いよいよ「米中通貨安戦争」か?「1ドル=7.0元」突破の読み方

米ドルと人民元。

これまでしばしば取りざたされてきた米中の「通貨安戦争」というフレーズが、にわかに現実味を帯びている。

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8月5日、ドル/人民元がついに1ドル=7.0元の節目を割り込んだ。2008年5月以来、11年ぶりの安値となる。

「チャイナ・ショック2.0」?パニックに陥った市場

ニューヨークのトレーダー。

米株価が急落した8月5日、ニューヨーク証券取引所のフロアで市場の動きをチェックするトレーダー。NYダウ平均株価は一時960ドル安を付け、市場はパニック状態に陥った。

REUTERS/Brendan McDermid

米中貿易戦争が続く中、中国政府が「1ドル=7.0元」を防衛できるかどうかが次のカタリスト(相場の変動を誘発する「触媒」)になりかねないと言われてきた。案の定、「7.0」突破を契機として株価は下落、為替市場では円高傾向が強まり、ドル/円相場は一時、1月3日以来の105円台半ばまで値を下げた。

2015年8月の経験をベースとして「チャイナ・ショック2.0」を想起する向きも多いと思われ、8月5日のNYダウ平均株価は一時960ドル安とパニック状態に陥った。

人民元の急落を捉えて、アメリカが即座に中国を「為替操作国」(貿易で競争上の優位を得るなどの目的で為替を操作している、と米政府が判断した国)に認定すると発表したことが、リスクオフ(回避)ムードに拍車をかけている。

人民元相場が急落し、中国が制御不能な資本流出に見舞われたチャイナ・ショックから丸4年。これまで事あるごとに使われてきた「通貨安戦争」というフレーズが、にわかに現実味を帯びている。

8月6日にはドル/人民元相場は一時的に緊張感が和らいだが、後述するように、これは人民元の一方的な下落も困るという中国政府の難しい立ち位置の結果でもあり、楽観はできない。

米追加関税に対する「意趣返し」

トランプ米大統領。

アメリカのトランプ大統領は8月1日、対中輸入3000億ドル分に対して追加関税を課すと表明。今回の動きは、それに対する「意趣返し」だとの声が目立つ。

REUTERS/Joshua Roberts

今回の動きは、8月1日にアメリカのトランプ政権から発表された対中輸入3000億ドル分に対する追加関税への意趣返しだ、と解釈する向きがほとんどである。

中国の対米輸入額の方がアメリカの対中輸入額よりも圧倒的に少ない以上、中国政府は「輸入品に課税する」という武器だけでは貿易戦争を戦えない。

理論的には10%の追加関税は10%の通貨安で相殺することが可能である以上、アメリカが中国に追加関税を課すたびに、対ドルで人民元が下落する筋合いが出てくる。資本流出のリスクにさえ配慮できれば、通貨安は中国政府からすれば極めて真っ当な基本戦術と言える。2018年以降のドル/人民元相場の動きを振り返ってみても、そうした通商交渉と元相場の関係性は浮かび上がる【図表1】。

とはいえ、これまでも両国の緊張激化と元安には安定した関係があったものの、今回の下落はこれまでにない性急なものであり、中国側の対抗措置としての色合いを強く感じざるを得ない。

【図表1】

【図表1】

この相場変動を受けて、中国人民銀行は人民元相場に関するQ&Aを公表しているが、「アメリカの一国主義ないし保護主義、とりわけ対中関税の影響を受けて、人民元が対ドルで1ドル=7.0元を超える下落に至っている」との趣旨に言及している。そればかりか、「当面は6.0台に戻ることはない」との見通しも示唆している。明らかに意思を持って為替水準に触れているため、こうした情報発信が為替操作国認定の決め手となった恐れはあるだろう。

こうした値動きに至る気配は事前にあった。

6月7日、ブルームバーグとのインタビューで易綱・中国人民銀行総裁は「特定の数字が他の数字よりも重要だとは思わない」と7.0元台への下落を容認するような姿勢を示唆している。同じインタビューの中で易総裁は「貿易戦争と人民元の動きに関連が明らかにある」、「米国からの膨大な圧力によって最近は若干下げている」などとも述べていた。

中国としては、アメリカの「次のアクション」に応じて7.0元台を容認するとの方針を胸に秘めていた可能性があるだろう。

「為替操作国」認定はさらなる対中制裁につながるか

米財務省。

今回の人民元安を受け、米財務省は中国を「為替操作国」と認定した。

Thisisdavid88/Getty Images

今回の元安に対しては、為替操作国認定をした米財務省に加え、米商務省の動きも気になるところだ。

5月23日、米商務省は外国の政府の補助を受けて不当に安く輸入された製品に課す「補助金相殺関税」の計算手法を見直す方針を発表している。この際、「当該国政府による通貨の低め誘導も考慮する」としている。

