会見での宮迫氏と田村氏
撮影:今村拓馬
雨上がり決死隊の宮迫博之さんが反社会的勢力との関わりがあったとされる問題をきっかけに、会社としての吉本興業をめぐる、さまざまな”歪み”が明らかになった。
報酬は安いが、移籍は難しい。ギャラの配分などを明記した契約書や発注書もない。力関係の弱い芸人は、事務所に文句も言いにくい——。こうした構造は、吉本興業にとどまる問題なのか。
芸能に関するさまざまな事件を担当してきた佐藤大和弁護士は、「テレビ局が加担する構造から変えていかないと」と指摘する。
芸能事務所の悪い意味での“家族感”
エンタメ業界で起きるさまざまな事件を手がける佐藤大和弁護士。
撮影:小島寛明
BI(Business Insider Japan):さまざまな問題が明らかになっていますが、吉本興業だけが突出して問題が多いのでしょうか。
佐藤大和弁護士(以下、佐藤):契約書がないのは、スタンダードではないと思います。ただ、岡本社長の記者会見でファミリーという言葉が出ましたが、ほかの芸能事務所も”家族感”を出す事務所は多いですね。
もちろん家族感というのは、ちゃんと面倒を見るとか育成するという意味で、いい面もあります。ただ、今回は悪い意味での“家族”が前面に出てしまった。
岡本社長本人は自分が父親で、親だから勘当するという意味で伝えたと。「冗談やった」とも言っています。
しかし、当の芸人たちはまったくそういう意味では受け取っていなかった。悪い意味での家族感を前面に出して、そういう言動も許容されるだろうという思いでやってしまったんではないでしょうか。
ほかの業種ではビジネスを意識して、こうしたファミリー感、家族感を出さない企業が多くなってきました。
のんちゃんはなぜ民放に出られないのか
俳優・「創作あーちすと」ののん。1993年生まれ。
撮影:伊藤圭
BI:なぜ芸能界はファミリー的な経営が残っているのですか?
佐藤:日本の芸能の経緯もあり、慣習や人間関係を法律や契約よりも重視してしまう傾向があります。これが家族感なんだと思います。
だからファミリーである自分たちの芸能事務所を出たら、ほかの事務所で活動することは許さないとか、自分たちを裏切ったら干すとか、そういう形がまだ残っている印象を受けます。
それに乗っかっているのが、テレビ局です。芸能事務所に対して過剰な忖度(そんたく)をすることで、本来、(芸能事務所と芸能事務所、またはタレントとタレントは)自由な競争ができるはずなのに、自由な競争が成立していません。
7/17に公取委が事務所を注意したという報道が流れた。
撮影:竹下郁子
先日公正取引委員会が、ジャニーズ事務所に調査に入りました。結果として注意にとどまったのは、明確な独占禁止法違反に該当する証拠が得られなかったということですが、注意という形で違反につながるおそれがあると指摘しました。
テレビ局は忖度していないというかもしれませんが、多くの視聴者は気づいているのです。元SMAPの「新しい地図」の3人がCMには出ているのに、なぜ民放の番組には出ないのか。
能年玲奈さんもそうですね。もとの芸名の使用をすることができず、のんちゃんという形で映画にもCMにも出ているのに、民放にはなぜ出られないのか。
「テレビ局加担の構造から変えないと」
宮迫博之さん、田村亮さんの緊急謝罪会見をうけ、7月22日14時から会見にのぞんだ吉本興業の岡本昭彦社長。
撮影:西山理緒
BI:テレビ局を含めての問題ということになりますか。
佐藤:これは民放の各テレビ局が芸能事務所に過剰な忖度をしているからです。民放を含むファミリー感の表れです。
テレビ局が加担するこの構造を変えない限り、テレビ局と事務所、芸能人と事務所の対等な関係や自由な競争は生まれません。事務所側が実質的に移籍を禁止したり、干したりしても、テレビ局の協力がなければ成立しませんから。
今回、図らずも吉本の岡本社長の会見で、民放各局が吉本の株主になっていることも視聴者の知るところとなりましたが、これも持ちつ持たれつの関係があるのかと、かえって疑ってしまうことにつながりました。
ですが、テレビ局は今回の吉本の問題で自分たちの問題にはあまり触れませんよね。
反社会勢力との関わりを禁じることに言及したパンフレット
撮影:今村拓馬
BI:極楽とんぼの加藤浩次さんが番組で会社(吉本)を強く批判しました。他業種では、転職、移籍は当たり前になってきました。
