韓国・文大統領の抗日姿勢は非現実的。日韓対立に付け込む中国・ロシア・北朝鮮

文在寅大統領

日を追うごとに日本に対する非難の言葉がヒートアップする文在寅大統領。

REUTERS/Evgenia Novozhenina

戦後74年、対馬海峡の波はいまだ高し。日韓首脳が拳を上げ続けるなか、両国の関係は坂道を転がるかのごとく悪化の一途をたどっている。旅行や青少年交流といった草の根の民間交流まで悪影響を与え始めている。

日本人も韓国人も日韓関係については極めて感情的になりやすい。両国それぞれに歴史的文化的なプライドや対抗心があり、対立時には民族主義やナショナリズムが一気に噴き出してしまう。政治家やメディアが歴史や安全保障、領土の問題を煽れば、なおさらだ。

文大統領の一線を越えた発言

「私たちは二度と日本に負けない」「加害者の日本が居直って、むしろ大口をたたくような状況を決して座視しない」

日本の韓国に対する輸出管理強化を受け、韓国の文在寅大統領は8月2日、大統領府でこう言い放ち、抗日姿勢を露わにした。日本に対するナショナリスティックな強硬発言を発することで、自らの政治的求心力の向上と国威発揚を図ったとみられる。

文大統領はさらに8月5日にも、「南北の経済協力で私たちは一気に日本に追いつくことができる」と述べ、北朝鮮と一緒になって日本と対峙するビジョンを示した。

文大統領の頭の中では、すでに韓国の脅威となる「敵性国家」は北朝鮮から日本に切り替わっているのか。そう疑わせるような一線を越えた発言だった。

北朝鮮は核ミサイル開発を進め、度重なる国連安保理決議に基づいて経済制裁を科されている国だ。まして北朝鮮が韓国全土を射程に収める短距離の弾道ミサイル発射を繰り返す中、南北平和経済の実現を韓国大統領が語るのは、時宜にかなっていない。

本来は「南北 vs.日本」の構図は、両国の戦略的利益や東アジアの安全保障を踏まえればあり得ない。軍事的には日韓の結びつきは切っても切れないほど強い。

日韓は準同盟国、南北は休戦状態

金正恩と文在寅のツーショット

文大統領は「南北の経済協力で一気に日本に追いつくことができる」と話すが……。

Pyeongyang Press Corps/Pool/Getty Images

現状では、日本と韓国はともにアメリカと軍事同盟を結んでおり、準同盟国の関係にある。3カ国の枠組みを図に例えれば、日韓はアメリカを頂点とした二等辺三角形の底辺にあたる。いま、その底辺にヒビが入っている。

文大統領がいくら、自らの政策の一丁目一番地である「南北融和」や「民族愛」を韓国国民に必死に訴えようとも、現実には朝鮮戦争(1950~53年)はいまだ休戦状態にある。テクニカル的に言えば、南北の戦争は継続している。

文大統領と北朝鮮の金正恩国務委員長(朝鮮労働党委員長)が2018年4月27日に板門店で開いた南北首脳会談では、「休戦協定締結から65年になる今年(=2018年)に終戦を宣言し、休戦協定を平和協定に転換する」と合意された。

しかし、それはいまだに空手形のままだ。肝心かなめの米朝の非核化協議は行き詰まっている。終戦宣言も出されてもいないし、その先にある平和協定もほど遠い状況だ。

平和協定締結までの長い道のりの間、何か突発的な理由で南北の軍事衝突が起きるかもしれない。そして、それがエスカレートし、休戦協定が破られて第2次朝鮮戦争が始まるという最悪事態も国家安全保障上、想定しておかなくてはいけない。

