米プロバスケットボールNBAのドラフト会議で日本選手初の一巡目指名を受けた八村塁(21=ワシントン・ウィザーズ)が、8月12日の日本代表デビュー戦に続き、14日にも代表戦を戦った。
試合はW杯(8月31日開幕、中国)前の日本代表(世界ランキング48位)の国際親善試合でニュージーランド(同38位)戦の第2戦。八村は両チーム最多の19得点、9リバウンドと活躍したものの、日本は87対104で敗れた。
最も大きな武器は「揺れない心」
八村塁選手。高校時代から変わらない強みは「揺れない心」。
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八村を徹底マークで封じ込む作戦に出たニュージーランドのヘッドコーチからは「ハチムラには特別な才能があり、特別なアスリートだ」と高く評価された。
八村は米メディアからは「ジャパニーズ・デーモン」などと称される。
真っ先に挙げられるのが高い身体能力。NBAの猛者たちが「フィジカルの能力ではルイにかなわない」と両手を上げて首をすくめるほどだ。
だが、八村の価値はそれだけではない。彼の「強み」は何なのか。
日本バスケットボール協会の元強化委員で、八村の高校時代3年間はウインターカップなど大きな大会のベスト5選考委員を務めた松岡修さんは、最も大きな武器を「揺れない心」だと言う。
「NBAでもムキになって無理な状況や体勢で(1対1の)勝負して失敗する選手は少なくない。そのなかで、八村君はほとんど無理な勝負をしない。自分のペースを守って、試合の流れや相手を冷静に見て判断している。そのプレースタイルは高校時代から変わりませんね。簡単なようでできないものです」
無謀な勝負しないからこその得点力
激しいマークにもムキにならならないからこそ、普段通りに体に余分な力を入れずにシュートが打てる。
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周知のように、バスケットボールはスポーツのなかでもボディーコンタクトが激しい種目だ。特に八村の持ち場であるパワーフォワードというポジションは、体をぶつけあう場面が多く、ポイントゲッターであるほど激しいマークに遭いやすい。八村ほどの得点力をもっていればなおさらだろう。
体をぶつけられると、人間、誰しもムキになる。負けまいと無理やりゴールに向かって突っ込んでいきたくなる。時に相手から挑発するかのようなボディーアタックを受ければ、感情的になりやすい。そうなると、体に無駄な力が入り、シュートミスは起きやすい。
だが、八村はそれをしない。表情を見ているとわかるが、泰然自若とした空気を終始まとっている。緊張せず、委縮せず、気負いもない。よって、シュートする瞬間、体に余分な力が入らない。普段通りにボールを乗せた手首を振りぬくことができるのだ。
「1年生からずっと見てきたが、一貫してそこは変わらない部分。無謀な勝負をしないから、シュートの確率が高い」(松岡さん)
「ここぞ」で出る想定外のプレー
男子バスケットボール日本代表。八村に刺激されたかのように他選手も躍動。第1戦でエースがほぼ不在だった第3Qを30対25と勝ち越し自信をつけた。
提供:日本バスケットボール協会
とはいえ、勝負どころでは豹変するそうだ。
「ここで1本(ゴールが)欲しいというような場面、チームがピンチの場面で、八村君は変わる。そこでいくかというような想定外のプレーをすることがあります。しかも、失敗に終わらせず、最後はねじ込んでくる。そこが彼のすごいところ。NBAが評価したところでしょう」(松岡さん)
そう言われて思い出すのは、2018年12月のワシントン大学戦。残り9秒で79対79と同点にされた場面のことだ。残り2.4秒、フリースローラインより50センチほど内側でボールを受けた八村は、反転すると相手4人に囲まれながらもすぐさまジャンプショット。残りわずか0.6秒で、値千金の決勝点を決めた。
窮極の緊迫状態でも、心を乱すことのないセルフコントロール力のなせる業だった。
平均身長の低い日本バスケット界で育った八村だが、高校時代は全国大会や強豪校との練習試合で2メートル級の留学生と競り合う経験を積んできた。賛否両論ある留学生制度だが、歯ごたえのあるマッチアップが攻守を磨く糧になったのは間違いないだろう。
チームに対する献身が評価
NBAコミッショナーのアダム・シルバーと握手する八村塁選手。
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八村のセルフコントロールに感服するBリーグ某チームのヘッドコーチは、こう話す。
「彼のように平常心でプレーできる(心の)安定感は、ぼくら日本人コーチが外国人選手に求めるのと一致する。決してエモーショナルにならずプレーできるか。独りよがりではなく、チームに対して献身的か。最後はそこで判断します。
それはきっとNBAでも同じでしょう。パーソナリティーの良さが評価されて、ドラフト1巡目に指名されたのだと思う」
日本人の生真面目で献身的な精神と、勝負どころでエースの役目を果たす覚悟。両方を持ち合わせる八村が世界的に知られるきっかけとなったのは5年前にさかのぼる。
2014年のU-17世界選手権で得点王を獲得した。フィールドゴール成功率は4割を切っていたが、放ったシュートは大会1位。孤軍奮闘していたであろうことは想像に難くない。
八村はその大会翌年の「ジョーダンブランドクラシック」に世界選抜チームの一員として召集された。そこでの活躍がNCAAバスケットのスカウト陣に注目され、世界への挑戦が始まった。
所属チームからエース待遇
日本代表の活動中にもウィザーズから派遣された育成コーチが個別指導。チームにおける八村のポジションがわかる。
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NBA入りが実現し凱旋試合となった8月12日のニュージーランドとの第1戦。
第2Qでフリースロー2回失敗が2度ほど続いたうえに、第3Q(クォーター)は開始すぐに2つ続けてファイルを犯しベンチへ。同Qは最後まで出場しなかった。
ボディーコンタクトのファウルに甘めなNBAのジャッジとの違いに戸惑っているかに見えたが、最終Qは3Pを2本とも決めるなどし、抜群の修正能力を見せた。苦戦したフリースローも、終わってみれば14本中7本と5割に戻していた。
終わってみれば、40分中27分の出場時間だというのに最多の35得点。3Pシュートは前述したように2本中2本で成功率100%。フィールドゴールは15本のうち11本を沈め73.3%と、格の違いを見せつけた。
NBAデビューした7月のサマーリーグの好調を維持しているようだ。
NBAでは計3試合に出場し1試合平均19.3得点はチームトップと、ルーキーながら大黒柱になる勢いを見せた。所属するウィザーズからは選手育成コーチがわざわざ日本に派遣され、日本代表活動の合間を縫って個別指導を施すという稀に見るエース待遇を受けている。
記者会見で、フリースローを外したことなどを質問されたが、本人は意に介さない様子。
「結構苦労したけれど、僕としてはあまり気にしていないです。外れるときは外れるので。だからといって何かを変えるわけではないです。今まで通りのぼくでやっていきます」
と堂々と言い切った。
マークされた第2戦については、
「相手も馬鹿じゃないので。35点も取ったら次の試合は抑えるためにやってくる。僕がやりにくいようにやってきた」
と振り返った。
「(W杯に向けた)いい練習になった」
頭の中に、すでに修正プランがたてられているに違いない。
島沢優子:フリーライター。筑波大学卒業後、英国留学など経て日刊スポーツ新聞社東京本社勤務。1998年よりフリー。週刊誌やネットニュースで、スポーツ、教育関係をフィールドに執筆。『左手一本のシュート 夢あればこそ!脳出血、右半身麻痺からの復活』『部活があぶない』など著書多数。