不正入試から1年、東京医科大初の女性学長が語る改革。学生・医師にも「働き続ける覚悟」を

東京医科大学が、入試で女子や浪人年数の多い受験生の得点を一律に下げていたことが発覚してから1年。これまで入試改革にどう取り組んできたのか。林由起子学長がBusiness Insider Japanの単独取材に応じた。

不正入試の原因となったとされる医師の働き方については環境整備に努める一方で、女性医師や女子医大生に責任感を求めた。

機能していなかったアドミッションセンター

東京医科大

東京医科大の林由起子学長。取材は8月1日。

撮影:今村拓馬

BI:不正入試の件は、2018年8月2日に新聞が報じ、発覚しました。林学長は2018年10月に初の女性学長に就任されて以降、何に一番注力して取り組んできましたか。

林:やはり一番は入試改革です。推薦入試が11月、一般入試が2月からという待った無しの状況で、二度と同じような問題が起こらない仕組みをつくろう、なんとかして皆さんの信頼を回復しようとやってきました。

BI:改革の内容を具体的に教えてください。面接担当者を2人から3人に増やしたり、合否判定資料から受験生の名前や性別、年齢を削除したりしたことがすでに報じられていますね。

林:入試のことを決める入試委員会は、これまでは学長や副学長など大学の執行部が担ってきたのですが、そのメンバーを教授会の選挙で決めるよう改め、執行部とは独立した組織にしました。(※同大の調査報告書で、不正は前理事長の臼井正彦被告の指示だったと指摘されている)

アドミッションセンターもありましたが、 このたび内容を刷新し、よりセンターを中心に入試を考えるような仕組みを作りました。

また入試で不正が行われないように第三者からのチェック機能として、外部の人に監査委員をお願いし、合否判定なども外部監事や弁護士に入っていただいております。

不正入試は青天の霹靂

東京医科大

撮影:今村拓馬

BI:アドミッションセンターはこれまでなぜ機能しなかったのでしょうか。

林:私もよくわからないのですが、実態は名ばかりのものだったと思います。本来、アドミッションセンターは、その大学がどういう学生にきてもらいたいのか、そのためにはどのような入試を行ったらいいのかを検討し、 入学試験の問題作成や採点までを統括する組織です。にもかかわらず、「例年通り」が繰り返されてきた。

BI:学長自身はこの問題が発覚したとき、どう思いましたか。

林:まさかと思いました。私も教員ですので、入試でも面接などに携わっていました。女子の受験者や合格者がどのくらいいるのかも把握していたので、問題が発覚した年は女子の合格者が少ないなと思いました。

ただ、その前年は全体の4割以上の女子がいたので、操作されていたなんて全く考えもしませんでした教員同士でも「今年は女子が少なくて寂しいね」と話していたくらいで……。

「もともと分かっていたこと」という学生も

BI:学生たちはどのような反応でしたか。

林:私も学生の気持ちを知りたくて、個人的に授業でアンケートを取りました。今回のことをどう思うか、無記名でいいから自由に書いてと。学生によってものすごく温度差がありました。

「そんなの、もともと分かっていたこと」と書いてくる学生もいて、そんなに冷めてていいのかなと。一方で、「せっかく希望を持って入った大学がこんなことになって悔しい」という学生もいました。

受け止め方に幅があるので一概には言えませんが、大学はきちんと対処して欲しい、そして自分たちも外からの視線を感じているのか、きちんとしたいと決意しているような傾向、変化は全体的に見えました。

男女の合格率はほぼ同じが妥当

東京医科大

撮影:今村拓馬

こうした改革を行った2019年度の入試は、女子の合格率が 20.21 %で、男子の 19.84 %を上回った。

BI:2019年度の合格率は女子の方が上回りました。この結果はどう受け止めていますか。

林:男女比は受験者数の割合に応じて変わるけれど、合格率はほぼ同じというのは妥当な結果だと思います。 低学年の場合、女子学生の方が真面目でコツコツ型が多く、男子学生の中にはあまり勉強しない学生もいる、という傾向はあるかもしれませんが、学生に性別による能力差を感じたことはありません。

