『マトリックス』では、主人公のネオが自分の住むシミュレーションの世界をコントロールすることができると気付く。
Warner Bros.
- 大ヒットしたハリウッド映画『マトリックス』が1999年に公開されてから20年が過ぎた。2003年には、2本の続編『マトリックス リローデッド』と『マトリックス レボリューション』が公開されている。
- ワーナー・ブラザーズは8月20日、続編の制作が2020年から始まると発表した。
- 『マトリックス』は、我々の暮らす現実が仮想のものかもしれないという哲学的なコンセプトを軸に展開される。主人公は作品の中で、世界が超高性能AIの作り出した巨大なシミュレーションであることを知る。
- 『マトリックス』が上映されてから、多くの科学者や哲学者がこの映画の世界観が本当にありうるかを議論してきた。
- オックスフォード大学の哲学者のニック・ボストロム氏は、我々がシミュレーションの中で暮らしている可能性は十分にあると考えており、イーロン・マスク氏も彼のアイディアに賛同している。
『マトリックス』シリーズの第一作が、20年前の1999年に公開された時、多くの映画ファンはその設定を、面白いが現実的ではないと評価した。
主人公のネオは、世界がシミュレーションであることを発見する。ネオの住む世界は、カプセルの中で育つ人間をエネルギー源とする、超進化を遂げたAIが織りなす巨大なシミュレーションだった。
『マトリックス リローデッド』『マトリックス レボリューション』という2つの続編を含め、シリーズを通してネオは人類の自由のため、人類を管理するロボットと戦い続ける。
そしてワーナー・ブラザーズはシリーズ続編の準備をしており、2020年には制作を開始すると発表した。
4作目となる今作にもネオが登場し、これまでと同じ世界が舞台になるとVarietyは報じている。
弾丸を避け、重力を無視するネオのアクションシーンは、少なくない要望に応えて見直される可能性もあるが、『マトリックス』シリーズに共通するコンセプトについては科学者のコミュニティで長年議論され続けている。
我々がシミュレーションの中に住んでいるという考えは妥当であり、実際にありそうなことだと、一部の哲学者は考えている。
一部の科学者は、我々がシミュレーションの中で暮らしていると考える理由は以下の通りだ。
この世界が現実である可能性は10億分の1
オックスフォード大学の哲学者、ニック・ボストロム(Nick Bostrom)氏は2001年に、驚異的に進歩したスーパーコンピューター(それは惑星規模の質量を持つ)ならば、人類の営みのシミュレーションが可能であるという論文の草稿を発表した。ちなみに、ボストロム氏はこの論文を発表するまで『マトリックス』をみたことがなかったとVultureに語っている。
ボストロム氏によると、このコンピューターは1秒間に10の42乗回の計算が可能で、その処理能力の100万分の1以下を使うだけで、1秒間のうちに人類史を丸ごと(我々の思考、感情、そして記憶まで)シミュレートできるという。
この理論では、すべての人類と我々の物理的な宇宙は、巨大なスーパーコンピューターのハードドライブに収められた、単なるデータの断片に過ぎないという。
ボストロム氏は「私たちはほぼ間違いなく、コンピューターによる仮想現実を生きるキャラクターである」と結論づけた。
その15年後、イーロン・マスク(Elon Musk)氏はボストロム氏の考えに賛同している。2016年のRecodeのカンファレンスでマスク氏は「我々が本当に現実の世界に生きている確率は10億分の1だ」と語った。
ボストロム氏はいまだに人間とコンピューターの危うい関係について考察し、警告し続けている。今年のTEDカンファレンスでのスピーチでは、人類が自ら作り出したテクノロジーによって自滅する可能性があるという恐ろしい考えを発表した。
ボストロム氏は人類が自らを自らの手から守るのは簡単で、それはAIに大規模な監視をさせることだと述べた。
我々が暮らす現実は巨大なマルチプレイヤー・ゲーム
コンピューター科学者で、今年3月に刊行された『The Simulation Hypotheseis』の著者、リズワン・ヴィルク(Rizwan Virk)氏はVoxに、彼もまた「私たちがシミュレーションの中に暮らしている可能は高い」と考えていることを明かした。
ヴィルク氏はこれを、彼が「ザ・グレート・シミュレーション」と呼んでいる「人生のビデオゲーム」だと考えていて、「高解像度、高品質のビデオゲームのようなもので、我々全員がその中のキャラクターだ」と説明している。
ゲームデザイナーでもあるヴィルク氏は、私たちが暮らしているかもしれないビデオゲームに似たシミュレーションの世界(私たちには区別がつかない)は、「ウォークラフト」や「フォートナイト」といった、現在までに作られた大規模なマルチプレイヤーオンラインゲームよりもずっと洗練されたものだという。
『ウォークラフト』はマルチプレイヤーによるオンラインロールプレイングゲームで、プレイヤーはアバターを操作して冒険する。
Blizzard
もちろん彼は我々がシミュレーションの世界に生きていると100%確信できる人はいないことは認めたが、「それを示唆する証拠はいくらでもある」という。
一部の研究者はボストロム氏の説を検証している
ボストロム氏の論文が世に出てから、研究者は我々がシミュレーションを生きているという説を検証しようとしてきた。
2017年にScience Advances誌に掲載された論文によると、あるタイプの限定されたシミュレーションは、ハードウェアの問題で機能しないという。著者は、従来型のコンピューターでは、我々の人生の一部を再現し、情報を保管するにはメモリーがまったく足りないと指摘している。
ある物理学者のグループは宇宙線を研究することでボストロム氏の論文を検証しようと試みた。彼らは、格子型の座標を使って、素粒子と宇宙空間をシミュレートした。これにより、核物理学者のサイラス・ビーン(Silas Beane)氏とその同僚は、2014年に発表した論文で、我々が生活することができる巨大なシミュレーションでも、同じ座標系が適用されている可能性を指摘した。
彼らの論理は、ある粒子が高エネルギー宇宙線のように常に最大エネルギーレベルを示すのであれば(実際にそうなる)、粒子の振る舞いはシミュレーションの基礎となる格子に起因する可能性があるというものだ。
「シミュレーションされた存在が、シミュレーションされていることに気づく可能性はある」と文書で著者は説明している。
答えを知ることは不可能かもしれない
しかし多くの科学者は、私たちがシミュレーション内で生活しているかどうかは、いつになっても分からないだろうと考えている。
ダートマス大学の物理学者で哲学者のマルセロ・グレイザー(Marcelo Gleiser)氏はNew Scientistに、現在の我々の知識と技術レベルでボストロム氏の説を検証することは、ほとんど不可能だと話している。なぜなら、我々がシミュレーションの中にいるなら「外の本当の世界」における物理法則について何一つ知らないからだ。我々が生きるシミュレーションの外でどのような計算が可能なのかも分からない、とグレイザー氏は話す。
つまり、我々が知っているコンピューターの処理能力や物理法則も、このシミュレーション独自のものであるかもしれないのだ。「我々がシミュレーションの中の存在であれば、我々が測定しているのは自然法則ではなく、シミュレーションが作り出した人工的な法則かもしれない」とビーン氏はDiscover Magazineに説明している。
ボストロム氏は現在も、我々がシミュレーションの中で生活している可能性が高いと考えている。
「これまでに説得力のある異議や反論の試みに出会っていない」と彼はVultureに語った。
「それがないことで、私の推論が妥当であるという自信を強めている」
(翻訳:忍足亜輝、編集:Toshihiko Inoue)