8月17日にあった教師たちによる抗議デモ。
撮影・吉田博史
香港の若者たちは今何を思っているのか?
香港では「逃亡犯条例」改正案をきっかけに、6月から抗議デモが始まった。この3カ月ですでに、大小含めて20回以上は開かれている。中には(主催者発表の数字ではあるが)200万人が参加したデモもあった。
2014年の雨傘運動の抗議活動でも、今回のデモでも、日本人である筆者にとって印象的なのが「若者たちが多く参加している」こと。日本ではあまり見られない光景だ。
なぜ香港の若者たちは今、デモに参加するのか。どういう想いを持っているのか。現地でその思いを聞かせてもらった。
30代の学校教師たちの思い
8月17日、香港の中環(セントラル)で教師たちが中心となって、政府への抗議などを訴えるデモが実施された。
香港人男性で中学校教師のロウさん(31)は、同僚の教師たち数人と一緒にデモに参加した。
「今は学校が夏休みなのですが、暇な時間が少ないです。6月にデモが始まり、時間がある時はいつもデモに参加しています。2人の息子がいますが、一緒に過ごす時間も少なくなってしまいました。それでもデモに参加するのは、(政府に対して)抗議を示したい、香港を守りたいという思いを示したいからです」
香港の学校教育は、中国政府の影響を受けつつある。その代表的なものが、2012年にあった「洗脳教育」騒動。中国政府が定めた“愛国教育”を盛り込んだ「中国模式」を、香港の学校で必修化しようとした。結局は反対デモが発生して、最終的に導入は各学校の任意となった。ただ、ロウさんは不安を感じるという。
「香港の学校教育への影響を心配しています。生徒たちには、自分の考えを表現するようにしている。中国の教育を香港で使うことは難しい。でも、最近は全ての学校ではないが、中国政府の意向をくんだ香港政府にコントロールされていると感じます」
また、ロウさんが教える学校では、中国大陸からの移民が急増しているという。広東語が話せない子供も多いという。
「(多くの)香港人はもともと中国から移民してきた。中国人だろうが香港人だろうが、私は教師として、香港の教育を教えるつもりです」
8月17日にあった教師たちによる抗議デモに参加していたロウさんとタンさん。
撮影・吉田博史
香港の一番の価値は「法律」だ
ロウさんと同じく中学校教師のタンさん(33)の両親は、中国大陸からの移民だ。両親が大陸出身とはいえ、タンさんは香港の教育を受けている。多少は中国に対して理解を示すのかと思ったが、そうではなかった。
「中国人と香港人は少し違うと感じます。礼儀であったり、話し方であったり。中国人に悪い印象があるわけではありません。
でも、中国政府に対しては良い印象はないです。中国の印象というと『思想がコントロールされている』『やれと言われたら強制的にでもやらないといけない』というものです。今は香港の状況がどんどん悪化しているように感じます」
また、タンさんはここ数年で香港に移住してきた中国人「新移民」の急増に対しての不満を感じていた。
「昔から香港に住む香港人たちは『新移民』の存在に納得していません。彼らの中には、ただ香港の身分証をもらいたいだけで、香港で生活すらしていない『新移民』も少なくありません」
タンさんは教師として、子どもたちに自由の大切さを教えたいという。
「子供たちには、自由の重要性を知ってほしい。自主性や自分の考えを持つことを知ってほしい。どっちが正しいのか、正しくないのか、自分で判断ができるようになってほしい」
香港と中国の違いは何かと質問すると、タンさんはこう答えた。
「香港の一番の価値は法律。中国政府は香港の法律制度を脅かしている。香港と中国の一番の違いというのは、人ではなく法律なのです。今の一国二制度を維持してほしい。また、1997年の返還時に承諾した、民主選挙を実現してほしい。本当の民主化をしてほしい」
タンさんが話し終えると、再びロウさんが付け加えるように話した。
「香港政府は中国政府に対して“サービス”している。香港人のためにサービスをしてほしい。今は全部、中国政府に尽くしていると感じる」
香港の現状をSNSに投稿し、中国人の元同僚とけんかに
8月18日のデモに参加したケイラさんとケンさん。
撮影・吉田博史
8月18日、大規模デモに参加していたケイラさん(27)。婚約者のケンさん(32)と一緒に取材を受けてくれた。
ケイラさんは上海で4年間働いた経験があり、2018年に香港に戻ってきた。SNSで積極的に香港で起こっていることを発信していたら、上海時代の同僚から不満のメッセージが届いたという。