BI:なぜこうした問題が起きたのか、原因については議論されましたか。

林:内部調査委員会や第三者委員会を設けて検証しました。根底には女性医師の働きにくさがあると考えています。

ただ、この問題はメディアや医療界全体で議論が起こって、外から問題提起された部分も多く、私どもの大学だけではなく、国全体で考えていく1つのきっかけにはなったのかなと思います。

妊娠出産のしわ寄せ同僚に、現場はギリギリ

ベビーカー

不正入試問題では、出産後の女性医師の両立の難しさが改めて浮き彫りになった(写真はイメージです)。

shutterstock/ucchie79

BI:女性医師の働き方の問題、もっと言えば医師の数が少ないのではないか、医療費全体のことも含めて考えていくべきだとさまざまな指摘がなされました。東京医科大学以外の大学でも不正入試が発覚したりと、皆同じ構造的な問題を抱えていたことも分かりました。

林:私の学生時代は医学部の女子学生は 1〜2割くらいでしたが、今は3〜4割はどの大学でもいます。当然、女性医師も増えていて、それは「自然増」という感覚でした。

ただ、女性は妊娠出産などのライフイベントで一時期パフォーマンスが落ち、そのしわ寄せが同僚などにいってしまう。女性医師の対応1つでギスギスしてしまうほど、ギリギリの現場は本当にギリギリだと思います。

もちろん入り口(入試)で操作するのはいけない。でも出口から先、医者になった後の仕組み作りが充分でないのは確かです。東京医科大学で属性により入試を操作した理由として、女性医師の増加を懸念していたと言われていますが、女子があんまり増えすぎても……という気持ちは根底にあったのかもしれない。

女性医師も女子医大生も働き続ける責任感を

東京医科大

撮影:今村拓馬

BI:女性医師の働き方改革は病院側が主体になるので、林学長が直接指揮を取れるわけではないと思いますが、どうすればいいと考えていますか。

林:保育所やシッターなどのサービスも増え、子育てがしやすい環境は整いつつありますが、一方で、医師の働き方改革は慎重に行っていかないと 、医療自体が壊れてしまうような状況です。社会全体の人口が減っていく中で、医師の数はこれ以上増えないかも知れません。 当面はワークシェアリングでしのいでいくしかないのかなと思います。

これから増えていくであろう女性医師の皆さんに、可能な限りやめないでいただく仕組みが必要だと思います。 これまでも東京医科大学は独自の短時間勤務制度や復職支援など、女性医師が働きやすく、やめなくてもよい仕組み作りに取り組んできました。

今後も、女性医師が職責を全うすることができる仕組み作りを進めていきたいです。その一方で女性医師も責務をしっかり果たすという気持ちを持つことが大切だと思います。

学生にも教職員にもダイバーシティ研修

東京医科大

教職員へのセミナーの案内など。

撮影:竹下郁子

BI:1つの大学や病院だけで手をつけられる問題ではないですよね。

林:そうですね。女性医師の問題だけではなく、 社会全体で医療を取り巻く環境についての意識改革が必要だと思います。

また、学生時代から考え方を根付かせることも必要です。女子学生には、周りがサポートするからあなたは仕事を続ける権利と責任があると、男子学生にもそれは当然のことだと伝えていかないといけません。

今年度から外部の講師にお願いして、ダイバーシティの授業も始めました。妊婦ジャケット体験やLGBTQなどジェンダーに関することなど、少しずつ取り組んでいます。

教職員への研修も行っています。ただ参加は任意なので、声かけを行ったりして参加を促すように頑張っているところです。

若い人の意識が変わってきている一方で、年齢が上がるほど頭が固く、変化に柔軟に対応できない傾向があるとも感じます。若い人の声をすくいあげられるような仕組みが必要ですね。

