米中貿易戦争が激化「1ドル=100円割れ」へ着々。「ヒステリックな円高」は避けられても……

為替トレーダー。

世界の金融市場は米中貿易戦争の動向にたびたび振り回されてきた。8月26日の東京市場も、1ドル=104.50 円を割り込むなど急激な円高ドル安と株安に見舞われた。

REUTERS/Toru Hanai

8月26日、東京時間午前のドル/円相場は一時104.50 円を割り込み、年初来安値目前まで迫った。あいも変わらず米中貿易戦争の激化を受けた動きであった。

止まらぬ関税引き上げの応酬

トランプ米大統領。

8月23日、フランスでの主要7カ国首脳会議(G7サミット)への出発前、取材に応じるトランプ米大統領。この日、2500億ドル分の中国からの輸入品に課している制裁関税について10月以降、今の25%から30%へ引き上げるなどの方針を表明した。

REUTERS/Yuri Gripas

トランプ米大統領は8月23日、2500億ドル分の中国からの輸入品に課している制裁関税(第1~3弾)について、10月1日以降、今の25%から30%へ引き上げる方針を発表した。9月1日以降に予定される第4弾は当初10%で発動する予定であったが、これも15%に引き上げられる見込みである。

第4弾についてはスマートフォンやノートPCおよび玩具など米家計部門への影響度が大きい一部の輸入品についての制裁関税は12月15日以降の発動へと延期されているが、これも当然15%の対象となる見通しである。

まとめると、第1弾から第3弾、金額にして2500億ドル分については25%から30%へ、これから予定される第4弾については約1100億ドル分については9月1日から15%、米家計部門への影響度が大きい輸入品(約1600億ドル分)については12月15日から15%という整理になる。

第4弾も、当初発表された時から25%が最終ゴールと言われていた。今後は第4弾の断続的な引き上げ、最悪の場合、この部分についても25%、そして30%へと歩が進められる(すなわち中国からの輸入品の全てに30%が課される)可能性に警戒が必要である。

こうしたトランプ政権による踏み込んだ対応は、同じく8月23日、中国政府が原油や農産物など約750億ドル分のアメリカからの輸入品について5~10%の報復関税をかけると発表したことに対するリアクションだが、アメリカによる反応速度は非常に速く、あらかじめ想定していた動きのようにも思えるほどである。

さらに高まるFRBへの利下げ圧力

パウエルFRB議長。

7月31日、10年半ぶりとなる利下げを決めた米連邦公開市場委員会(FOMC)の後で記者会見する米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長。足もとでは米中貿易戦争の激化に伴い、追加利下げへの圧力がさらに強まっている。

REUTERS/Sarah Silbiger

本来、週明けのアジア市場では、世界の中央銀行トップが集まるジャクソンホール経済シンポジウムにおける米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長講演が取引材料となるはずだった。

講演前から金融市場では、利下げを決めた7月の米連邦公開市場委員会(FOMC)後の会見で(金融引き締めに積極的な)タカ派を気取り、株安やトランプ大統領からの反発を招くなど政治・経済的に「大炎上」した反省を踏まえ、(金融緩和に積極的な)ハト派色をアピールする(具体的には追加利下げを示唆する)と期待されていた。

実際にパウエル議長はこの期待に応えたのだが、米中貿易戦争を巡る一連の動きによってその努力も全て吹き飛ばされてしまった感がある。

もはや「(景気後退リスクに対する)保険的な利下げ」どころか「対症療法的な利下げ」が必要な情勢であり、必要な利下げ回数は7月のFOMC後、徐々に増えている印象すらある。

会合後の世界の経済・金融情勢を踏まえる限り、コミュニケーションに失敗したとしか言いようがあるまい。政治に振り回される不運とコミュニケーション下手が相まって、悲哀も漂う。

7月の利下げの理由が「貿易政策の不透明感に端を発するダウンサイドリスク」だったことを思えば、利下げが「保険的なもの」で終わる保証はどこにもなかった。トランプ大統領と完璧に意思疎通できる間柄ならまだしも、今や2人の関係はお世辞にも円滑とは言えなさそうである。

水物である政治的な材料を理由に利下げしたのに、「保険的」という根拠のない強弁をしてしまったことが、パウエル議長による7月のFOMC後の記者会見の最大の敗因と言える。

今後、中国に対する制裁関税が本当に30%まで引き上げられるのであれば、「貿易政策の不透明感に端を発するダウンサイドリスク」はリスクを超えて実体経済に本格的にダメージを与えるレベルに入ってくる可能性もある。