横田基地にある朝鮮国連軍後方司令部

横田基地

仮に朝鮮半島で有事が起きれば、在日米軍基地は国連軍の拠点になる。

REUTERS/Issei Kato

万が一、第2次朝鮮戦争が始まれば、朝鮮国連軍後方司令部のある横田基地をはじめ、横須賀基地や佐世保基地、キャンプ座間、沖縄の嘉手納基地、普天間飛行場、ホワイトビーチ基地の在日米軍基地7カ所が朝鮮国連軍地位協定に基づき、「国連軍」に使用される。この国連軍には、日本と地位協定を結んだ米英豪加仏伊など11カ国が加わっている。

8月9日付の朝鮮日報の記事によると、アメリカのシンクタンク・ランド研究所の研究員は、「米軍は日本の支援があって初めて朝鮮半島で任務を遂行できる」と指摘。「有事の際、米軍の兵士70万人、船舶160隻、航空機2000機以上が朝鮮半島に増強され配備されるが、日本国内のインフラを活用できなければ、米軍の戦略物資の移動も制約を受ける」と述べている。

また防衛省によると、前述の国連軍地位協定に基づき、現在も、米英豪仏とカナダ、ニュージーランドの各軍の哨戒機や艦船が、北朝鮮船籍による密輸、いわゆる「瀬取り」行為を取り締まるため、嘉手納基地やホワイトビーチ基地を拠点として使用し、東シナ海を含む我が国周辺海域で警戒監視活動を実施している。

北朝鮮船舶による違法な瀬取りは2017年には年間60数件だったのが、2018年には130件以上にまで増加している。

日韓にとってGSOMIAの重要性

北朝鮮ミサイル

ここにきて短距離ミサイルの発射を繰り返す北朝鮮。トランプ米政権は静観している。

REUTERS/Kim Hong-Ji

8月24日に更新期限を迎え、韓国が日本への対抗措置として破棄をちらつかせている日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)も本来は、前述の日米韓の「二等辺三角形」の底辺を支えるものとして必要不可欠だ。

日韓のミサイル防衛は現在、米軍の早期警戒衛星が発見探知した情報をもとに、韓国軍と自衛隊がそれぞれのイージス艦や地上レーダーなどでミサイルを探知・追尾する。

北朝鮮からミサイルが発射された直後の初期段階は、韓国軍がミサイルの角度や軌道、速度などを確認。その後、ミサイルが朝鮮半島から離れ、日本側に近づいてくれば、自衛隊も落下地点を確認できる。自国のレーダーでミサイルを捕捉しにくい場合、お互いに情報を共有し、精度を上げる。

北朝鮮が7月25日に発射した新型短距離ミサイル2発の飛距離について、韓国国防部は当初690キロと発表した。しかし、GSOMIAに基づく、日本からの情報提供で射程を600キロに修正したとされる。

7月31日付の韓国・聯合ニュースの記事によると、日韓は北朝鮮の核ミサイル情報を共有するため、2016年11月にGSOMIAが発効して以降、これまでに韓国が日本に24件、日本は韓国に24件それぞれ情報を伝えて共有した実績があるという。

日米韓にくさび打つミサイル

米韓合同軍事演習

北朝鮮のミサイル発射実験は、8月の米韓合同軍事演習に対する反発、とみられている。

Chung Sung-Jun/Getty Images

北朝鮮は現在、8月5日から20日まで行われる米韓合同軍事演習を口実にして、新型の短距離ミサイルや多連装ロケット砲を相次いで発射している。毎回2発ずつ同じ目標地点に発射しながら、命中精度や誘導精度など性能を確認し、実戦配備に向けた最終段階の発射実験を繰り返しているとみられる。アメリカ本土に届く大陸間弾道ミサイル(ICBM)やグアムに届く中距離ミサイルではなく、短距離ミサイルのみを発射することで、アメリカと日韓の間にくさびを打つ狙いもあるとみられる。

こうした状況の中、本来なら日米韓ともに軍事情報シェアのパイプはしっかりとつないでおきたいところだ。アメリカもGSOMIAを破棄しないよう韓国に求めているが、予断は許さない。韓国メディアの報道によると、新任のエスパー米国防長官は8月9日、韓国大統領府で文大統領と会談し、日米韓の協力が重要だとの認識で一致した。

