リクルートはなぜ就活生の「内定辞退率予測」を売ったのか?学生無視した迷走の背景

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プラットフォームが収集した個人データは、誰のために使われるのか。

Reuters/Yuya Shino

リクルートキャリアが運営する就職情報サイト「リクナビ」で、 学生が内定を辞退する確率データを企業向けに販売していたサービスが、大きな波紋を広げている。

そもそも「内定辞退率」という学生の不利になりかねない情報を、選考企業に販売するというサービスそのものに、学生の間では「怖い」「裏切られた」との批判や困惑が飛び交っている。さらに、7983人分のデータについて本人の同意を得ずに外部提供したことが判明。これは個人情報保護法に違反する恐れがある。

こうした事態を受けて、リクルートキャリアは8月4日にサービスを廃止。「学生の皆さまの心情に対する認識欠如こそが、根本的な課題である」として、同社は陳謝する事態となった。

約80万人もの学生が登録し、日本の就活の一時代を築いてきたリクナビの個人情報を巡る問題は、データ活用が大きな存在感を持ちつつある現代社会に、そのリスクとモラルの在り方を突きつけている。

「利用者が不利になるよう働きかけて儲けるなんて」

スマホ

リクナビは国内最大級の就活プラットフォームだ。

撮影:今村拓馬

「今回の件はどう見ても倫理的にアウト」

「利用者が不利になるよう働きかけて儲けるって、とんでもない裏切り行為」

8月初頭、リクルートキャリアの内定辞退率データの販売を巡り、Twitterが紛糾した。

発端は日本経済新聞が8月1日付で、リクルートキャリアが就活生の「内定辞退率」を本人の同意なしで予測し、38社に有償で提供していたと報じたこと。

問題となったサービスは2018年3月にスタートした。例えば、前年にA社を辞退した登録学生の閲覧ページの行動履歴から、人工知能 (AI)がアルゴリズムを抽出。現在A社の選考を受けている就活生について、そのアルゴリズムを適用することで「内定辞退する確率」を、5段階評価で算出していた。この5段階評価を、就活生の名前に紐づけて、企業に販売していたという。

リクナビ利用企業3万社のうち38社のみを対象にしたテスト段階だったといい、販売価格は、他サービスと合わせて1シーズンで1社あたり400万〜500万円だった。

当初は「サービス一時休止」にとどまっていたが……

リクルートキャリアは当初、Business Insider Japanの取材に対し「個人情報保護法違反には当たらないが、(学生への)説明が不明瞭だった」と回答。本人の同意取得について改善の余地があるため、サービスを「一時休止する」としていた。

ところが、冒頭の通り、ネット上での反響は同社の想定を上回ったようだ。

  1. 個人情報の外部への提供にあたり、法で定める本人の同意取得のあいまいさ
  2. 就活生の内定辞退率の予測を企業に売るというサービスそのもの

この2点において、1もさることながら2のサービス内容にも強い批判が巻き起こった。TwitterなどSNSでの拡散のみならず、同社にも直接、不信感や抗議を訴えるメール、学生や大学関係者からの訴えが相次いで寄せられたという。

学生からは「不安、怖い、裏切られた」の声

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出典:リクナビのホームページ

週をまたいで8月5日、事態は一転。リクルートキャリアは「サービス廃止」を発表した。理由は大きく2つだ。

まず個人情報の第三者(この場合、企業)への提供にあたり、7983人分の同意取得ができていなかったことが、新たに社内調査で判明したという。人的なミスというが、これは個人情報保護法に違反する恐れがある。当初の、同意取得の際に「不明瞭な点があった」というレベルの話ではなくなる。

そして、サービスそのものの在り方に「問題があった」と結論づけた。リクルートキャリアは学生からの「不安」「怖い」「裏切られた」といった反応を受けて「学生の皆さまの心情に対する配慮不足こそが根本的な課題であると強く認識するに至った」と説明

同社は「内定辞退率はあくまで、就活生のつなぎ止めのために使うもので、企業とは合否判断には使わない約束だった」(担当者)と話しているが、約束自体に強制力はない。いわゆる“紳士協定”に、どこまで「学生の不利に使わない」抑止力があるかには、当然、疑問符がつきまとった。

