FRB「10年半ぶりの利下げ」後も続く市場からの催促。円高傾向は止まらない

FRBのパウエル議長。

7月31日、利下げを決めた米連邦公開市場委員会(FOMC)の後で記者会見する米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長。FRBによる利下げは10年半ぶりだ。

REUTERS/Sarah Silbiger

米連邦準備制度理事会(FRB)は7月30~31日に開催された米連邦公開市場委員会(FOMC)で、アメリカの政策金利である「FF金利」の誘導目標を、「年2.25~2.50%」から「年2.00~2.25%」に引き下げた。FRBの利下げは10年半ぶりとなる。

直後の米株式市場の反応は「急落」

ニューヨーク証券取引所でパウエルFRB議長の記者会見を見守るトレーダーたち。

ニューヨーク証券取引所でパウエルFRB議長の記者会見を見守るトレーダーたち。FRBの利下げに対し、直後の米株式市場は「急落」で反応した。

REUTERS/Brendan McDermid

米国債など保有資産の縮小(いわゆる「量的引き締め」)も、予定された9月末から2か月前倒しして終了することとした。現在の米国の経済・金融情勢を踏まえれば「奮発した」というのが、パウエルFRB議長の本音に近いところだろうか。

記者会見では「It is intended to insure against downside risks from weak global growth and trade policy uncertainty」(世界景気の減速と貿易政策の見通しの不透明さによる下振れリスクに対する備えとなることを意図している)と発言。あくまで「現在」ではなく「将来」の景気減速に対応した、というロジックが前面に押し出されている。FOMCでは2名が利下げに反対票を投じており、こうしたロジックに納得感を持たないメンバーも存在する。

利下げは予想通りであったが、パウエル議長は記者会見で「利下げは緩和サイクル開始を必ずしも意味しない」と述べ、景気循環途上での調整(Mid-Cycle Adjustment)に過ぎない、と利下げの継続性に疑義を呈した。

あくまで「景気拡大を延命させるための利下げ」という建付けだが、こうしたロジックはその後の利上げ復帰を想起させるものである。利下げを求める政治的な圧力を前に「突っ張った」という面もあるのかもしれないが、株価はこれに大きく反応し、7月31日のNYダウ平均株価の終値は前日比333.75ドル安と急落した。

会見では「一度きりの利下げだとは言っていない」、「利下げで経済を支える」など利下げの継続性をうかがわせる発言も見られてはいるが、やはり「利下げは緩和サイクル開始を必ずしも意味しない」とのフレーズが与えた傷跡は大きいと言わざるを得ない。

トランプ大統領の「口」撃はやまず

トランプ米大統領。

今回の利下げの後も、FRBにさらなる利下げを求めるトランプ大統領の「口」撃は強まることはあっても、弱まることは無さそうだ。

REUTERS/Joshua Roberts

FOMC直後の金融市場では、株式は大幅下落、為替はドル高という組み合わせの反応が見られた。

債券では米10年金利がほぼ横ばい、2年金利が1.80~1.96%で乱高下しつつも、結局のところFOMC前とあまり変わらない1.87%程度で引けた。債券市場は比較的冷静な(利下げはまだ続くという)受け止めと見受けられ、恐らくその見立ては正しいと筆者も考える。

今回のFOMCでは、元より市場とのコミュニケーションに難があると言われていたパウエル議長に対する懸念が現実のものとなったと言える。

「0.25%」という利下げ幅自体もさることながら、「タカ派的利下げ(a hawkish rate cut)」の意向を主張してしまったこともあり、利下げを求めるトランプ大統領の「口」撃は今後強まることはあっても、弱まることはなさそうである。

今回の利下げ決定後、トランプ大統領は「パウエル氏はわれわれを失望させた」といつも通りの苦情を申し立てている。こうしたテンションが「FRB議長更迭」という具体的なアクションに及ぶことがないか、金融市場は頭の片隅で警戒しておかねばならない。

上述したように、「downside risks from weak global growth and trade policy uncertainty」(世界景気の減速と貿易政策の見通しの不透明さによる下振れリスク)が利下げの理由に使われている以上、8月1日にトランプ大統領が対中輸入3000億ドル分に10%の追加関税をかける方針を公表したことは、FRBにさらなる利下げを強いる要因となるだろう。トランプ大統領がパウエル議長会見から24時間後にこのような方針をツイートしたことは、利下げを催促する意図があったのではないかと邪推してしまう。