「前の会社の同僚が私が発信している内容に『香港のデモについて疑問に思う。デモ参加者たちの黒い服を着てる姿も変だよ』と言ってきました。彼は私の視点に同意できず、私も彼の考えに同意できず、結局けんかになりました。
中国人の友だちとは基本的には交流は問題ありません。そもそも政治に関する話題をしないですし。私たち香港人は、自分たちの意見を持っています。でも中国では、自分の考えを持つことに不自由さを感じる時がありました。中国における情報は、中国政府が与えた情報ですし」(ケイラさん)
香港で“大陸化”が進んでいる現状についてどう思うか聞いてみると、やはり生活レベルの変化を実感するようだ。
「香港の若者は、政府が準備した公営住宅に住もうと思っても、7、8年待たなくてはいけないことがある。ところが、大陸から移住して間もない「新移民」は、1年ちょっとでも入居できることがある。それに、大陸人が香港の家を買っているから、もともとの香港人が買えなくなってきている。結局、私たちもそれぞれの実家に住んでいる」(ケイラさん)
「周りの話す言葉で普通語(中国の標準語、北京語)が増えている。大陸に近い新界エリアだと、大陸から移り住んだ人が多いので、子供たちは普通語を話している。内地人(大陸人の別の呼称)は普通語を話す。だから周囲の環境も内地化している。香港の行政がやっている公立小学校でも、内地人の子どもが多く通っているし」(ケンさん)
また、「新移民」が毎日増加していることに戸惑いを感じる。
「大陸人が香港に来るのはいいけど、香港への移民は毎日150人も増えてるんだよ(香港政府は大陸からの移民が急増したため、1日150人までと制限している)」(ケンさん)
8月18日、雨にもかかわらず多くの人々が抗議デモに参加した。若者も多く参加していた。
撮影・吉田博史
不安を感じる香港の将来
将来、子供を産んで香港で育てることに不安を感じるか聞いてみると、ケイラさんは産むこと自体が不安だと答えた。
「現在のような政府、現在のような教育だったら、産むこと自体をちょっと考えてしまう。香港にある国際学校とかも考えるが、学費が高いですし」
ケンさんも子供の教育を考えると不安を感じるという。
「両親と住んでいる新界だと、内地人が多いし、通っていた小学校も依然と違う感じになった。今まで自分たちの周りにあった香港の文化とは正直違う」
香港では一国二制度の維持を求める声と、多くはないが独立を求める声も出てきている。ただ、ケイラさんもケンさんも香港独立という考えは持っていない。
「一国二制度は必要。でも、1997年からちょっとずつ自由がなくなってきた。私たちが求めている自由や自分の考え方を持つことは、現在のところは大きな問題ではない。けど、2047年までにそれが完全になくなるかもしれないという不安はある」(ケイラさん)
香港がイギリスから中国に返還された際に、2047年までの50年間、香港には幅広い自治が認められることになった。ただ、実際には形骸化しつつあるという不安が、香港の若者たちが多く持つ認識だ。
23歳のカップルが感じる香港の現状
ジェシーさんとリオさんは香港の将来を危惧する。
撮影・吉田博史
同じく8月18日の大規模デモに参加していたカップルに話が聞けた。教育関係のNGOに務めるジェシーさん(23)と外資の高級ホテルに勤務するリオさん(23)。
リオさんはデモの影響を実感するという。
「ホテルで働いていて、路上を歩く観光客の減少を感じる。私の働いているホテルでは、半分が中国人観光客。今のところ、客が減って給与が減るといった事態にまではなっていませんが、友人が働く香港のある会社では、最近給与が支払われなくなったりしている」
ジェシーさんが務める教育支援団体にも影響が出ているという。
「10代の子どもたちにさまざまな学びの場を提供しているんですが、中には最近大陸から移民してきた子どもも含まれています。子どもたちの両親が、警察との衝突などといった状況を目のあたりにして心配しています」
ジェシーさんもリオさんも、祖父母の代に大陸から香港に移民してきた。
「私たちの祖父母は当時貧しく、よりよい仕事を求めて、香港に不法入国したそうです(苦笑)」(リオさん)
結局のところ、2人とも遡れば大陸から来ているのだが、それでも近年香港に渡ってきた新移民とは違いも感じるし、不満もある。
「中国人が香港に多く来るようになって、香港人が香港の医療制度を満足に受けられなくなってきている。病院に来る患者が、中国人で占められてしまっている。入院用の空きベッドとかも無い状態。新しく来た”香港人”も身分証を持っているので、同じよう香港の医療制度を受けることをできる」(ジェシーさん)
