今年も「酷暑」といえる暑さになった日本の夏。
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毎年のように猛暑の報道が続き、無感動になってしまった感がある。
とはいえ、健康にも直結するこの暑さ。体感だけでなくデータで正確に知ることができるようにしたい。2019年8月は2018年にくらべてどのくらい暑いのか?
いま、どんなデータが利用でき、その精度やデータ量はどうなのだろうか。
最初に思いつくのは、気象庁のデータだ。
たとえば2018年7月23日に国内観測史上最高となる気温41.1度を記録した埼玉県熊谷市では、2018年8月のデータによると、日中の最高気温は平均34.0度で、最も高い最高気温を記録した日は8月3日の38.7度。最低気温の平均は24.0度で、8月3日には最低気温が27.7度と、相当に寝苦しそうな記録を残している。
ただし8月18日には最低気温が16.9度となっている。35度以上の猛暑日は15日あり、月の半分が猛暑だったことは間違いないが、後半に入って暑さは収まった感がある。
気象庁発表の直近2019年8月の平均最高気温と最低気温。
出典:気象庁
一方で2019年8月(8月20日まで)は、日中の最高気温の平均は36.0度で、最も高い最高気温を記録した日は8月6日の38.4度。最低気温の平均は26.3度で、8月2日には最低気温が最も高い27.2度を記録している。
今年は、8月17日時点でも「最低気温が25.3度」もあり、熱帯夜が続いている。35度以上の猛暑日は8月17日までの18日中12日となっている。
衛星データから何がわかるか?
日本にはこうした日々の気象データを高精度に、連続的に記録している「アメダス(AMeDAS)」がある。約17キロメートル間隔で全国におよそ1300カ所の観測地点があり、気象センサーの豊富な国だとされる。
アメダスによる直近の気温推移を動画にしたもの。8月19日13時〜8月21日12時まで。
出典:アメダス
だが、「このまま猛暑が続くと熱中症の搬送者数はどの程度増えるのか」「デング熱と関係するヒトスジシマカの生息域は?」といった将来を予測するには、アメダスでもまだ足りない。広域の気候モデルの作成には、気象センサーが整備されていない国のデータも必要になる。また、海上にはセンサーが設置できない。
そこで、2000年代に入って利用が進んでいるのが、衛星搭載のセンサーによるリモートセンシングデータだ。
この分野の代表は、1999年に米NASAが打ち上げた人工衛星Terra(テラ)と2002年打ち上げのAqua(アクア)に搭載されたMODIS(MODerate resolution Imaging Spectroradiometer)センサーだ。
2機の衛星に同型のセンサーが搭載され、世界中の地表面温度を1日におよそ昼夜1回ずつ観測することができる。
千葉大学環境リモートセンシングセンターが2018年に発表したニュースリリース。衛星リモートセンシングを使って、2018年時点の日本の夏(7月)が、過去17年で地表温度が最も高かったとしている。
出典:千葉大学
このMODISセンサーのデータを用いて、千葉大学環境リモートセンシング研究センターは、2018年まで「17年分の7月の地表面温度データ」を解析した。過去17年間の平均に対し、2018年7月の地表面温度は平年値よりも3度以上高く、日本だけでなく東アジア地域にも異常な高温が広がっていることがわかったという。
「猛暑」は死亡率にも影響するとの研究結果も
2018年に話題になったJAXAの気候変動観測衛星「しきさい」がとらえた映像。2018年8月1日の10時40分頃に観測された地表面温度。図の白色の領域は雲域を示している。
出典:JAXA
こうした衛星搭載センサーならではの広域のデータを提供する役割を担っているのが、2017年末に打ち上げられたJAXAの気候変動観測衛星「しきさい(GCOM-C)」だ。
MODISの地表面観測が分解能1キロメートルであるのに対し、GCOM-Cは250メートルとより細かい。2018年8月には、初期の観測データから猛暑に見舞われる日本列島の地表面データを公開し、熊谷市など地域によっては50度を超える場所があったことを明らかにした。
衛星データによって詳細な地表面温度がわかると、何に利用できるか?
1つは、健康への影響だ。猛暑による健康への影響といえば熱射病があげられるが、それだけではない。
暑い環境は、体の外に熱を逃がすため皮膚に近い血管を広げたり汗をかいたりと、循環器や呼吸器にかなりの負担がかかる。こうした暑さによるストレスが重なる影響もある。
欧州では、2003年の熱波をきっかけに健康への影響に対する研究が進んだ。米海洋大気庁(NOAA)が運用する気象衛星のデータを元に解析したところ、65歳以上の高齢者では、過去6日間の最低地表面温度が高いと死亡率が上がることがわかったという。
日本発、衛星データを元に将来予測する「地球環境情報プラットフォーム」
日本では、地球観測衛星のデータなどを元に気候変動をモデル化し、将来予測する情報提供サービス「地球環境情報プラットフォーム」がある。
現在の「猛暑」が21世紀後半にどう変化するかといえば、世界全体の年平均気温の上昇が3.7度程度となるのに対し、東日本太平洋側では 4.2度(プラスマイナス0.6度)上昇するというシナリオがある。
日本付近で気温上昇が世界平均よりも大きいのは、気温の上昇によって海氷や積雪が融けて太陽光を吸収しやすくなり、さらなる気温上昇につながるからと考えられている。
北海道・オホーツク海の海氷が減少する影響を受けやすく、こうした予測精度を上げるためにも、衛星による地球観測データが使われる。
21世紀末に年平均気温の上昇が予測される地域。現在のモデル作成には気象庁、環境省が持つ過去のデータが使用されている。地球観測衛星のデータを使用し、モデル精度向上が続けられている。
出典:気候変動適応情報プラットフォーム
衛星データは気候変動の観測でだけでなく、農業や漁業など産業に利用できるという期待もある。
海水温の情報による漁場探索は漁船にとって欠かせない。暖水舌(黒潮の温かい海水が舌のような形に張り出して冷たい海水とぶつかる領域)では、アジ、サバ、ブリ、カツオ、マグロといった魚の漁場が形成される。
漁業分野では、GCOM-Cや姉妹衛星の「しずく(GCOM-W)」が観測した詳細な海水温のデータから漁場の情報が作られ、漁業情報サービスセンター(JAFIC)の運営する漁業情報システム「エビスくん」といったシステムを通じて情報を配信される。
JAFICの利用者アンケートによれば、システムの利用により漁場の探索時間が最大で33パーセント短縮できたほか、漁獲量は最大で25パーセント増加。燃料も最大23パーセント削減できたという。
海水温度と漁場の関係。
出典:「衛星データの漁船漁業での活用状況(2017年10月6日)」漁業情報サービスセンター資料
JAXAが無償で地球観測データを提供する「G-Portal」。
出典:JAXA
衛星データは無料で、誰でも利用できる形で広く公開されており、研究者でなくても利用できる。JAXAのデータ公開ツールはヘルプの情報量が少なく使いづらい、解析するGISソフトが必要といったハードルあるが、利用そのものは開かれている。
すでにこうしたデータを解析して付加価値をつける漁場予測情報の大学発ベンチャー企業といった存在も現れている。猛暑や気候変動への備えは、データ利用ビジネスの種にもなろうとしている。
(文・秋山文野)