脅迫に屈しないとはどういうことか。作家・川上未映子さんが体験して考えた「わたしの戦い方」

2018年秋、ネット上で危害予告を受けていたという作家の川上未映子さん。「あいちトリエンナーレ2019」の「表現の不自由展、その後」の中止を受けて、自身の経験をもとにした思いをインスタグラムに投稿した。

個人として表現活動を奪われるような脅迫にどう向き合うのか。

7月には最新刊『夏物語』では、現代を生きる女性たちが感じる生きづらさやそれでも自分なりの生き方を懸命に模索する姿を描いた川上さんが思いを綴ったインスタグラムを転載させてもらった。

mieko kawakami black and white

川上未映子さん。「あいちトリエンナーレ2019」に対する脅迫について、思いを綴った。

提供:mieko.jp

あいちトリエンナーレの「表現の不自由展、その後」が中止になりました。

議論は活発になされるべきですが、展示に関して政治や政府高官などの発言により制限と圧力が加えられたことに憤りを覚えます。

そして何より、テロおよび危害予告など、表現の自由を幾重にも奪う行為がなされたことに強い怒りを禁じ得ません。


芸術と政治、表現の自由と公的資金、また歴史認識との関係についてどう捉え理解するのか、様々な考えかたがあり、ひきつづき各々が思考を深めるべきですが、ひとつだけ、テロおよび危害予告という卑劣な行為について。


昨年10月にわたしはネット上で殺害予告ともとれるような危害予告を受け、数ヶ月にわたり、開催を予定していたイベントや講演などに登壇できなくなりました。

実はわたしは10年に渡って複数のストーカー被害にあっており(現在も警察の監視下にある人物もいます)、過去にも講演が中止されるということもあったのですが、海外から作家を招いて行う、その秋のイベントは何ヶ月も前から準備をしていたもので、大変なショックを受けました。


届けを出した警察で事情を話し、警備の徹底強化も含め、なんとか登壇できないかと相談したのですが、「お客さんに危害が加えられる可能性が少しでもある場合、警察としては中止か不参加を強くお願いしたい」と求められました。

来てくださったお客さんを危険に晒すことなど絶対にあってはいけないことなので、わたしも同意しました。

それ以外に方法はないということは理解しましたが、同時に脅迫に屈することにもなり、またそのような卑劣な行為で他人をコントロールすることが

できるのだと暗に認めてしまったようで、忸怩たる思いをしました。

mieko kawakami

今回の、あいちトリエンナーレの展示にたいし、政府の介入、さらには職員個人への攻撃や誹謗中傷に加え、ガソリンをまくなどといった、現在考えうる限り最悪の脅迫がなされて、議論や対話の機会もないままに、中止に追い込まれてしまいました。


そのこと自体は本当に残念なことですが、来場者や現場の職員たちの安全を最優先した結果について「テロや脅迫に屈した前例となる」ことを懸念したり、運営にたいして覚悟が足りないという意見には、気持ちは本当によくわかるけど、しかし今現在、それ以外に選択肢はなかっただろうと思います。


もし実際に何かが起きてしまったとき、「テロに屈しない姿勢」は、そのまま「テロを誘発した無責任な行動」に転じてしまいます。


そしてそんな理屈よりも何よりも、現実に犠牲者が出てしまうのです。血が流れ、取り返しのつかないことが起きてしまうのです。何よりも避けなければならないのは被害を未然に防ぐこと。そして、会期中、強度の不安とストレスにさらされつづけることになる職員の方々の安全の確保。

その意味で、中止じたいは本当に残念ですが、わたしは、津田大介さんをはじめ、運営による今回の判断を支持しています。


「脅迫に屈しない」「テロに屈しない」とはどういうことなのか。


状況も違えば規模も異なる様々な現場で、テロに屈しない姿勢とは、意に介さないことなのか。予定通り実行することなのか。それとも別の方法があるのか。

ひとりひとりが考え、 知恵を出しあう必要があると思います。


わたしは、危害予告を受けたあと、即刻、警察に被害届けを出しました。そして、匿名によるその書き込みにたいして情報開示請求裁判を起こし、先日、書き込みをした人物の情報が開示されました。


その後、警察による家宅捜査が行われ、パソコンが押収されました。初犯であることと犯行を認め、保証人がおり、また逃亡の恐れがないことから逮捕は見送りになりましたが、これから民事裁判を起こし、損害賠償請求をする予定でいます。


過去から続くストーカーの案件で、警察とのやりとりの経験は継続的にあり、いわば「慣れている」わたしでさえ、(そしてわりとタフなわたしでさえ)

被害に遭い、そのことに向きあって、さらには裁判を起こすというのは、強いストレスを感じます。


けれど、危害予告という卑劣な行為にたいして泣き寝入りをすることは絶対にしません。

今後、もしまた同じようなことが起きても、即時、同様の対応をとります。


昨年の秋の大切な仕事での登壇はかないませんでしたし、いろんな方々にご心配とご迷惑をかけてしまったことは取り返しがつきませんが、しかし、このようにして、時間をかけて、「絶対に脅迫には屈しない」「卑劣な行為は絶対に許さない」という意志を示すこともできるのではないでしょうか。

卑劣な行為をした人物は責任を追求され、罰せられるという「前例」になるのではないでしょうか。


また、表現者は、今回のような、行政による馬鹿げた抑圧と顛末をしっかりと目を見ひらいて観察し、批評性を磨き、表現の本来をその作品で発揮しましょう。

みんなひとりだけど、ひとりじゃないぜ。


川上 未映子さんのインスタグラムから転載

https://www.instagram.com/p/B0vYnDsFeOm/

こちらの投稿は川上未映子さんのブログにも掲載されています。

http://www.mieko.jp/blog/2019/08/05/2402.html

川上未映子:1976年8月29日、大阪府生まれ。 2007年、デビュー小説『わたくし率イン 歯ー、または世界』が第137回芥川賞候補に。同年、第1回早稲田大学坪内逍遥大賞奨励賞受賞。2008年、『乳と卵』で第138回芥川賞を受賞。2009年、詩集『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』で第14回中原中也賞受賞。2010年、『ヘヴン』で平成21年度芸術選奨文部科学大臣新人賞、第20回紫式部文学賞受賞。2013年、詩集『水瓶』で第43回高見順賞受賞。短編集『愛の夢とか』で第49回谷崎潤一郎賞受賞。2016年、『あこがれ』で渡辺淳一文学賞受賞。「マリーの愛の証明」にてGranta Best of Young Japanese Novelists 2016に選出。他に『すべて真夜中の恋人たち』や村上春樹との共著『みみずくは黄昏に飛びたつ』、短編集『ウィステリアと三人の女たち』など著書多数。『早稲田文学増刊 女性号』では責任編集を務めた。7月に長編『夏物語』が刊行された。


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