香港人の若者たちはなぜ声をあげ続けるのか
7月1日の香港の抗議デモの様子。多くの若者たちが声をあげていた。
撮影・吉田博史
香港人たちと話していて時々感じるのが、意外と大陸出身者と知り合う機会や友人になる機会があまりないのでは、ということ。23歳の彼ら2人に聞いてみると、やはり少なかった。
「小中高、そして大学でも知り合う機会は少なかったですし、接する機会もなかったです。ソーシャルメディアを通じて知り合った香港人の友人はいますが。私自身も深センに数度行った程度です」(ジェシーさん)
一方、リオさんはインターンを通じて、短期間だが大陸で生活した経験はあった。
「深センは近いから何回か行ったことはあります。また、内モンゴル自治区フフホトのホテルで3カ月のインターンを経験して、香港との文化の違いや、中国がどんなところかを知る経験になりました。フフホトはモダンな街だったけど、そこで知り合った中国の人々とは政治的な話題はしなかったですね」
いち外国人として、一連の動きを見ていると、どうあがいても香港政府は中国政府の意向には逆らえないように見えるし、香港人自身、中国政府の巨大な力にはあらがえないと理解している節もある。それでもデモを続けるのかと尋ねてみた。
「我々は何でもできると信じている。警察に対して、政府に対して、デモ参加者たちが示し続けることで、将来に対して何か起こせるだろうと」(リオさん)
「状況は変わってない。我々は戦い続ける。何もしなければ何もチャンスはない。次の世代のためにも大切なことです」(ジェシーさん)
彼ら2人含めて、なぜ香港の若者たちは政治についてはっきりと意見を述べたり、行動できるのだろうか。不思議に思い、その理由をたずねてみた。教育と生活の影響がある、と彼らは言う。
「香港では中学校から政治的なことを考える機会があります。 試験とか教育制度の影響もあるかもしれない」(リオさん)
「でも、やっぱり一番は、私たちの生活に影響があるから、政治について考えるようになる。考える必要がある」(ジェシーさん)
香港をむしばむ「自我審査、セルフセンサーシップ」
警察とデモ隊との衝突は定期的に発生している。8月21日には元朗駅周辺で再び衝突が発生した。
KaiPfaffenbach/Reuters
それで積極的に、香港の政府や警察に対しても声を上げていく。ただ、それでも香港の人々が持つ言論の自由が、萎縮されてきていると感じる。
「香港の人たちは自分が話す内容に対して敏感になってきている。『自我審査、セルフセンサーシップ』するようになってきている。企業も敏感になっていると感じる」(リオさん)
これまで中国政府が香港の人々に見せてきた、ある日突然身に覚えのない罪で拘束されたり、企業が中国政府の意向に沿わない表現や行動をして謝罪に追い込まれたり、といった数々の事件が、もしかしたらボディブローのように香港の人々の意識にすり込まれているのかもしれない。この状況の中、国外への移民を考えたりしないのだろうか。
「確かに考えたことはある。中国政府が我々の生活を脅かすなら。でも、香港は私の家です。もし30年後に他の国のパスポートを持つことになったとしても、やはり香港は私の家です」(リオさん)
「私は香港を離れることは望んでいない。でも、香港の自由がなくなると、香港の価値もなくなる。西洋式の教育を受けたり、または私たちは権力の監視とかもできる。香港に自由が続くことを望む。香港が1997年の返還直後のような状態になることを望んでいます」(ジェシーさん)
ここで取り上げた以外も含めて、香港では20代前半、20代後半、30代前半とそれぞれの世代の香港人から話を聞いた。共通するのは、「香港がそれまで持っていた価値、法律、自由といったものが脅かされている」ことに対する不安だった。
もう一つ、気づかされたことが言語だ。筆者は片言の普通語と英語で取材を試みたが、大抵の香港人の若者なら普通語は流ちょうなのかと勝手に思い込んでいた。ところが、実際には普通語は聞き取れても話すのが苦手という香港人は、若者でも少なくない。「広東語は自分たちのアイデンティティーだから」と答えてくれた香港人もいた。
普通語教育も20代後半、30代前半だとそこまで強制されてないどころか、学ぶ機会があっても1、2年程度だったという(学校によってもカリキュラムが異なる)。こういった背景も、香港人が新移民、中国人たちに違和感を持つ要因になっている。
声をあげ続けている香港の若者たちに、香港政府や、その後ろに控える中国政府が応える日は来るのだろうか。
(文、写真・吉田博史)