いずれにせよ、パウエル議長の「利下げは緩和サイクル開始を必ずしも意味しない」というやや斜に構えた発言は、トランプ大統領の対中強硬策によって、もはや何の現実味も持たなくなっている。

「1歩譲れば100歩求める」市場

アメリカの工場で働く人たち。

アメリカの工場で働く人たち。米経済指標で最も重視されるはずの失業率は依然として4%を割り込むなど、FRBの「利下げへの急転回」を裏付けるほどの米景気悪化が確認されたとは言いづらい。

REUTERS/Timothy Aeppel

今回のFOMCを前に、ブルームバーグでは『パウエル議長が1歩譲ればトレーダーは100歩求める』(2019年7月30日)とのヘッドラインがみられた。筆者も全く同感である。

もともと今回の利下げの発端は、2018年から断続的に見られた株価の急落であり、基礎的経済指標の悪化を踏まえた判断とは言い難いものだった。

最も重視されるはずの失業率は依然4%を割り込み、非農業部門雇用者数の変化も大崩れはしていない。実質国内総生産(GDP)成長率を見ても、拡張財政が押し上げた2018年と比較すれば減速は見られるが、金融政策の軌道を旋回させるほどとは言えない【図表】。

消費者物価指数(CPI)やコア個人消費支出(PCE)デフレーターなどの一般物価に目をやっても、著しい失速が見られているわけではない(利上げに着手した2015年時の方がよほど低かった)。

こうした状況下、FF金利の誘導目標は2018年の「年4回利上げ」から、今年は「年3回利下げ」という観測まで浮上するに至った。このような急変を裏付けるほどの基礎的経済指標の悪化が確認されたとは言いづらい。

【図表】

【図表】

だからこそ「保険的な利下げ」であり、よく言えば「フォワードルッキングな(先を見越した)対応」なのだが、事の発端はやはり株価にあったように思えてならない。

NYダウ平均株価は2018年10~12月期に高値から最大で約20%も下落しており、これと同時並行してトランプ大統領が再三にわたってFRBの金融政策運営に「苦情」を申し入れるようになった。そのトランプ大統領とて株価を心配していそうなことは言うまでもないだろう。

つまり今回の利下げを駆動しているのは株式市場という側面が大きく、政治的なノイズも無関係ではないと見るのが無難である。

FOMCの直後には大きく値を下げたとはいえ、NYダウ平均株価に代表される株価は史上最高値圏にある。これがドル/円相場の大崩れを防いできた面も否めない。しかし、これらの相場つきの拠って立つところは、言うまでもなく米金利の低下である。

これまでの経緯を踏まえると、今後も株価が崩れるたびに市場は利下げを要求するのではないのか。今回のFOMCの後の市場リアクションからは、その一端が垣間見えた。

一度、ご機嫌取りに応じた以上、カードは1枚、2枚と連続的に要求され、最終的には「量的緩和の再開」というカードまで目をつけられかねない(現に「量的引き締め」は前倒しで終了させられた)。

そうならないためには株高に呼応して米経済の消費・投資意欲が復活するという展開が求められるが、そのような展開に至る前に、完全雇用状態にある米労働市場がいよいよ失速に転じてくる可能性が高いというのが、筆者の懸念である。

米利下げは今後1年は続く

ドルと円。

今後、米金利とドルはやはり上方向よりも下方向をにらむ方が無難だと思われ、対ドルでの円相場は強含みとみられる。

Shutterstock

今回、パウエル議長は利下げの理由として「低インフレ」にも言及しているのだが、これはインフレが戻って来なければ必然的に利下げの継続を強いられるということになる。

コア個人消費支出(PCE)デフレーターなどの基調的なインフレが前年比+2%を割り込む動きはもはや常態であり、あまりこの論点を強調するとFRBはやはり利下げ局面から抜けられない状況に陥るのではないか。もし少ない手数の利下げを希望しているのならば、余計な一言だったようにも思える。

いずれにせよ今の利下げ局面が1回や2回で収束すると考えるのは楽観的であり、今後1年は継続するというのが筆者の基本認識である。

かかる状況下で、米金利とドルはやはり上方向よりも下方向をにらむ方が無難だと思われ、対ドルでの円相場やユーロ相場は強含みに構えておくという整理で差し支えないだろう。

具体的な水準としてはドル/円相場は年内に1ドル=105円程度、ユーロ/ドル相場は1ユーロ=1.15ドル程度を想定しておきたいところである。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。


唐鎌大輔:慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)でチーフマーケット・エコノミストを務める。

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