【佐々木登板回避問題】「練習の変化で高速化、昔とは故障リスクが段違い」国保監督の先輩が語る

夏の高校野球全国大会が始まった。予選に参加した高校は3730チーム(3891校)。全国大会に出場する49校の後ろには、それだけ涙を飲んだ高校が存在する。2019年夏、その1校の監督の采配が改めて高校野球のあり方自体を問うた。

甲子園野球ボール

日程の過密さも含め、高校野球のあり方が注目された夏になった。

Cao Luning/shutterstock

岩手大会決勝で、大船渡高校の佐々木朗希投手(3年)が登板を回避し、甲子園出場を逃がした日、友人からラインメッセージが届いた。

彼女、実は大船渡高校の卒業生。

「35年ぶりの甲子園を夢みてみんなワクワクしていました。佐々木君がいるから、すごいピッチャーがいるから勝てるんじゃないかと……。悔しいです。どうしても監督の考えがわかりません」

日ごろスポーツの話などまったくしない人である。そんな彼女がこんなに憤るなんて、と驚かされた。

決勝直後は大船渡高校に150件を超える電話が殺到。その後もメディアでこの「登板回避問題」が取り上げられるたびに職員室の電話が鳴る。大半は佐々木を登板させなかった国保陽平監督(32)への抗議だ。

最速163キロを誇る“令和の怪物”の「登板回避問題」は、大いに物議を醸した。

現役選手がNOを突きつけた張本発言

大谷翔平

高校時代から150キロ台をボールを投げる超高速投手の時代。その高速との引き換えが故障のリスクだ。

USA TODAY USPW/Reuters

TBSテレビ系番組「サンデーモーニング」内で野球解説者の張本勲氏が、国保監督の起用法に対し“喝”を入れたことは特に注目された。

「最近のスポーツ界でこれが一番残念」「絶対、投げさせるべき」「ケガを怖がったんじゃ、スポーツをやめた方がいい。みんな宿命なんですから」「アメリカは(投手の)肩は消耗品という考えだが、日本は違う。投げ込んで肩を作る」

と主張したのだ。

これに対し、まずMLBのダルビッシュ有投手がSNSで「このコーナーを消してください」と反応。一晩で10万件もリツイートされ、サッカー日本代表の長友佑都選手らもこれに賛同した。

甲子園優勝監督が「僕なら投げさせる」と言えば、「佐々木は日本の宝。国保監督のやったことは英断」「いや、英断じゃない。他の選手の気持ちを考えろ」と賛否両論。

そこに以前からくすぶる球数制限問題が再燃し、「(球数制限は)公立高校には不利。不平等だ」と反対派が言えば、「メジャーからも日本人ピッチャーに故障が多いのは高校で投げすぎだと指摘されているじゃないか」と相いれぬ合戦は続いた。

「投手の練習が昔とは違う」

マウンドの写真

監督は、選手育成の変化を踏まえた判断だとしている。

撮影:今村拓馬

では、当事者ともいえる公立高校野球部の監督は国保采配をどう受け止めているのか。

「いや、あのですね。僕は、佐々木のことがなぜこんなに大事件になったのかわからないんです。高校野球自体、昔とは違うじゃないですか」

意外そうに話すのは、山梨県立都留高校の柏木洋和監督(39)。今夏の山梨大会はベスト16だが、この春までは、2017年秋から2019年春まで5季連続で県大会ベスト8に進出した。国保監督と同じ筑波大学野球部の卒業生だ。

柏木監督によると、「昔」とは40数年前のスピードガンが出現したころを指す。当時1970年~80年代くらいの高校生の球速は、120~130キロ程度と目されているそうだ。

「今の高校生より30キロくらい遅いんです。当時は130キロ台を投げるとすごいと言われた。

当時のピッチャーは持久系のトレーニングで体を作っているから、速い球は投げられない代わり、たくさん投げても壊れなかった。たくさん走って、たくさん投げて、肩を作ってきた。今とは練習が違う」

超高速投手はケガをしやすい

投手

以前の投手のトレーニング方法と現在ではかなり違う。それによって高速投手は生まれたが……(写真はイメージです)。

mTaira/shutterstock

そう、今の高校生は違うのだ。

同じ岩手の花巻東出身の菊池雄星選手や大谷翔平選手、2018年夏の甲子園で準優勝投手の吉田輝星選手、そして佐々木選手は150キロ台を安定的に投げ続けられる。

日本のピッチャーの高速化には、体幹を鍛えたり、ダッシュしたりと、科学的に根拠のある効果的な筋力トレーニングをみんながやるようになったことが関係している。トレーニング方法が大きく変わったのだ。

