ユタシェルターシステムズの建設中の地下壕に立つポール・サイフリッド(Paul Seyfried)氏。シェルターの価格は5万1800ドル(約550万円)から6万4900ドル(約690万円)。2012年12月12日、ユタ州ノースソルトレイク。
Reuters/Jim Urquhart
- アメリカではここ数十年、社会を脅かす自然災害や人災に備えたり備蓄したりする、プレッパーズ(準備する人)と呼ばれる人々が増えている。
- イギリスの犯罪学教授のマイケル・ミルズ氏は、全米を旅しながら、プレッパーズと生活をともにしてその動機を研究している。
- プレッパーズの動機はいろいろあるが、ミルズ氏は「主に右翼的な文化だ」とBusiness Insiderに語った。
- プレッパーズ関連のビジネスは、トランプ政権になって売上が落ちているという。これは心理学者が昔から言ってきたことを証明している。恐怖が保守的な意見を駆り立てて、終末への準備も盛んになる。
2014年、英国の犯罪学者、マイケル・ミルズ(Michael Mills)氏は、多くのアメリカ人が世界の終わりに備えている理由を調査するためにアメリカを訪れた。
トイレットペーパー、MRE(Meal, Ready-to-Eat)と呼ばれるすぐに食べられる食料、池の水を飲用に変えるストローなどの品々を備蓄している人がアメリカ中にいた。
「プレッパーズ」が備えているのには、さまざまな理由があった。自然災害後の食糧不足や水不足を心配する人もいれば、戦争や致命的な伝染病の蔓延、大規模な停電にすぐにでも備えなければいけないと考える人もいた。
しかし、多くの人々は、少なくとも部分的には、当時ホワイトハウスに誰が住んでいたかによって動機付けられていた。ミルズ氏は、メアリーという名のプレッパーに聞いた。
「政治があなたの準備にどのような影響を与えているかを教えてほしい」とミルズ氏が聞くやいなや、「ええ、オバマは出ていくべき!」と、ボイスレコーダーに向かってメアリーは言った。「オバマは出て行くべき!」と。
トランプ政権になって「準備」は減った
メアリーの意見は、当時のアメリカのプレッパーズの間では珍しい意見ではなかった。 ミルズが2014年に出会った39人のうち35人は、政治的に右寄りだと認め、「保守的」「共和党右派」「自由至上主義」「保守主義者」などを自称していた。
しかし、ドナルド・トランプ氏が2016年に大統領に就任して以来、終末への準備は全国的に減少している。
「終末への準備」に関するコンベンションは数少なくなり、Business Insiderとミルズ氏に話した何人かの準備ビジネスのオーナーは、コミュニティの活動は3年前ほど活発ではないと言っている。
これは、トランプ氏が保守派の支持者を含む有権者の最悪の不安を軽減していることを示している。
「ホワイトハウスとサイクリングしているように思える」とプレッパーで発明家のミハイル・メルクリエフ(Mikhail Merkurieff)氏はBusiness Insiderに語った。彼は調理器具や持ち運びできるシェルターなどの調理・キャンプ用具を製造・販売している。
2012年12月10日、ユタ州サンディの食料品店には、プレッパーズ御用達のフリーズドライ食品と非常食がぎっしりと並んでいた。
Jim Urquhart/Reuters
リベラルなプレッパーズは多くない
2016年の選挙以来、リベラルで反トランプ派の有権者が増えているという報告もあるが、ミルズ氏によると、プレッパーズの備蓄が大幅に増加した証拠は見当たらず、メルクリエフ氏を始めとするプレッパービジネスの関係者も同じ意見だという。
「私の感覚ではほとんど冷え切っている」とミルズ氏はBusiness Insiderに語った。
「選挙後に左派やリベラルの支持者が増えたことは間違いないが、オバマ氏が大統領に就任した2008年以降に起きたことと比較できるほどの規模ではない」
「トランプ氏が大統領なら、何も心配ない」
ミルズは、終末準備の現象を研究している唯一の学者だ。
彼は昨年のJournal of Risk Research誌でオバマ政権下でのプレッパーズの増加について書き、その後6月にJournal of American Studiesに「オバマゲドン:恐怖、極右、そしてプレッパーズの台頭(Obamageddon: Fear, the Far Right, and the Rise of 'Doomsday' Prepping in Obama's America)」を発表した。
彼によると、現在のアメリカでの「準備」の冷え込みは、Facebookグループやビジネスを運営する人々にも感じられている。
ノースカロライナ州の丘陵地帯で毎年、自分たちの技術を向上させようと、最悪のシナリオを想定した約1400人のプレッパーズが参加する「プレッパー・キャンプ」を主催しているリック・オースティン(Rick Austin)氏も、景気後退を指摘する。
「ビジネスが落ち込んでいるのは、人々が『トランプ氏が政権を握っているんだから、何も心配する必要はない』と言っているからだ」と彼は、アパラチア山脈の「秘密の」牧場でヤギの乳を搾りながら言った。
データがこれを裏付けている。
ミルズ氏の集計では、2014年3月から2015年5月の間に、プレッパーズが装備を購入したり、新しいサバイバル技術を習得したりするイベントが全米で46回あった。プレッパーズの情報サイトThe Simple Prepperによると、今年のイベントは全米で十数回しかない。