それを実感するころには「保険的な対応」ではなく、「堂々たる利下げ局面」に入っているであろうし、米金利とドルも一段と切り下がっている公算が大きい。

人民元相場にも要注目

人民元と米ドル。

米中貿易戦争の激化を受けて人民元相場がどう動くかは、他の資産市場にも大きな影響を与える可能性がある。

Shutterstock

中国からも目が離せない。より具体的には人民元相場の動向を注視したい。

アメリカからの輸入額が限定されている以上、中国が取るべき戦術は報復関税だけでは不十分で、「通貨安による関税相殺」も相応に必要になる。理論的には、「5%ポイントの関税上積み」は「5%ポイントの通貨安」で相殺できる。

金融市場では、米金利、米株、ドルの値動きに応じて他の資産市場のセンチメント(市場心理)も規定されてくる印象が強いが、最近ではこのほかに人民元の水準も取引材料として注視される傾向にある。

過去にも米中貿易戦争で緊張感の高まるイベントがあった時に、元安傾向に弾みがついてきたという経緯がある【図表1】。現状のムードが続けば、ドル/人民元相場が下落を続け1ドル=7.5元、8.0元と次々に節目を割り込んでくる展開もあろう。

【図表1】

【図表1】

8月18日付の日本経済新聞朝刊は「相場を市場の需給に委ねていれば1ドル=10元を割り込んでいた可能性もあった」との試算を紹介しているが、もはや中国がかつてのような経常黒字の水準を保てなくなっている以上、このような声は今後、増えてきても不思議ではない。

今回の関税引き上げを受けて、人民元相場がどういった動きを示してくるかは他の資産市場にとっても大いに重要な話である(8月26日のドル/人民元相場は7.10台をつけ、11年半ぶりの元安・ドル高水準となった)。元安が進むほどトランプ政権がこれにいきり立つという面倒な構図も忘れてはならない。

「相対的にマシ」な日本円

黒田日銀総裁。

為替の世界では、「相対的にマシ」であることが買われる理由になる。今の局面では、通貨高を引き受けさせられる役目は、黒田東彦総裁率いる日本銀行の金融緩和による応戦余地が乏しく、世界最大の対外債権国通貨である円に回ってきやすい。

REUTERS/Kim Kyung-Hoon

アメリカの経済・金融情勢が停滞色を強めるなか、円高・ドル安は着実に進んでいるが、米金利の低下幅の割には円高が限定的なものにとどまっているのも確かだ。

これにはいくつかの理由が考えられる。過去の記事でも論じた通り、日本の対外直接投資を通じた円の「売り切り」がドル/円相場の下支えに寄与しているという部分は引き続きあろうかと思われる。

しかし、現状に関してはもっと分かりやすい理由もある。常に「相手がある話」の為替の世界では、「相対的にマシ」であることが買われる理由になる。

国際決済銀行(BIS)が公表する日次の名目実効相場(NEER。通貨の総合的な価値を示す指標で、貿易額などに応じて複数の通貨に対する為替レートを加重平均して算出する)を見ると【図表2】、ドルは前年比で+2.4%、年初来で+1.5%と上昇していることが分かる。つまり、現在の為替相場全体では円高であり、ドル高が進行中である。

【図表2】

【図表2】

米経済が失速して米金利が下がる中でも経済・金融情勢が「相対的にマシ」である以上、ドル相場は下がらない(実際、下がっても米金利はまだ高い)。

同じ期間に人民元が前年比▲1.2%/年初来▲0.9%、ユーロが▲0.9%/▲0.7%、英ポンドが▲3.0%/▲3.1%と軒並み売られていることが明示的だが、アメリカに見切りをつけて他国・地域に資金を寄せようにも、人民元はさておき、欧州も政治・経済情勢が悲惨すぎて受け皿にならない。

本来、世界最大の経常黒字を抱え、金融緩和の余地も限定的なユーロはドル売りの受け皿として期待すべき存在だが、大黒柱のドイツに景気後退の懸念がくすぶり、域内3番目の経済大国であるイタリアで政治空白が発生、ブレグジット(イギリスの欧州連合離脱)の行方も分からず仕舞いという状況では、買うに買えないというのが実情だろう。

それだけ悲惨な状況にベットして金利面での見返りがあれば良いが、南欧諸国以外の長期金利がおおむねマイナス圏に沈没しているという、いかんともしがたい現状がある。

このような状況下、通貨高を引き受けさせられる役目は、世界最大の対外債権国通貨で、金融緩和による応戦余地が乏しい円に回ってきやすい。上述のNEERを見れば、同じ期間の円が前年比+5.8%/年初来+5.2%と騰勢を強めていることがその証しであろう。

とはいえ、実効ベースのドル高圧力が払拭されない中では、金融危機後にみたようなヒステリックな円高もまた難しいというのが実情なのだろう。

1ドル=100円割れに向けて着々と歩みを進めるというのが筆者のかねてからの見通しだが、欧州のだらしなさが際立つ中、その歩みはかつてほど性急なものにはならなそうである。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。


唐鎌大輔:慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)でチーフマーケット・エコノミストを務める。

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