ムスリム女性議員であるイルハン・オマル議員(右から2番目)、ラシーダ・タリーブ議員(一番左)。トランプ大統領はこの2人を含む、民主党の女性議員らに対して、「国に帰れ!」とツイートした。
REUTERS/Erin Scott
アメリカのトランプ大統領が自国の2人のムスリム(イスラム教信者)の女性議員の入国を禁じるようにイスラエル政府に呼びかけた問題の波紋が大きくなっている。
2人の議員はパレスチナ人の扱いをめぐりイスラエルを非難する「対イスラエル・ボイコット運動」の支持者だが、政敵とはいえ、大統領が同盟国を使って自国議員の足を引っ張るというのは過去にない話だ。両議員を含むマイノリティ議員に対してトランプ氏は、先月も「国に帰れ!」にTwitterで罵声を浴びせていた。
2人の議員に対するトランプ大統領の姿勢から、アメリカにおけるムスリムの現在地を考えてみたい。
トランプ氏の「目の上のたんこぶ」
トランプ氏が叩いているこの2人の下院議員は、イルハン・オマル議員、ラシーダ・タリーブ議員。いずれも昨年の中間選挙で初当選し、民主党の躍進の象徴となった。連邦議会では初の女性のムスリムの議員である。
男性のムスリムの下院議員は2018年の中間選挙でも議席を守ったアンドレ・カーソン氏(インディアナ州選出)がおり、これで435人の下院全議席のうち、ムスリムの議員は3人となった(初めてのムスリム議員は2006年に当選したキース・エリソン氏で、2018年、ミネソタ州の司法長官に転出し、その議席をタイーブ氏が受けついた形となっている)。
オマル議員(ミネソタ州選出、36歳)はソマリアの首都モガディシュ出身で、家族とともに内戦状態のソマリアを脱出。ケニアの難民キャンプで4年間過ごした後、難民として1995年にアメリカに迎え入れられた。2000年に17歳でアメリカ国籍になり、大学卒業後は女性運動などを行っていた。「難民から連邦議員」という、アメリカン・ドリームを絵にかいたような人生だ。
タリーブ議員(ミシガン州選出、43歳)は、ミシガン州デトロイトにパレスチナからの移民2世として生まれた。フォード自動車の製造工場で働く父に支えられながら、法律大学院を卒業した後、弁護士として活動してきた。
トランプ大統領は就任後、イスラム圏5カ国からの入国を制限する政策を実行した。
REUTERS/Carlos Barria
2人の議員は、同じく2018年の中間選挙で当選したアレクサンドリア・オカシオコルテス氏(ニューヨーク州選出、29歳、ヒスパニック系=プエルトリコ系)、アヤンナ・プレスリー氏(マサチューセッツ州選出、45歳、アフリカ系)とともにトランプ大統領を常に舌鋒鋭く批判し続けている。モラー特別検察官が2016年の大統領選へのロシアの介入疑惑に関する捜査報告書を公表した後も幕引きを許さず、トランプ大統領の弾劾を要求し続けているのもこの4人だ。
アメリカのメディアは、新しい世代で民主党の新陳代謝を進めるとして、4人を「ザ・スクワッド」(「先鋭部隊」とでも訳したらよいかもしれない)というニックネームでもてはやしてきた。とても目立つこともあり、トランプ氏にとっては、「目の上のたんこぶ」的な存在である。
しつこく非難を繰り返す4人に対して、トランプ氏は7月14日に「彼女たちは自分たちの国に帰って、完全に破壊された犯罪だらけの国を建て直せばいいじゃないか」と「国に帰れ」とツイートした。
前述のように海外で生まれたのはソマリア出身のオマル議員だけで、トランプ氏のツイートは誤りではある。ただ、たぶん、意図的でもあったように感じる。
というのも、大多数のアメリカ人がムスリムに対して持っている「外国的なイメージ」を悪用し、ムスリムでないヒスパニック系とアフリカ系という人種マイノリティの2人を含めて4人全員に「よそ者」というレッテルを張ろうという意図があったのではないか。
急増しているムスリム人口
アメリカで急増しているムスリム。
shutterstock/Sharkshock
アメリカにおけるイスラム教徒は、数そのものは比較的少ないものの、近年は急激に増えている。
アメリカでは宗教については国勢調査の本格的な対象ではなく、政府統計などはない。代表的な民間調査機関であるピュー・リサーチセンターの調査によると、2017年時点でアメリカのムスリム人口は約345万人で、人口の1.1%だ。
イギリスやドイツが6%超、フランスが9%弱という欧州のムスリム人口(2016年)と比べると 、アメリカはまだ少ない。
アメリカの中の他の人種グループと比べても、ヒスパニック系が18.3%、アフリカ系が13.4%、アジア系が5.9%(いずれも国勢調査局の2018年現在の推計 )と、数的には比べ物にならない。人種ではなく、宗教の信者でいえば、ユダヤ教徒(ピュー調査、2014年推計で人口の1.9% )の半分強だ(ちなみに仏教徒は人口の0.7% でイスラム教信者よりも少ない)。
ただ同調査を見ると、2007年のアメリカのムスリムの数は235万人と、10年間でなんと47%も増えている。
近年の移民増加がこの要因と想像される。2017年のピューの調査 では、アメリカのムスリムのうち「外国生まれ」と回答したのは58%と半数を超える(アメリカ国民全体では18%)。「2世」と回答をしたのも18%となっている(同9%)。つまり海外生まれの移民ムスリムが急増しているのだ。
イスラム過激派のイメージが増殖
2001年9月におきた米同時多発テロの首謀者であるアルカイダがムスリムに対するイメージを悪化させた。