佐藤:事務所を変えることで、出演がなくなってしまった方、制限されてしまった方、客観的にそういうことはあります。加藤さんだって、迷うでしょう。
実際に、宮迫さんはあれだけレギュラーを持っていたのに、すべて降板という形になりました。
でも、反社との付き合いの疑いが晴れたら、テレビ局は宮迫さんと直接契約すればいい。5時間半の岡本社長の記者会見でだれもそのことを質問しませんでした。
「芸人が、直接テレビ局と契約するのは差し支えないんですよね」と聞いてほしかった。そこで、吉本さんが、「大丈夫です」といえば、民放各局は直接宮迫さんと契約できる。アメトークは続くかもしれない。
吉本が「問題ないです」と言えば、芸能界が変わるきっかけをつくれたかもしれません。
芸人処分の根拠、不明確
BIのインタビューに応じた際の大崎会長。
撮影:今村拓馬
BI:宮迫さん契約解除と撤回をめぐる吉本興業の対応をどう見ますか。
佐藤:そもそも契約書がなく契約期間の定めもないと思いますので、会社も芸人もどちらでも、いつでも契約を解除できるはずです。どんな理由であれ契約は解消できます。「こいつ気に食わん」と思っているという理由でも構わないはずです。
ただ、謹慎処分はどういう根拠に基づいているのかは不明確です。処分の有効性は、十分に問題になるんじゃないかなと思っています。
反社との関わりを100%防ぐことはできません。
その中で、吉本側がなにを問題としたのかはっきりしません。嘘をついたことなのか、結果的に反社会的勢力とつながったことなのか、もらったお金を申告しなかったなのか、いまだにわからない。
契約解除を撤回した理由もよくわかりません。
これに対してワタナベエンターテインメントは契約書があるから、専属契約違反ということが言えるんです。また、ポケットに入れたお金についても修正申告しなさいと言えます。
契約書があるかないかで、まったく危機管理の動きが変わってきます。そこには、吉本側に大きな責任がある。
危機管理の観点でも、吉本には危ういところしかありません。
芸人6000人体制の歪み
吉本の記念式典の際に集まった芸人達。
撮影:今村拓馬
BI:6000人の芸人を抱えている吉本の構造について問題を指摘する声もあります。
佐藤:6000人の芸人がいるので、契約書を取り交わす作業が事実上大変だったというのはあるんだと思います。
契約書がないという問題も重要ですが、むしろ6000人を抱えているということに問題があるんじゃないでしょうか。一部の方から言われていますが、安く人を使って、成長させて、うまいところだけ取るという形と言われても仕方がありません。
海外から日本の芸能界は奴隷契約だと揶揄(やゆ)されることもあります。これは、完全に直さないといけない。
タレントファースト、芸人ファーストと言うのであれば、芸人の生活や家族のことも考えてあげてほしい。
反社とのつながりを防ぐためにも、最低限の仕事量や最低報酬を保障する。それができないなら、事務所が仕事を取ってこないと。仕事がなければ、副業や直営業をせざるを得ない。そこには反社が入り込みやすい。
怖いのは、芸人たち自身が、自分たちでがんばって、稼ぐのが芸人やろと思っていることです。外から弁護士やメディアが「変だ」と言っても、芸人本人たちに響かないところがあります。
芸人たちは好きでやっている、夢を目指してやっていると言っていますが、本人たちの意識を変えて、搾取されているところもあることを自覚してもらわないといけません。
BI:働いている側の「権利」をきちんと意識するということですね。
佐藤:今回の騒動は、吉本だけの問題ではありません。契約書がないのは吉本の問題ですが、自由な競争ができないというのは、芸能界全体の問題です。
そもそも芸能界には、独占禁止法に違反している契約書がたくさんあるんです。
不当にアーティストの権利を搾取していたり、不当な移籍制限があったり。自由な競争環境を作るということはテレビ業界、芸能事務所業界全体の問題です。
今吉本の芸人さんが吉本の問題をいろいろ言っていますが、他の事務所のタレントさんは何も言っていない。対岸の火事だと思っている。自分たちの火事だと思って、芸能人が声を上げて、自分たちの権利を守るために、内部から立ち上がってほしいと思っています。
自分たちの協会をつくって事務所側と対話できる組織を早めに作ることも大事だと思います。対立ではなく対話から生まれるものもありますから。
(文・小島寛明)