しかし、GSOMIA更新について特段の進展には至らなかったという。

東京にいる韓国大使館の外交官も筆者の取材に対し、「今の状況ではどうなるか全然予想はできない」と述べている。韓国はいずれ更新するにしても、日本側から輸出管理強化での妥協を引き出すため、24日ぎりぎりまでGSOMIA更新を外交カードとして利用するとみられる。

対立先鋭化させる中露の挑発

竹島

日韓双方が領有権を主張する竹島。

REUTERS/The Blue House

韓国軍合同参謀本部によると、ロシア軍のA50早期警戒管制機が7月23日、韓国が実効支配する島根県・竹島(韓国名・独島)周辺で、2回にわたって領空を侵犯したとして、韓国軍戦闘機がロシア軍機の前方1キロの位置に計約360発の警告射撃をした。

このほか、ともに核兵器搭載可能の中国のH6爆撃機2機とロシアのTU95爆撃機2機が韓国防空識別圏(KADIZ)に進入したため、計約30回無線で警告した。ロシア、中国は侵犯を否定した。

ロシア国防省は、中露両軍が「初の長距離合同パトロール」をしたと発表した。

日米韓の軍事協力弱体化を見透かすかのような中露の軍事連携だった。

これに対し、日韓は本来ならば冷静沈着に危機感を共有し、中露の挑発に対処するため、防衛協力でもより一層緊密になるべきはずだが、実際の動きは真逆。中露両軍の手によって、日韓の対立と相克がさらに強まった。

菅義偉官房長官は7月23日の記者会見で、韓国によるロシア機に対する警告射撃について、「竹島の領有権に関するわが国の立場に照らして到底受け入れられず、極めて遺憾だ」と述べた。これに対し、韓国外務省は「日本側の主張は受け入れられない。韓国政府は日本側の抗議を一蹴した」との声明を出した。

中露両国が見事なまでに、対立が先鋭化する日韓を餌食にした格好だ。日米韓の二等辺三角形の底辺がきしみをあげている。

北東アジアの地殻変動

トランプ大統領

日韓両方に対して米軍の駐留費増額を求めているトランプ大統領。東アジアでの地殻変動を誘発している。

REUTERS/Sarah Silbiger

日韓対立を招く地政学上の理由としては、まず南北の緊張緩和や米朝関係の改善による東アジアの構造的な地殻変動がある。韓国は朝鮮戦争の休戦体制を終わらせ、朝鮮半島に恒久平和をもたらしたいと思っている。これに対し、日本は、南北分断を前提に戦略的な均衡を保ってきた東アジアの安全保障を一気に激変させたくないというのが本音だ。

また、東アジア地殻変動のもう一つの要因としては、一国主義者で孤立主義者のトランプ大統領率いるアメリカのグリップ(掌握力)の低下と中国の著しい台頭がある。

トランプ大統領はこれまでも在韓米軍と在日米軍の駐留経費の大幅な増額を日韓に要求、負担しなければ米軍撤退もあり得ると脅してきた。日米安全保障条約を「不公平」とする発言もあった。米韓合同軍事演習についても「馬鹿げていて費用がかかる」とつい最近も発言している。

北朝鮮の短距離ミサイルの発射も問題視していない。日韓にしてみれば同盟国としてのアメリカへの信頼が大きく揺らいでいる。

中国が海洋進出し、アメリカが孤立主義に向かうなか、東アジアの勢力均衡は崩れつつある。日韓では不安に駆られ、偏狭な一国主義のナショナリズムが高まりつつある。その相克に中露朝がつけ込む。

本来は日韓がより緊密な関係を築き、率先して、こうしたナショナリズムを意識的に克服し、東アジアの平和と安定と繁栄に向けて手を取り合わなくてはならないはずだ。


高橋浩祐:国際ジャーナリスト。英国の軍事専門誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」東京特派員。ハフィントンポスト日本版編集長や日経CNBCコメンテーターを歴任。

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