デモが連日続く香港。
撮影:吉田博史
デモ隊と警察の衝突が過激化している香港。世界経済の一角を担う国際金融都市の混乱を、世界中が注視している。
現在は混乱の極みにある香港だが、ふだんの街を歩くと、日本に関するものをあらゆる場所で見かける。地下鉄では日本の女優が出る広告や、日本の商品や旅行に関する巨大広告がおなじみだ。
日本料理店の飲食店は香港のそこら中で見かけるし、さらに日本の有名チェーン店が新規参入してきている。そごうのような昔からある日系百貨店もあれば、7月にはディスカウントストアのドン・キホーテも第1号店を出店した。
香港で見かけるサッカー日本代表ユニを着た人
香港のオフィス街・中環(セントラル)で見かけた日本代表ユニホームを着た香港人男性。
撮影:吉田博史
一方で、香港の街を歩いて結構な頻度で見かけるものがある。サッカー日本代表のユニホームだ。
青色の日本代表ユニホームを普段着として街を歩く香港人が結構いるのだ。これは日本人の筆者としてはちょっとした驚きだった。ちなみに日本でも、日本代表の試合がある日でもないのに、サッカー日本代表のユニホームを見かけることがあるが、声をかけてみると香港人だったことがある。
香港には香港のサッカー代表チームがある。中国のもと、一国二制度に置かれている香港は、サッカーの代表チームやリーグ戦も中国とは別で存在している。マカオも同様だ。
香港は長年、英国の植民地だったこともあり、サッカー好きが多い。また香港代表はアジアにおいて、一時期は一定の強さを誇っていた。今ではその見る影はないが。
また、香港代表チームは、国際都市という背景もあってか、代表チームには香港籍を取得した外国出身の選手が、過去から現在まで数多くプレーしている。最近では2018年に、浦和レッズユース出身で長年香港リーグでプレーしている中村祐人選手が、香港籍を取得し香港代表でプレーしている。
Jリーグへの興味や認知が高い
川崎フロンターレで活躍し、今年から香港3部リーグチームの監督に就任した井川祐輔さん。
提供:井川祐輔さん
Jリーグ川崎フロンターレなどで長年活躍し、2019年1月に香港リーグのチームを退団、3部リーグのLansbury FC(ランズベリーFC)の監督に就任した井川祐輔さんも、日本代表ユニホームを着る香港人が多いことが気になっていたという。
「お年寄りから子どもまで、日本代表やJリーグのチームユニホームを着ています。英国の植民地だったこともあってか、イングランドプレミアリーグのユニホームを着る人もいますね。以前、読んだアジアのサッカーに関するアンケートリポートによると、香港は日本に次いでJリーグへの興味度や認知度が高かったです」(井川さん)
Jリーグを好んで見る香港人が多いというのだ。
香港の地下鉄で日本代表ユニホームを着た香港人の少年。
撮影:吉田博史
それにしても日本代表ユニホームを着る理由はなぜなのか。21歳の香港人男性は、こう説明してくれた。
「日本代表はアジアでは強いし、昨年のワールドカップでも活躍していました。それに日本代表のユニホームの色である青色、『サムライブルー』は格好良いですね。香港人が使うECサイトでも人気ありますよ」(21歳の香港人男性)
スマホでそのアプリを立ち上げると、トップ画面の一角に日本代表ユニホームが表示されていた。
香港のECサイトではサッカー日本代表ユニホームが人気だそうだ。
撮影:吉田博史
なんで香港代表や中国代表のユニホームを着用しないの?
日本人としてはなんとなく嬉しい気分にさせられるが、一方で、香港代表のユニホーム、または、中国代表のユニホームを着ないのだろうか。
「香港代表や中国代表は弱いというのがあります。また、香港人は元々外国チームのユニホームが好きな人が多いですね。歴史的背景や海外のスタープレイヤーを見てきたので(筆者注:香港ではテレビでヨーロッパのトップリーグの試合を見られるし、放映するスポーツバーも多数ある)」(21歳の香港人男性)
また、やはり中国に対する複雑な思いもあるようだ。
「中国代表のユニホームを着用しないことで、中国に対する気持ちを表現しています。そもそも中国のサッカーは笑い話だらけというのもあります」(別の香港人男性)
彼の話した「笑い話」というのは、中国代表が“カンフーサッカー”と揶揄(やゆ)された、荒っぽい上に勝てないことを指す。中国代表は、習近平国家主席になって以降、本人のサッカー好きも影響してかサッカーに関する投資がさらに集まり、代表チームの強化への取り組みが積極的だ。最近もブラジル出身の点取り屋が、中国籍を取得して話題を呼んだ。
また、香港人の心理として複雑なものもあるようだ。この数年、香港サッカー界でこのようなことがあった。
香港代表の国際試合においてたびたび、試合前の国歌斉唱で流れる中国国歌の際に大ブーイングが発生。中国側から大きく問題視されてきた。香港の立法会(議会)では、中国の国歌への侮辱を禁ずる条例案が審議中で、違反すると最大3年の禁錮刑を科す内容となっている。
香港の旺角(モンコック)で見かけたサッカー日本代表のユニホームを着た香港人男性。SHIBASAKI(柴崎岳)の名前が見える。
撮影:吉田博史
日本では、サッカー好きの日本人でも代表戦開催日以外で日本代表のユニホームを着て街を歩く人は、そうそう見かけない。また、普段着で代表ユニホームを着る日本人はあまりいない。
異国の地で日本代表ユニホームを着用する現地人に会うと、妙に親近感がわいて不思議な気分にさせられる。
ところで、筆者は最近、逆の経験をしている。東京で、学生時代に買ったウルグアイ代表のユニホームを着て、フットサルコートに向かっていた。すると、突然外国人男性たちに大声で声をかけられた。彼らは旅行中であると明かし、片言の英語で「なんでお前はそのユニホームを着ているんだ! 俺らはウルグアイ人だよ!」と記念写真を撮ることになった。
香港で見かける日本代表ユニホームも、日本人が着るウルグアイ代表ユニホームも、国境を超えて人々を魅了する、サッカーの持つ不思議な力の一つなのかもしれない。
(文・写真、吉田博史)