学生に不正入試についてのアンケートを取った際に、変えて欲しいこともあわせて聞いたんです。そうしたら女子学生が増えるのだったらロッカーとトイレを増やして欲しい、ウォシュレットもつけて欲しい という声が多かった。早速トイレは増設しました。

女性の主任教授は私1人だった

病院

医学界のジェンダーバランスが問われている(写真はイメージです)。

撮影:今村拓馬

BI:初の女性学長ということでシンボリックな変化でしたが、上層部全体も変わったんですか。

林:執行部のメンバーは全員変わりました。でも年齢構成はそんなに変わっていないですね。女性もいません。学長という職がまさか自分に降ってくるとは思いませんでした。自信も無いし、初めはお断りしました。でも女性の主任教授は私1人しかいないし、少しでも大学の役に立てればと最終的に引き受けました。

BI:女性の主任教授が1人ですか。

林:他の大学も同じような状況じゃないでしょうか。医学部って日本社会の縮図なのですよね。教授会に出席すると、男性がズラ〜っと。でも今年は女性の主任教授がもう1人増えたので、本当に1歩1歩という感じです。

医科大学には女性教授が少なすぎますね。主任教授を公募しても手をあげる人がなかなかいない。女性はポジションより仕事の中身を重視する人が多い傾向もあります。これも女性医師が3〜4割になって継続して働くのが当たり前になってくれば変わってくると思います。あと20年くらいかかるかもしれませんが……。

私は研究職が長く、理解のある上司や同僚に恵まれたこともあって、働きづらさを感じずにきました。臨床の第一線でやる時期、研究に従事する時期など、ライフステージに合わせたキャリアの築き方もあると、若い人たちに教えていくことが大事なんでしょうね。 同時に上司や同僚の理解も不可欠です。

1年経って危機感が軽くなっている

東京医科大学は2017、18年度の入試で不正に不合格とした受験生を追加合格として受け入れた。しかし、定員を理由に再度不合格とされた女子もおり、不十分だと批判されている。

また受験料の返還などを求めて、元受験生やNPO法人・消費者機構日本らから複数の裁判を起こされている。大学は請求の棄却を求め、争う姿勢だ。

補償に関しては「進行中なのでコメントできない」(林学長)とのこと。

不正入試の発覚などもあってか、2019年度の同大学の志願者は、2018年度の3000人から3分の1ほどに落ち込んだと報じられている(朝日新聞2019年2月16日)。

BI:不正入試以降、大学内や医局内の雰囲気は変わりましたか。

林:ドラスティックには変わっていないと思います。当時のものすごい緊迫感、これではいけないという空気は、今は少し落ち着きつつあるようにも思います。大学としてまだまだ変えていかないといけないことも多いのですが、1年経って気持ちが緩んでしまうことが、今後は怖いかなと。

「例年通り」「これまで通り」という考え方の結果が今回の不正入試です。 二度とこのようなことが無いよう、 私たち上層部は常に敏感でいないといけないなと思います。

ランクの高い大学だとアピールしたい

東京医科大

撮影:今村拓馬

BI:大学病院を志願しない若い人が増えていると聞きます。「無給医」も大きな社会問題です。不正入試の件で信頼が揺らいでいる今、学生にどう呼びかけますか。

林:私たちはやるべきことをやるだけです。今後は入試での不正は二度と起こらないので、安心してくださいということ。

学長になって改めて気づいたのは、公的研究費の獲得や、論文の引用数などの数値を見ると東京医科大学は非常にランクの高い大学だなと。客観的な評価で良いと言われているところはしっかりアピールしていきたいなと思っています。

また、本学には無給医はおりません。 大学病院は臨床、教育、研究の3本柱を経験できる、つまり自分のアンテナをたくさん伸ばせるすばらしいところです。実利的なことだけではなく、そういう楽しさを学生時代から伝えられる教育ができたら良いなと考えています。

(聞き手・浜田敬子、構成・竹下郁子)

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