「彼らは準備と銃の展示をする傾向がある」とミルズ氏は言った。
「準備はある種の別の関心事に折り畳まれている」
フロリダ州レイクパークにあるHomeSafety Academyの創設者、デヴィッド・デウジェニオ(David D'Eugenio)氏。防護スーツと乾燥食品の前でポーズをとる。2014年10月21日。
Reuters/Andrew Innerarity
「終末への準備」はアメリカの伝統
ミルズ氏は「終末への準備」はアメリカ生まれの伝統だという。この現象は、個人主義と自立を賞賛するアメリカの歴史と一致している。プレッパーはしばしば「開拓」のことや、知らない土地で暮らすための「忘れられた方法」を学ぶことについて話すという。
「園芸、家畜、木工、薬草などについて調べていくと、60、70年の間に忘れ去られていたものに再会できる」
プレッパーで「I am Liberty(私は自由)」というポッドキャストのホストであるジェームズ・ウォルトン(James Walton)氏はBusiness Insiderに対し、そう語った。
「これが私の人生です。庭、鶏、自給生活、ハイキング、釣り、狩猟。今では鍛冶屋までしている。楽しいから」
ノースカロライナ州キンストンの農場でミツバチの世話をするジェフ・ニース(Jeff Nice)氏。13エーカー(約5.2ヘクタール)の農場に住んでおり、牛、鶏、七面鳥、野菜を育てている。2012年12月14日。
Chris Keane/Reuters
ミルズ氏は2014年にプレッパーを訪問したとき、オバマ氏がゴルフをやりすぎていることや、国境を守ることの重要性について、数時間前のテレビの内容と同じことをよく聞いたという。
「オバマが大統領に就任して、ある人々は非常に心配していた。そして、彼らは物を買う余裕があった」とメルクリエフ氏。
「今は『オーケー、危険は去った』という誤った感覚がある」
いくつかのイベントでは「米国を再び安全にする(Make America Safe Again)」と書かれたTシャツが登場した。
「自由であれ財産であれ、何かが奪われるのではないかと感じる時、人はそれを貯め込んでしまう。常にパニックになる人たちはいる」とメルクリエフ氏はいう。
恐怖によって人は保守的で右翼的になる傾向がある
2016年3月3日、共和党の大統領候補(当時)ドナルド・トランプ氏は、ミシガン州デトロイトのFOXシアターでFOXニュースが主催する討論会に登場した。
Chip Somodevilla/Getty Images
社会科学者は長年、恐怖と政治の関係を研究してきた。脅威や恐怖を感じるたびに、人は保守的になるという明確なパターンがある(それは9.11以降に生まれ、米国外でも報告されている)。
ミルズは、アメリカの右翼文化の「独特の恐怖による政治」が過去20年から25年にわたって激化していることに気づいた。それはトランプ大統領が彼自身の政治的優位のために使うものだ。
オバマ氏が大統領だった時、プレッパーズはミルズに「弱いリーダー」「ナルシスト」と言ったが、今、トランプ氏に対してそういった厳しい批判はない。
多くの人にとって、トランプ大統領が経済を立て直しつつあるという考えは、それが事実であろうなかろうと、彼が生産的であろうとなかろうと関係がない。また、彼の外交政策が強硬だという考えは、オバマ政権下で多くのプレッパーが抱いていたであろう懸念と、彼らがそれにどのように対処してほしいと考えているかを示している。
プレッパーは普通のアメリカ人だ
自分のトレーラーの食品貯蔵庫の在庫を点検するマイク・ホランド(Mike Holland)氏。2012年12月13日、ノースカロライナ州ウォレントン。
Chris Keane/Reuters
少し余分にトイレットペーパーとボトル入りの水を買うことから、数百万ドルの精巧な避難壕に至るまで、「準備」はさまざま。ミルズ氏がテキサスで出会った70代の夫婦は、ガレージに銃の保管庫がたくさんあり、その中には大量の銃器を保管していた。
「そのうちの1つはライフルで、一発で車のエンジンを破壊することができるものだった」とミルズ氏はいう。
「夫がそれを保管庫から持ち出したが、重すぎて手が震えていた」
ミルズがこれまで出会った中で、地下壕を作っていたのは、その夫婦だけだった。地下壕は、古い埋められた輸送コンテナから作られていたが、彼らはそれを完成させられなかった。
「私がインタビューした人々には、消防署長、救急隊員、消防士、元医師、退職者、事業主、公務員などがいた」とミルズ氏は語った。
「彼らはごく普通のアメリカ人だ。しかし、多くの人々がやらない方法で災害に備えている」
また、政治にまったく動機付けられていないプレッパーズもいる。ニューヨークの消防士ジェイソン・チャールズ(Jason Charles)氏は、クローゼットに1万ドル相当の備蓄品を詰め込んでおり、「すべての準備はできている」と2017年、Business Insiderに語った。
ニューヨーク市の自宅に備蓄しているジェイソン・チャールズ氏。
Robert Johnson for Business Insider
それでも、プレッパービジネスの関係者によると、明らかに左派に対する政治的な恐怖があるという。
「ある種のジョークみたいなものだ。民主党をホワイトハウスに戻さなければならない。そうしたら、売上がまた上がるだろう」とメルクリエフ氏は言った。
(翻訳、編集:Toshihiko Inoue)