これは事実上、「通貨安で追加関税を相殺」という対抗措置を無効化する動きであり、5月中に大きく下落していた元相場を意識した措置と考えられた。

今回の元相場急落は、トランプ米大統領が対中追加関税を課すと表明したツイート(8月1日)からわずか2営業日後の出来事なだけに、「関税を打ち消すための通貨安」と整理される可能性は高く(恐らくそうなのだろうが)、アメリカ側が何らかの踏み込んだ決断をしてくる可能性はある。すでに為替操作国と認定されているのだから、商務省からより制裁色が強い一手が出てきても不思議ではない。

一方、為替操作国認定から想定されるアメリカ側のアクションのインパクトは、それほどではないという声もある。

というのも、もともとは通貨安誘導をしている貿易相手国に対して、米政府が対抗措置を取るように義務付けるという意図で操作国認定がなされるのだが、すでにこれだけ対中追加関税を打ち込んでいる以上、新味のある一手はあまり想定されないのが実情だろう。

米財務省は「認定の結果、ムニューシン財務長官は中国による不公平な競争を排除するため、国際通貨基金(IMF)に働きかける」と表明しているのだが、そもそも米中という二国間協議でこれだけ苛烈な対立が発生しているところにIMFという真っ当な第三者を入れると、むしろアメリカによる制裁の手は緩まる可能性すらあるように思うのは筆者だけだろうか。

「アメリカの対中追加関税⇔人民元安」という負の循環

2015年のチャイナ・ショック。

2015年8月、チャイナ・ショックを受けた株価急落を示す株価ボード。中国は制御不能な資本流出に見舞われた。

REUTERS/Bobby Yip

中国はもはやかつてほど潤沢な経常黒字を有しておらず、2019年4月のIMF世界経済見通しでは「2022年には経常赤字国へ転落する」との見通しが示されるまでに至っている。元安が進むこと自体、人民元の需給環境の緩みと整合的という見方もできる。

こうした対外経済部門の劣化が見えている以上、中国政府としては「チャイナ・ショック2.0」のような制御の難しい状態に直面し、外貨準備を大量に費消してしまうことを警戒せざるを得ない。それゆえに、制御不能の資本流出を促しかねない大幅な元安には一定の警戒感を抱いているはずである。

IMFは中国の外貨準備残高について不十分とする見方も示しており【図表2】、外貨準備を現水準以下に押し下げられるような展開は、中国政府にとって脅威なのだと推測される(ある程度まで目減りしてしまった場合、投機的な元売りに対して外貨準備を使った為替介入で対抗しきれるかどうか、という危険な争点が浮かび上がってくるからである)。

しかし、矢継ぎ早にアメリカから追加関税を課される中では「基本戦術としての元安」がある程度、必要になってしまうという事情もある。

問題は、こうした元相場に対する中国政府の複雑な胸中をトランプ政権が正しく理解していないことである。

【図表2】

【図表2】

逐一難癖をつけて追加関税を打ち込むアプローチをトランプ政権が続ける限り、中国はある程度の元安を容認せざるを得ない。今後も、米商務省の新方針や為替操作国認定に伴って、元安を理由にした追加制裁が検討される恐れはある。

非常に愚かとしか言いようがない状況だが、両国対立の源泉が次世代技術やこれに伴う軍事上の覇権争いにあるとした場合、経済合理性を超えた次元で摩擦の激化が続く可能性は、残念ながらあるだろう。覇権や面子を守るために採算度外視の争いが続けられてしまう。

結果、「追加関税⇔元安」という負の循環において元相場が新安値を断続的に更新し、そのたびにリスク回避ムードが強まって円高が進む恐れがある。

アメリカの経済・金融情勢が弱気に振れることを背景にドル全面安が進み、その結果として円高が進むと考えてきた筆者のメインシナリオにとっては、その確度を強める材料が中国側から出てきたという整理をしている。

米中貿易戦争はあくまで水物であり、恐らくトランプ大統領のツイート1つで今後も二転三転するだろう。それはそれで重要なことだが、金融市場の取引の大前提は、現状のところ「米金利は低下する」という1点にあることは忘れないようにしたい。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。


唐鎌大輔:慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)でチーフマーケット・エコノミストを務める。

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