アメリカの先行く中国の量子科学 。「ステルス」は丸裸、兵器新調は無意味に

米中対立

米中デジタル冷戦の行き着く先は、軍事力競争だ。

REUTERS/Kevin Lamarque

中国は量子コンピューターの開発でアメリカを引き離し、ハッキングや暗号解読を不可能にする量子衛星によって、ステルス戦闘機は「丸裸」にされる —— 。

米中ハイテク冷戦で、アメリカが中国に対抗できない先端技術が量子科学分野だ。将来の戦争の概念と形態を根本から変えるとされるこの世界で、何が起きているのか。

中国に差つけられたハイテク

われわれはいま、既成の軍事概念と能力が覆され、誰がどんな兵器を使いどのように戦うかを再検討せざるを得ない時代に直面している。

「そんな革命がまさに進行している」と解説しているのは、国防戦略を専門にするクリスチャン・ブローズ(カーネギー国際平和財団ジニアフェロー)。アメリカ外交誌「Foreign Affairs」(Christian Brose「The New Revolution in Military Affairs War’s Sci-Fi Future」Foreign Affairs May/June 2019)に、米中がしのぎを削るハイテク競争をこう表現している。

その寄稿で彼は、アメリカは21世紀の20年間、対テロ戦争に追われ、さらに2010年からの軍事予算削減の結果、「ハイテク技術を開発する中国に差をつけられてしまった」と振り返っている。そして未来の軍事的優位を確保するには、ハイテク技術の導入が不可欠だと強調する。

ブローズ氏が挙げる先端技術とは次の4つだ。

  1. 人工知能(AI)
  2. 自律システム
  3. 3Dプリンターなどの先端製造技術
  4. 量子科学

新たな「スプートニクショック」

筆者は2年前、本サイトに「中国が『量子通信』実験に成功、米国の軍事優位揺るがす可能性」 を書いた。

中国の物理学者、潘建偉教授らのチームが2016年8月、世界初の量子通信衛星「墨子号」を打ち上げ、ハッキングや盗聴を不可能にする「量子暗号通信」を飛躍的に向上させたと紹介した。

米中関係に詳しい矢吹晋・横浜市立大学名誉教授は、「5G量子覇権―米中冷戦の行方」(2019年6月、蒼蒼社「中国情報ハンドブック」2019年版)の中で、量子科学分野での中国の先行と米中ハイテク戦を詳細に分析している。このなかで矢吹氏は、量子通信衛星を「スプートニク・ショック」に比較できる事件と表現した。

「スプートニク」とは米ソ冷戦時代の1957 年、ソ連が世界で初めて打ち上げに成功した人工衛星の名称。先を越されたアメリカは大きなショックを受け、その後米ソ間で激しい宇宙空間競争が展開された。

アメリカはまだ量子衛星打ち上げに成功していない。だから中国の量子衛星は、新たな「スプートニク・ショック」というわけだ。

解読できない中国の暗号

習近平

中国は海外に留学していた研究者を呼び集め、先端科学、先端技術の研究に力を入れる。

REUTERS/Maxim Shemetov

潘建偉チームは衛星に続き2017年5月3日、「光量子コンピューター」の開発に成功したと発表した。これを報じた新華社によると、試作機のサンプル計算速度は、世界の同様の研究チームによる実験の2.4万倍以上に達したという。

量子コンピューターの能力は、従来の「0か1か」の演算とは異なり、「0かつ1」という2種の状態を「量子ビット」とすることで、並行計算が可能で計算能力は飛躍的に高まる。理論的には、従来のコンピューターなら数万年かかる複雑な計算を数秒間で解決できるという。

量子情報はコピーできない。そのためハッキングできない状態で、情報の送受信が可能だ。つまり中国の暗号システムをアメリカは解読できない。一方、アメリカの伝統的暗号は量子通信によって解読されてしまうから、「ステルス戦闘機は丸裸にされる」(矢吹氏)のだ。

「鬼ごっこ」は不変だが

人民解放軍

デジタル、AIの発展により、戦争の概念が変化する可能性も。

REUTERS/cnsphoto

では量子科学を含む先端技術で、戦争の概念と形態はどのように変わるのか。

戦争における基本の動作とは、「隠れることと探すこと」にある。つまり「鬼ごっこ」だ。これは古代から伝統的な近代戦、さらに将来の戦争でも変わらない。

攻撃側はいかにして相手に探知されず接近し、守備側は相手がどこにいるかを攻撃される前に見つけようとする。

ブローズ氏によれば「量子科学で最も早く実用化」されるのは「量子センサー」だという。

量子センサーは、航空機による気流変化や潜水艦による水流の変化などをいち早く感知できる。また無数の無線端末によって情報収集する「ユビキタスセンサー」を使うと、駆逐艦の代わりに数十のミサイルを積んだ自律航行型船舶の配置によって、人命を損なうことなくより効率的な攻撃が可能になるだろう。

部隊に食糧、燃料、不足品を補給する兵站(ロジスティクス)の概念も根本から変わる。自律型の無人航空機と船舶は燃料も少なくて済む。もちろん食糧は不要になる。「兵站の思想」自体が消えるかもしれない。

無意味化する兵器更新

ファーウェイ

5Gの技術で世界一に登り詰めるファーウェイ。アメリカはファーウェイが世界市場を席巻することを恐れている。

REUTERS/Aly Song

アメリカは中国の華為技術(ファーウェイ)を排除しようとしているが、それはファーウェイが次世代通信規格「5G」の構築で技術、経済両面で優れ、アメリカを引き離しているからだ。

矢吹氏は「5G時代の後半は、量子コンピューターに依拠することが想定されている。量子コンピューターをめぐって米中両国で密かに進められている『開発競争』の前哨戦こそ、現在の米中対立の核心にほかならない」と位置付けている。

「中国の科学者たちが自力で世界に先駆けて実現したことで、墨子衛星は『誇りの核心』と化しています」(矢吹氏)

一方のブローズ氏は、伝統的な兵器開発について「戦闘機や空母などの軍事プラットフォームをより優れたものに更新する考え方を捨て去ること。将来の軍隊の質はAIの質に左右される」と指摘している。

では日本はどうするのか。

安倍政権は1機100億円以上の「F35ステルス戦闘機」を140機、地上配備型ミサイル迎撃システム「イージス・アショア」2基を総額数千億円で買う計画だ。ブローズ氏は、量子コンピューターでいずれ「丸裸」にされかねないステルスを、「最後の有人戦闘機」と呼ぶ。

岡田充(おかだ・たかし):共同通信客員論説委員、桜美林大非常勤講師。共同通信時代、香港、モスクワ、台北各支局長などを歴任。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。

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