世界中で売られているコカ・コーラ、世界16カ国の広告を見比べてみた

中国

中国はコカ・コーラにとって、3番目に大きな市場だ。

AP

コカ・コーラは世界中で売られている。

1886年にジョン・S・ペンバートン博士が初めて生み出して以来、コーラはアメリカ人に愛されてきた。1900年代に入ってからは、次第に世界中で流行り始めた。今では、ほぼ世界中どこでもコカ・コーラを買うことができる。

コカ・コーラの販売がストップしたのは、政治がビジネスの妨げになったときだけだ。第二次世界大戦や朝鮮戦争、ベトナム戦争といった紛争が、一部の国での生産を実質的に止めてきた。

だが、それでもコカ・コーラは世界中で売られるようになった。そして、同じコカ・コーラの広告でも、場所が変われば見た目も変わる。

世界16カ国のコカ・コーラの広告を見ていこう。


2004年、中国の北京に登場したのがこの広告だ。

中国

STR/Getty Images

コカ・コーラが初めて中国に上陸したのは1927年で、大ヒットした。だが、1949年に毛沢東が中華人民共和国を建国すると、コカ・コーラを含め西側諸国からの輸入品は禁止された。

コカ・コーラが再上陸したのは1979年で、その時は多くの中国人が飲もうとはしなかった。だが、時間とともに人気となり、今では中国はアメリカ、メキシコに次ぐ世界で3番目に大きな市場となっている。

韓国のこの広告は、1986年まで遡る。

韓国

Francois Lochon/Getty Images

韓国では、1970年からコカ・コーラが販売されている。

ベトナムの1994年のこの広告には「再会できて本当にうれしい」と書かれている。

ベトナム

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アメリカが1994年に禁輸措置を解除すると、コカ・コーラは1年もしないうちにベトナムに帰ってきた。ベトナムでは、ベトナム戦争のせいで約30年間、コカ・コーラが市場に出回ることはなかった。

2013年、タイのバンコクにあるビルにコカ・コーラの巨大広告が出現。

タイ

Barry Lewis/Getty Images

タイ初となるコカ・コーラの工場は1949年、バンコクに作られた。

この配達用のトラックにはコカ・コーラの広告が。1998年、インドネシアのものだ。

インドネシア

Les Stone/Getty Images

コカ・コーラがインドネシアの店に並ぶようになったのは1932年からだが、初めての国内工場ができたのは1990年代初めのことだった。

この看板は、2018年のサッカーW杯に先駆けて、ロシアのカリーニングラードに立てられたもの。

ロシア

Vitaly Nevar/Getty Images

コカ・コーラは1979年、翌1980年のモスクワ・オリンピックに先駆けて、当時のソ連に上陸した。 初の国内工場は1994年のソ連崩壊後まもなくオープンした。

これは、ポーランドのワルシャワの看板だ。2000年にこの約2400平方メートルもある巨大看板が登場すると、公共の建物を広告スペースにするのはいかがなものかと、地元住民から批判を浴びた。

ポーランド

Laski Diffusion/Getty Images

ソ連の同盟国ではあったが、コカ・コーラは1957年、ロシアよりも先にポーランドに進出している。1960年代に人気を博し、1972年には初めての国内工場ができた。

この広告は2011年、ギリシャのアテネに近いモナスティラキに登場。

ギリシャ

Mike Kemp/Getty Images

ギリシャに初めてコカ・コーラが入ってきたのは1969年、今からちょうど50年前のことだ。

ドイツのベルリンでは2013年、建設現場のフェンスに巨大なインタラクティブ広告が現れた。

ドイツ

Ullstein Bild/Getty Images

ドイツにコカ・コーラが初上陸したのは1929年で、すぐに大人気となった。

だが、第二次世界大戦中、コカ・コーラは特許取得のシロップをナチス・ドイツに送ることができず、ドイツのコカ・コーラの従業員は残り物のフルーツの皮を使ったファンタを作った

戦後、ドイツは東西に分かれ、コカ・コーラは密輸されるしかなかったが、東西ドイツ統一の1年後には、再び販売されるようになった。

ポルトガルのリスボンでは2006年、有名なトラムにコカ・コーラの広告が。

ポルトガル

Jean-Marc Zaorski/Getty Images

ポルトガルに初の国内工場ができたのは1958年のことだ

アルゼンチンのブエノスアイレスでは2010年、コカ・コーラの3D広告が売店の上に登場。

アルゼンチン

Getty Images

アルゼンチンに初の国内工場ができたのは、1942年だ

2006年、パレスチナのラマラでは、コカ・コーラの看板の前で集会中に銃を撃つパレスチナの武装勢力の姿が見られた。

パレスチナ

Abbas Momani/Getty Images

コカ・コーラはラマラの他、エリコやトルカレムにも工場がある。2016年にはガザで工場がオープンし、270人を雇用している。パレスチナにコカ・コーラが進出したのは1998年だ。

1977年、イスラエルのコカ・コーラの看板。

イスラエル

Francois Lochon/Getty Images

コカ・コーラは1949年、イスラエルに進出したいと申し出たが、イスラエル政府がこれを断ったという。理由は分からない。1960年代、イスラエルに共感するアメリカ人たちは、コカ・コーラが中東一帯で売られているのに、イスラエルで売られていないのはおかしいと考えた。その後、ロビー活動を経て(イスラエル政府の考えも変わった)、コカ・コーラは1966年にイスラエルに進出した。

2012年、アラブ首長国連邦のドバイに登場したこの看板には、明らかに西側諸国のカルチャーと思われる、公園でバーベキューをする姿が描かれていた。

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Andrew Holbrooke/Getty Images

コカ・コーラが初めてアラブ首長国連邦に進出したのは、1988年のことだ。

2006年、アフガニスタンのカブールでは、コカ・コーラの看板の下にブルカをまとった2人の女性の姿が。

アフガニスタン

Scott Peterson/Getty Images

コカ・コーラは2006年、カブールの初の国内工場に2500万ドルを投資した。

1980年、エジプトのアスワンにあるカフェに掲げられていたコカ・コーラの広告。

エジプト

Wolfgang Kaehler/Getty Images

コカ・コーラがエジプトに初上陸したのは1946年だ

[原文:Coca-Cola is sold in all but 2 countries on Earth. Here's what their ads look like around the world.]

(翻訳、編集:山口佳美)

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