写真左から日本製鉄 執行役員の津加宏氏、鹿島アントラーズFC 社長の庄野洋氏、メルカリ取締役社長兼COOの小泉文明氏。
撮影:小林優多郎
メルカリは7月30日、茨城県鹿嶋市に本拠地を置く、サッカーJ1の鹿島アントラーズの経営権を取得すると発表した。現親会社である日本製鉄から、運営会社である鹿島アントラーズFCの発行済み株式のうち、メルカリは61.6%を買い取る。取得金額の概算は15億9700万円。
なお、日本製鉄は11%の株式を引き続き所有し、今後も鹿島アントラーズFCの経営陣・オフィシャルスポンサーとして関与していく方針だ。
約16億円を払って名門チームのオーナーとなるメルカリには、果たしてどんなメリットがあるのか。
メルカリは伝統あるチームに入る新しい風
鹿島アントラーズは歴史ある日本のサッカーチームだ。
鹿島アントラーズは1991年、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)の設立に合わせ、当時の住友金属工業サッカー団を母体として発足。これまでリーグ、天皇杯、カップ戦、AFCチャンピオンズリーグで計20個のタイトルを獲得している。これはJリーグチームの中でダントツのトップだ。まさに日本を代表する強豪で、約28年間の長い歴史と伝統がアイデンティティーと言える。
鹿島アントラーズFCの2018年度の営業収益は73億3000万円で、ヴィッセル神戸、浦和レッズに次ぐ売り上げ規模。2017年度から約21億円増と伸ばしている。
一方で、Jリーグはビジネス面を見ると、激しい変革の時期を迎えている。
とくに大きな変化が感じられたのは、Jリーグ放映権が動画配信サービス「DAZN(ダゾーン)」に移った2017年だ。
DAZN参入により、リーグの賞金は増え、市場が期待するビジネス規模はその前の時期より大きくなった。チームを運営する会社にとっても、新しい時代に対応するための知識やアセットが必要になってきた。
日本製鉄の執行役員を務める津加氏。
日本製鉄の執行役員を務める津加宏氏は、記者会見で以下のように語っている。
「サッカービジネスは素材産業の鉄鋼業とは違う。これほど大きく変わってきている。アントラーズは世界で戦うチームであり、企業価値を高めるのは至上命題だ。
新たなビジネス展開、ファン層の拡大、売り上げをさらに目指していく。(そのためには)新しいパートナーを迎え入れて、事業展開を図っていくのが得策と判断した」(津加氏)
鹿島アントラーズFCならびに立ち上げ当初からその筆頭株主で務めてきた日本製鉄は、激しい市場変化に対応するため、“新しい風”を伝統あるチームに取り入れようという考えだ。
メルカリが抱く3つの野望
メルカリは経営参画の理由を3つ挙げている。
メルカリの狙いはどこにあるのか。メルカリの社長兼COO(最高執行責任者)を務める小泉文明氏は、鹿島アントラーズへの経営参画理由を大きく分けて3つ語った。
- 顧客層の拡大……まだメルカリを知らない人、メインの顧客層以外へリーチ
- ブランド力の向上……伝統あるブランドと共に、若いブランドである“メルカリ”をより成長に導く
- ビジネス機会の創出……成長の早いJリーグだが、テクノロジーの力でまだまだできることがある
顧客層の拡大、ブランド力の向上については、7月上旬に開催された「Global Sports Business Conference 2019」で小泉氏が語ったこと(下記リンク参照)と同じで、メルカリが3年前から続けている鹿島アントラーズへのスポンサード事業の延長上にある考え方だ。
とくにメルカリは、20〜30代女性への影響力は強いが、30〜40代の男性に弱い。名門サッカーチームのオーナーになることで、この弱点を埋められる可能性が高い。
しかし、それだけでよいのであれば、従来通りオフィシャルスポンサーとして鹿島アントラーズを支援し、ユニフォームにメルカリロゴを付けるだけでも十分かもしれない。
メルカリは、メルカリ、鹿島アントラーズ、地域の三位一体の経営を目指している。
メルカリの最大の武器は、テクノロジーとそれを扱うエンジニア、そしてスタートアップ企業らしい資金調達やコラボレーションなどの経営ノウハウだ。
これらをもって、メルカリはスポーツ事業を国内の新しい収益の柱にしようと目論んでいる。実際、小泉氏は本件の記者会見でオフィシャルスポンサーから経営者への転身の理由についてこう話している。
「スポンサーという支援の仕方と、子会社化では、経営を握るという意味で違う。経営を握ることで、アントラーズのさらなる成長とビジネスを創出し、さらなる黒字を生み出せれば、私たちのビジネスにも当然寄与する」
メルカリのテクノロジーと経営ノウハウで成長を目指す
メルカリ社長兼COOの小泉文明氏。小泉氏の父親は麻生町(現在は、鹿行地域の1つである行方市)の出身で、小泉氏自身も幼少の頃から鹿行地域に足を運んでいた思い出もあり、鹿島アントラーズの大ファンだと話している。
今回の発表の中では、メルカリが取り組む具体的なコミットの内容は語られなかったが、小泉氏は発表会後の囲みで以下の内容について、それぞれ構想や検討段階であると触れている。
- プロジェクションマッピングなど、テクノロジーを活用し「茨城県立カシマサッカースタジアム」での新しい広告を企画
- スタジアム内飲食店のキャッシュレス化(モバイルオーダーも含む)
- 観戦チケットのペーパーレス化
- スタジアム内だけではなく、地元経済への波及効果
- ファンクラブでのクラウドファンディングの実施
- メルカリと連携したコラボ施策(過去にライブコマース「メルカリチャンネル」での例あり)
メルカリが現在までに行ってきたこと。
これらはいわゆる、テクノロジーの使い方の話だ。
メルカリはすでにフリマアプリで培ったさまざまなECや広告、システム構築のノウハウがある。さらに、現在はメルペイというキャッシュレス決済も展開している。それをメルカリやメルペイ内でやるのか、鹿島アントラーズというプラットフォームの中でやるのかということだ。
メルカリ小泉氏は説明の最後を、鹿島アントラーズのフィロソフィーである「すべては勝利のために」というスライドで締めくくった。
もちろん、小泉氏が経営参画理由に挙げているとおり、メルカリはブランド認知や価値向上といった目論見を抱いている。とはいえ、地元に根付いた伝統的なサッカーチームという看板を軽く扱うことは、かえってメルカリ自身のブランド価値損失につながる。
鹿島アントラーズの歴史は、1991年に元ブラジル代表の英雄ジーコが、当時日本リーグ2部だった住友金属工業サッカー部に加入したことで動き出した。世界的な名選手が加わり、プレー面だけでなく、選手にプロ意識を植え付けた。さらにジーコは、チーム運営を司るフロント陣にも、マネジメントの手法などを通じて大きな影響を与えた。
人口約6万7000人の茨城県鹿嶋市をホームタウンとしながら、市外からの集客にも成功した鹿島アントラーズは、「ジーコのクラブ」といった印象もあり、ブラジルや欧州、アジアなど海外での認知度も高い。
小泉氏は「ファングッズをメルカリだけで売るといったことは、ファンは喜ばない」など、決してメルカリが独占的な立場でビジネスを行わない考えを明らかにしている。
実際、2月1日に鹿島アントラーズのオフィシャルスポンサーとなったNTTドコモとは、決済やスマートスタジアム化といった分野で競合する面もあるが、鹿島アントラーズFC社長の庄野洋氏もメルカリ小泉氏は、今後も協業していく意向を示している。
(文、小林優多郎、大塚淳史、撮影・小林優多郎)