまでせっかく情報発信をしていた人たちも、会社のパブリックチャンネルで気軽にコミュニケーションが取れなくなってしまいます。結果、社外のツールで、かぎられたメンバーだけで雑談するようになる。そうして、情報漏洩につながるリスクも出てきてしまう。心理的安全がつくられた、円滑にコミュニケーションできる場を用意することは、情報管理と一体だと思いますね。

相談が減り、雑談がなくなってもまわるチーム運営を

——デジタル空間における心理的安全性を向上させる手立てはありますか。

まず、パブリックチャンネルでのコミュニケーションの量・割合が、その組織の心理的安全性を測る指標になるでしょう。

グラフ

中山さんの会社のSlackにおけるパブリックチャンネルとプライベートチャンネルの使用割合(採用の相談をしていたある時だけ、プライベートチャンネルを使っていた)

ただし、プライベートチャンネルでのコミュニケーションを禁止したからといって、全員がパブリックチャンネルで話せるようになるわけではありません。言語能力、コミュニケーション能力とは別に、コンテンツ生成能力にもグラデーションはあるからです。

新入社員にかぎらず、他人からの評価に値する情報を発信するって簡単じゃない。無理矢理アウトプットさせようとする会社もありますが、心理的安全がつくられていない環境では、かえって「無知」や「無能」を指摘されることへの恐怖心を助長してしまいます。アウトプットができない人は、いかにインプットしたかで評価してあげてもいいんじゃないでしょうか。

それに、現実的な話、例えば、営業の人がどれだけアウトプットできる人であったとしても、お客さまとFacebookでやり取りした内容をチームで完全に共有するのは難しい話。別のチャンネル、ツールに逃げ込む人はどうしても出てきます。どれだけチーム内の会話をパブリックチャンネルに誘導しようにも限界はあるのです。

ですから、マネジャーの人たちは、たとえログが残らないやりとりが発生したとしても、チームの業務がまわるようにすることを考えるべき。マネジャーの目が完全には行き届かなくても、メンバーが自分自身で意思決定して仕事が進められるよう、業務をきれいに整理しておくことは最低限、必要です。

そうした人の能力、コミュニケーションの限界を補完するために僕もツールを開発していますが、心理的安全とはずっと模索し続けていかなくてはならない課題なのでしょうね。

椅子

(取材・文、管大輔、水玉綾、企画・編集、岡徳之、撮影・伊藤圭 )

"未来を変える"プロジェクトから転載(2019年6月5日公開の記事)

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