だが、超高速球を投げる投手はケガをしやすい。それだけの速球を投げ続ければ、肘や肩への衝撃が大きいからだ。昔より故障するリスクは段違いだという。

投手を経験している柏木監督は言う。

「大学時代、130キロ台くらいで打たせて取る、みたいな組み立てをするとそんなに(肩や肘は)痛まないが、145キロを出さなくてはならない試合では疲労度が大きかった。中1日で投げたこともあるが、これでは壊れてしまうと自分でも感じた。

張本さんが知っているころの選手とは、トレーニング方法が違うので」

張本氏の「投げ込んで肩をつくる」という持論は、おそらくご自分が現役だったころの話だろう。平成、令和では、肩は消耗品と考えられているのだ。

このように投手育成のやり方が変化しているのに、試合のやり方は以前と変わらない。地方予選なら、甲子園のように遠方からチームが集まるわけではないので、大会日程に余裕を持たせるか、準決勝以降は球数制限をする必要がありそうだ。

「お父さんの話とつなげないで」

ベンチ

国保監督は佐々木選手のことを「普通の子、普通にやらせてあげたい」と話していたという(写真はイメージです)。

撮影:今村拓馬

国保監督は既に春の練習試合の段階で、佐々木選手の球数を制限していた。

3月に会って話をしたという柏木監督は共感を寄せる。

「ケガをさせられない、ケガをさせられないと、何度も言ってました。そりゃあそうです。高校野球の監督として一生に預かることがあるかないかの逸材ですから。

速球を投げる高校生は肘や肩に痛みがでやすい。163キロを投げる佐々木君のダメージを考えるのは監督として当然だし、彼の判断は大正解。まだ身長が伸びている佐々木君は成長段階なんです。持久力をつけるのは高校を卒業してからの課題でいい。

仮に僕が監督の立場でも、佐々木選手は登板させませんでした」

当時から、国保監督は、ものすごく悩んでいたそうだ。試合での起用よりも、加熱するメディアへの対応に苦慮していた。

「普通にやらせてあげたい。佐々木君は人としての姿は普通の子。お父さんが震災で亡くなっていて、そこをつなげて出さないでほしいと話していた。決して傷は癒えていない、と。佐々木君の気持ちも、将来のことを考え配慮していた。

国保は本当に知識もあるし、いろいろなことをよく考えているし、こころのある指導者なんです」(柏木監督)

ぼくらはダブルゴールを目指している

一方、130キロ台で投げる投手については、そこまで負担は大きいわけではないという。柏木監督のチームでは、今夏のエースがベスト16までの3試合をひとりで投げぬいた。1年生の秋からエースを背負ってきたが、一度も痛みは出なかったという。

「うちのピッチャーは最速で130キロ。たぶん、全国的にそこが平均でしょう。けがをしないようには体を作ってきた。痛いと言ったことはないです。ケースバイケースで考えていけばいい。

それに公立高校だからというわけではなく、ぼくらはダブルゴールを目指していることを大事にしたい。まずは頑張って勝とうぜ、というゴール。もう一つはみんなで選手としても人としても成長しようぜという、二つのゴール。ここは国保監督も同じだと思う」(柏木監督)

県大会レベルだと球数制限はいらないかもしれないと柏木監督は言うが、甲子園の場合は条件が異なるだろう。150キロ台の投手も少なくない。例えば、ベスト8以上の試合の球数制限など、今後議論が重ねられそうだ。

いずれにしても、国保監督のように選手の将来を第一に考えてあげるのが指導者だろう。周囲の人たちも、速球投手のメカニズムを自分のなかでアップデートし、柏木監督が語った「ダブルゴール」のようなスポーツの価値を見直してほしい。

冒頭の大船渡高校の友人にそんな話をしたら、「すごくよくわかった。これからも佐々木君も大船渡高校も応援したい」と納得していた。

新しい価値観へと変わるとき、激しい議論が起きるなど混乱はつきものだ。

国保監督や佐々木選手は精神的にも大変だっただろう。だが、少なくともこのことで、球数制限はもちろん、投手の育成論が深められたのではないだろうか。

島沢優子:フリーライター。筑波大学卒業後、英国留学など経て日刊スポーツ新聞社東京本社勤務。1998年よりフリー。週刊誌やネットニュースで、スポーツ、教育関係をフィールドに執筆。『左手一本のシュート 夢あればこそ!脳出血、右半身麻痺からの復活』『部活があぶない』など著書多数。

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