結婚へのプレッシャーから、マッチングアプリでの出会いを求める。だが、そこには思いがけない壁があった。
撮影:足立健二
お盆休みを前に、都内在住のサクラさん(仮名・35)は少し憂鬱になっている。
実家に帰るたびに、母親から「今年こそは」と発破をかけられる。孫の顔が見たいと、暗に年齢のことをつつかれる。実家のある人口4万人の町に残った同級生の多くは結婚し、子どもが高校生という友人までいる。
「結婚した友人が利用したお見合いサービスの入会金が10万円と高額だったという話をしたら、お母さんは『私が払ってもいいよ』って。37歳の兄がいますが、現在無職で、結婚する気配はありません。その期待も私が背負っている感じです」
サクラさんはそう言って、うなだれる。
というのも、期待した「婚活最強ツール」での出会いも座礁に乗り上げているからだ。
条件は年収800万以上、あえて下げない
35歳になると、途端に「いいね」が減るといういう現実。
撮影:足立健二
2019年1月、サクラさんはマッチングアプリ「ペアーズ」に登録した。累計会員数1000万人を突破する働く男女の“最強婚活ツール”との評判に期待して。
気になるプロフィールの相手に「いいね」を送り、相手からも「いいね」を受け取ると、ペアーズ上で直接メッセージのやり取りができる仕組みだ。サクラさんはペアーズの魅力をこう語る。
「コンパはもう時間がもったいなくて。『何系のお仕事ですか』なんて遠回りの質問をして、職業や年収、家族構成を探っていました。聞いたことのない会社の名刺をもらったら、帰りの電車で社名と年収というキーワードを入れて検索して、転職サイトで年収を調べていました。だけどペアーズなら、一発で希望の相手の条件を検索できます」
ペアーズでは年齢や最終学歴、お酒などの嗜好品まで、さまざまな条件で相手を検索できる。サクラさんにとって、譲れない条件が年収。条件は「800万円以上」だ。
「それだけ稼いでいる人は少ないと知っていますが、都内で暮らし、子どもも2人以上欲しいとなると、それぐらいは必要。ほかの条件と合わせても100件以上ヒットするので、あえて検索条件を下げる必要はありません」
「じゃ、5000円いいですか」で冷める
条件では「いいな」と思っても、会ってガッカリすることも少なくない。
撮影:足立健二
これまでにペアーズでマッチングした男性10人と会った。うち3人とは2回会い、1人とは3回会った。
3回会ったのは、都内一等地に親から受け継いだ不動産を所有する35歳の男性だ。実際に会うと、写真よりは太っていたが、「年収が高いから仕方がない」と割り切った。会話は特段盛り上がらなかったが、都内の私立一貫校に小学校から通っていた話を聞くと、自分とは違う世界の人だと感じた。
一度目はレストラン。二度目はプラネタリウム。三度目は夜景の綺麗な高層ビルにある焼肉店。それまで手もつないでいなかったが、三度目はセックスしてもいいと思っていた。
しかし、サクラさんは一人、帰りの電車に乗ることになる。
「一応、お会計のときに礼儀としてお財布は出して、ただ飯食べにきたわけじゃないというアピールはするんです。1、2回目は『いいです』と言われて奢ってくれたんですが、3度目は『じゃ、5000円いいですか』って。一気に冷めました」
帰りの電車では、すでにペアーズ上で次の相手と連絡を取り始めたという。男性からはその後も交換したLINEを通じてメッセージが来たが、無視している。
35歳になった途端、「いいね」が半分以下に
そんな強気のサクラさんに5月、異変が訪れた。
「それまでは毎日10いいねくらいはきていましたが、35歳になった途端、3〜5しかこなくなり、男性の年齢層が上がりました。明らかに40代、50代のいいねが増えて、同年代、年下からが減りました。男性は女性の高齢出産を避けるために、結婚相手の上限を34歳にしていると思います」
主なユーザー層は20代中盤から30代中盤。マッチングアプリで出会った結婚は“ペアーズ婚”などと言われる。
公式サイトよりキャプチャ
ペアーズによれば、ユーザーの年齢層は男女ともに20代中盤から30代中盤が最も多いという。35歳以上は男性の29.2%、女性の19.5%と、割合は一気に少なくなる。
サクラさんの大学時代の友人で、都内で事務職に就くツバキさんも(35)も「ペアーズ35歳の壁」を痛感している。
「本気の婚活モードに入ったのは34歳になってから」。ツバキさんはマッチングアプリに登録し、高条件の男性を探すようになった。
撮影:足立健二
「メッセージのやり取りをしていた人から、35歳になった途端に、急に返事がこなくなりました。これまでは離婚歴のある人は嫌なので、それを検索条件に入れていましたが、今はバツイチでも子どもがいなければ大丈夫です」
一部、検索条件を緩めたのに、それでも条件は厳しい。ツバキさんの検索条件を見せてもらった。
- 年齢 30歳~44歳
- 居住地 東京
- 身長 175センチ以上
- 職種 医師、弁護士、大手商社、大手外資、パイロット
- 年収 800万円以上
- 体系 やや細め、普通、筋肉質
- 学齢 大学卒、大学院卒
ツバキさんに取材をした7月末時点で、上記の条件で593人がヒットした。ただ、会ってみないとわからないことは多い。
「人事部の面接官のような気持ち」
マッチングアプリはベンチだが、ドキドキは次第に薄れ、「人事部の面接官のような気持ち」だとツバキさん(写真はイメージです)。
撮影:今村拓馬
4月、商社に勤める男性と会った。「川沿いに桜が咲き、とても綺麗です。一緒に見に行きましょう」と誘われ、午後7時に都内の駅で待ち合わせた。時間帯的に食事が先かと思っていたが、向かったのはカフェ。テイクアウトのコーヒーを飲みながら、川沿いの桜を見て歩いた。見た目はかっこよく、会話も弾んだのだが……。
まだ肌寒い時期だったが、「座って話しましょう」と言われ、階段のような場所に腰を下ろした。過去の恋愛話などを聞かれ、『寒いよね。手を温めてあげる』と。でも、お腹もすいていたので少しキレ気味に、「何か食べにいきません?」と言った。それで連れて行かれたのは普通の居酒屋。
「高いものが食べたいわけではないですが、出会いにかける意気込みを見せて欲しかったです。しかも、割り勘で……」
ツバキさんは昨秋にペアーズに登録して以降、この男性を含めた5人に会った。だが、この男性以外、デートに発展した男性はいない。
「最初のうちはドキドキもしますが、だんだん人事部の面接官のような気持ちになってきます。検索条件による書類選考をして、実際に会ってそれを確かめるような感じ。恋愛に発展するような熱さはありません。ドキドキが残っている間に相手を決めないと、恋人探しは難しいかもしれません」
とはいえ、指先一つで好条件の男子を選べるマッチングアプリの世界。
ツバキさんは35歳の壁にぶつかった今も、ペアーズ上での出会いを探している。最近は、まだドキドキが残っていそうな、ペアーズを始めたばかりの人をターゲットにしているという。
(文・撮影、足立健二)