「あいちトリエンナーレ2019」芸術監督でジャーナリストの津田大介氏。
撮影:西山里緒
「表現の不自由展・その後」をめぐる騒動で大きな議論を巻き起こした「あいちトリエンナーレ2019」。
8月17日、アートと政治をつなげるために活動するプロジェクト「ManiA」のミートアップが愛知県名古屋市で開かれた。あいちトリエンナーレ2019 芸術監督の津田大介氏も出席した。
イベントでは、主催者のアートローグ社 代表取締役CEOの鈴木大輔氏と、元愛知県職員で過去のあいちトリエンナーレに関わり、現在は大阪市立大学大学院准教授の吉田隆之氏とともに、津田氏が現状の共有と、芸術祭の今後について語った。
電凸は「サイバーテロ」か
イベントは30人規模の小さな会場で行われた。部屋は「あいちトリエンナーレ2019」連携企画事業の会場にもなっている。
今回の騒動で明らかになったのは、電凸(電話をかけて組織としての見解を問いただす行為)による被害の大きさ、そしてその実態を伝えることの難しさだった、と討論では語られた。
電凸による被害の経緯はこうだ。まず「少女像」を含む展示作品リストが公開された7月31日から、事務局に多くの問い合わせが殺到した。
8月1日を経ても、その電話はやまなかった。
「2日目の朝くらいには、事務局の電話がどれも鳴り止まなくなった。ようやく電話を切ったと思ったら、数秒後にまた次の電話がかかってくる、職員総出でそれに対応している状況になっていた」(津田氏)
内容は「ガソリン撒かれてもしょうがないんじゃないの」とテロをほのめかすようなもののほか、「(職員の)名を名乗れ」という要求も多かったという。
名乗れば、誰がどのような対応をしたかをツイッターなどで晒されることになる。公務員法による「氏名公開」の原則もあり、拒否をすることは難しいと津田氏は言う。
展示中止に際して有識者から寄せられた批判に、吉田氏は「電凸の被害の実態を認識してもらえていない」と訴えた。
さらに作品についての職員の歴史認識について問いただすなど「答えようがない質問を繰り返す、組織化されたテロ行為が現場を襲ってしまった」(津田氏)。電話での攻撃は、あいちトリエンナーレとは無関係の愛知県内の美術館にも及んだという。
8月2日には、複数の職員から「やめたい」という声が出てきている状態だったという。結果、事務局は8月3日に「表現の不自由展・その後」の展示の中止を発表した。
「こんなに早く展示の中断を決断したのは、テロに屈したということ、毅然として対応しなければならなかったのでは、というご批判もいただきました。そのご批判はまったくその通りだと思います。
一方で、その状況が続くことで現場でメンタルを病んでしまう人が出てまで、続けていいのか。あるいは本当にテロを実行するような人が出てきたらどうするのか。非常に苦しい立場に置かれた中であの決断をした」(津田氏)
展示ボイコットには「対話を続ける」
イベント当日の8月17日、展示の中止を決めたアーティストの一覧が発表された。
「表現の不自由展・その後」の展示中止を受け、海外アーティストからは、展示の辞退が相次いだ。8月17日の発表によると、展示の一時中止を決めたアーティストは11人。
津田氏は、アーティストらとも直接コミュニケーションをとり、「『表現の不自由展・その後』の展示中止は検閲ではなく、表現・芸術に対するテロによるものだ」という説明を続けてきたという。
「納得いただけたかは分かりませんが、状況の理解はしていただいた。その上で、あいちトリエンナーレ自体を責めることはしない、ただし我々はアーティストなので、“状況に対する抗議”として、中断を申し入れる人もいました」
「中止をする作家がどんどん増えてしまうことでトリエンナーレ自体が立ち行かなくなってしまう恐れもある。しかし、それは電凸をした人たちの思うツボですよね、という話もアーティストにはしています。
それでもやはり検閲の問題ととらえて中断する作家もいますし、非公式ではあるものの、テロリストを喜ばせることになるから、自分は展示の撤回をしませんと理解を示してくださっている海外アーティストもいます。さまざまな考え方があると思います」(津田氏)
「表現の不自由展・その後」の展示再開は可能か
商店街など、公共の場も使った芸術祭については、テロ対策をどう行うべきか。
騒動を受け、8月13日には「あいちトリエンナーレのあり方検証委員会」が設置され、同16日には第1回の会合が開かれた。今後はこの検証委員会の判断のもとで、運営の方向性が決められるという。
「表現の不自由展・その後」の展示再開は可能なのか。
津田氏は「僕自身がどう考えるかを公式に言いにくい状況にある」とした上で、「相当ハードルが高いと思う」との見解を示した。
少なくとも以下の問題がクリアにならなければ安全な展示の再開ができないと思われるからだ。
- 脅迫犯の逮捕
- 現場の警備の強化
- 電話抗議(電凸)の対応
- アーティストや市民とのディスカッションによる合意形成
特に電凸の対応についての有効な解決策は未だ出ていない。津田氏は「起きてしまったことを意義あることに変えていくためにも、状況を検証委員会にも共有し、対応のノウハウを全国の自治体・美術館にオープンに公開していくことが必要」だと強調した。
「内ゲバは全くない」
「事務局・知事とは密に連絡を取り合っている」と語った津田氏。
相次ぐ展示公開中止、企画アドバイザーの東浩紀氏の辞任表明、大村秀章・愛知県知事がツイッターを一部削除したことなどから、SNSでは「内ゲバ(組織内部での抗争)」が起こっているのではないか、との懸念も寄せられている。
この懸念について質問したところ、津田氏は「内ゲバみたいなことが起こっている事実は全くない」と明言した。
大村知事とは毎日電話をし、状況の確認をしているほか、事務局とも毎日のようにミーティングを行い、キュレーターを通じてのアーティストとのコミュニケーションも密に取っているという。
「この状況に対してもどかしい思いはあるが、それで事務局を責めようとは思わない、というのがほとんどのアーティストの共通する見解だと思う」と津田氏。
一方、認識や方向性に違いはないが、(優先的に)やりたいことの違いはある、とも明かした。
津田氏はイベントでのオープンディスカッションを重視し、津田氏自らが語りたいとする一方で、知事や事務局はまずは第三者委員会のヒアリングが十分に済んだ上で個人の発信を、との見解だという。
「それは当然のことで、だから僕も話せることと話せないことがあります」(津田氏)。
表現の自由、検閲、ネットによる炎上と電話抗議の被害、公共の芸術祭のあり方……。さまざまな問題を引き起こした「あいちトリエンナーレ」騒動。
会期は10月まで、あと1カ月超続く。イベントでは「表現の不自由展・その後」の再開は難しいとの見解が示されたが、市民・アーティスト・行政それぞれが納得できる形での騒動の「幕引き」はあるのか。
(文・写真、西山里緒)