まさに選考中の企業へ、学生本人も知らされない「内定辞退率」が伝わることを想像すると、リクナビそのものへの不信感が募るのも無理はない。

こうしてリクルートキャリアは「本来、保護されるべき立場の学生に、不安を与えてしまった。学生の視点に寄り添うことができていなかった」(担当者)として、学生、保護者、大学関係者に「心よりお詫び」をするという顛末となった。

売り手市場で採用に苦戦する企業

人事

就活市場は近年、学生の売り手市場となっている。内定を出しても採用に結びつかないことは、企業の悩みのタネとなっている。

撮影:今村拓馬

一連の背景には、就活市場における「採用難」という、企業にとって厳しい現実がある。少子高齢化と好景気に伴う採用難は、とりわけ新卒市場で顕著で、内定を出しても断られることは、多くの企業で日常茶飯事だ。

1シーズン数百万円でリクナビを利用しても「採用実績に対しコスパが悪い。リクナビの利用そのものを見直す方針」(外資系大手IT企業の人事担当者)との声も近年、聞かれていた。

企業からオファーが学生に飛ぶダイレクトリクルーティングや、社員の人脈を使ったリファラル採用、口コミサイトの活況など、就活支援サービスの多様化も進む。

リクルートキャリアが「内定辞退率の予測」といった、完全に「企業向き」で、学生にとって不利になりかねないデータ販売に至ったのも、こうした市場の変化と無関係ではないだろう。

人材業界ではビッグデータ活用がトレンド

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データの活用は、多くの企業にとってキーファクターとなっている。

撮影:今村拓馬

AIを使ったプロファイリングとデータ活用は、人材業界でも大きなトレンドとなっている。それだけに、リクルートの問題は各社が神経を尖らせている。

ある就活支援サービスの関係者は、リクルートの問題を受けて「うちにも企業や大学から問い合わせが相次いでいる」と明かす。

やはり、AIによる行動データを活用する、新卒採用支援のベンチャーは「弊社では内定辞退率の予測などは行なっていません。大前提として個人情報は個人が保有する資産であり、大切に扱うべきという認識」と、自社のスタンスを説明する。

別の人材系ベンチャーは「個人データの取り扱いは相当センシティブなところで、ユーザーの同意にはものすごく気を使っている。ただ、リクルートの件が他人事ではない会社は他にもあるのでは」と、漏らす。

リクルート問題はデータ利用の氷山の一角

「そもそも個人情報保護法が、何を守るための法律なのかが意識されていないことが問題です。利活用のメリットに配慮しつつも、個人の権利利益を守ることが法律の最重要の目的。今回であれば学生の利益であり、データを買ってくれる企業側の利益ではない。リクルートは客である企業側の視点に立っており、もっとも基本的なことが抜けている」

山本教授

「世界的な個人データの活用をめぐるルールづくりの潮流の中で、日本の議論は遅れている」と指摘する、慶應義塾大学法科大学院教授の山本龍彦氏。

撮影:竹井俊晴

憲法と情報法が専門の、慶應義塾大学法科大学院教授の山本龍彦氏は、内定辞退率データをめぐるリクルートの問題について、そう投げかける。

また、ウェブ閲覧履歴データから、AIを使って個人の特徴や行動を予測・評価する情報処理である、プロファイリングに対するルールづくりの議論が「日本では進んでいない」とも山本氏は指摘。

「内定辞退率のような個人の不利益につながりかねないセンシティブな情報の取り扱いには、特に配慮が必要で、企業には高い倫理性が求められる。どんなデータが何に使われているかを開示する透明性の確保と、情報の正確性に対して個人が関与できるような仕組みづくりが、世界的な流れとしてあるが、日本の動きは遅れている」(山本氏)

今回の問題は、ビッグデータの扱いがカギを握る人事領域ではまさに「氷山の一角」と、山本氏は見る。

ヤフーやLINEといった大手企業がデータを用いた信用スコアリング事業に乗り出したのも記憶に新しい。想像もつかないところで、私たちの個人データが想像もつかない使い方をされるリスクは高まる一方だ。

「この件をきっかけに、個人情報保護法の改正も視野に入れたプロファイリングに対する新たなルールづくりが、早急に求められている」と、山本氏は警鐘を鳴らしている。

(文・滝川麻衣子)

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