REUTERS/Steven James Silva
移民が増える前から、アメリカのムスリムにはいつも「政治的に過激」というステレオタイプがあったことは否定できない。かつてはアメリカのムスリムの大多数がアフリカ系のいわゆる「ブラック・ムスリム」だった。
ブラック・ムスリム運動はモハメッド・アリやマルコムXがそうだったように、「白人の宗教」であるキリスト教を否定し、白人に対する黒人のアイデンティティを主張する中で、イスラム教を選ぶ黒人解放運動でもある。つまり、既存の文化を否定するよう「過激な思想」の一部としてイスラム教が認識されてしまった部分も否定できない。
アリやマルコムX がかつて所属した団体の流れをくむ「ネイション・オブ・イスラム」が1995年10月19日にワシントンで開いた「100万人大行進」を筆者は現地で見たが、軍隊のような服や黒いスーツばかりの参加者の戦闘的な表情や、リーダーのルイス・ファラカン師の扇情的な言葉に、正直なところ、違和感を持った。
だが、最近のブラック・ムスリムは穏健化している。上述のエリソン氏もカーソン氏もブラック・ムスリムだが、議員活動の中でははっきりものは言うものの、バランスの取れた立場を維持してきた。移民のムスリムが増える中、相対的に「ブラック・ムスリム」の数も減っている(ピューの調査では全体の13%程度 )。
ムスリムの印象に与えた影響として決定的に大きいのが、ブラック・ムスリムよりもイスラム過激派テロ組織アルカイダが起こした2001年の同時多発テロだ。これでムスリムとテロリズムを関連させてしまうイメージが広がってしまった。
ほんの一部のイスラム原理主義者が起こした行動であり、アメリカのムスリムはできるだけアルカイダとは距離を置こうとした。
しかし、イスラムという宗教そのものを敵視する雰囲気も生まれる中、アメリカ国内のムスリムに対する嫌がらせも同時多発テロ以降、増えてしまった。「ムスリムはよくわからないが、過激だ」というイメージは特にトランプ大統領の支持基盤であるキリスト教福音派の中に顕著であるとみられる。
大統領の「ムスリム・カード」
イスラエルのネタニヤフ首相(中央)。イスラエルは「対イスラエル・ボイコット運動」に参加している人たちの入国を制限している。
Menahem Kahana/Pool via REUTERS
その心理を巧妙についたのがトランプ大統領だ。
オマル、タイーブ両議員が提唱している「対イスラエル・ボイコット運動(正式には「ボイコット、投資撤収、制裁(Boycott, Divestment, and Sanctions)の頭文字をとって「BDS運動」という)」は、イスラエルによるパレスチナ領土の占領終結、イスラエル国内に住むアラブ系住民の権利確立、パレスチナ難民の帰還権の承認などを最終目的とする運動だ。アメリカでは学術団体などが運動に参加しているようにリベラル派を中心に広がりを見せている。
ただ、イスラエルを非難する両議員の姿は、親イスラエルのキリスト教福音派にはかなり過激に映る。
8月15日、パレスチナを訪問しようとしたオマル、タリーブ両議員に対して、トランプ氏は「もしイスラエルがオマル氏とタリーブ氏の入国を許したら、とてつもない弱さの表現になる」とTwitterに投稿し、2議員の入国拒否をイスラエルのネタニヤフ政権に要請した。タリーブ議員はイスラエルの占領地ヨルダン川西岸に暮らす高齢の祖母らと面会するため、訪問許可を求めていた。これにオマル議員も同席する計画だった。
イスラエルは2017年から「対イスラエル・ボイコット運動」に参加した人たちの入国を禁止しており、両議員の入国拒否を決めた。翌16日にタリーブ議員については、人道的な観点から入国を許可すると発表したが、タリーブ議員は訪問を取りやめた。
訪問した場合、トランプ氏にとって追い風となってしまうと判断したためだろう。
そもそもトランプ氏はこれまでも「ムスリム・カード」を有効に使ってきた。
大統領選挙戦最中の2015年12月7日には、カリフォルニア州サンバナディーノでイスラム過激派夫婦(夫はアメリカ生まれのパキスタン系アメリカ人、妻はパキスタン生まれ)によるテロが起こった直後の「状況が改善するまで全てのムスリムの入国を拒否する」と発言。アメリカ国内外で大きな波紋を呼んだが、福音派を含む支持者にとっては、共感できる公約だった。
この公約は、さらにトランプ政権発足直後の2017年1月27日に大統領令として政策として導入され、国際的な批判を浴びた。文言は何度が修正され、最終的には「イスラム圏5カ国(イラン、リビア、ソマリア、シリア、イエメン)からの入国制限」となったが、最高裁は2018年5月、この政策を合憲とする判断を示している。
「ムスリム入国禁止」が部分的にも達成されたことになり、トランプ政権の大きな「成果」となった。
オマル、タイーブ両議員への牽制は、「ムスリム入国禁止」と同じように、支持固めを狙う「ムスリム・カード」そのものである。
2020年の再選に向けてさらに次なる「ムスリム・カード」をトランプ氏は用意しているのかもしれない。
前嶋和弘(まえしま かずひろ):上智大学総合グローバル学部教授(アメリカ現代政治外交)。上智大学外国語学部卒業後、ジョージタウン大学大学院政治修士過程、メリーランド大学大学院政治学博士課程修了。主要著作は『アメリカ政治とメディア』『オバマ後のアメリカ政治:2012年大統領選挙と分断された政治の行方』『現代アメリカ政治とメディア』など。