左からブライノ代表の濱田航平と、出資元のW ventures共同創業者の新和博。
撮影:角田貴広
都内のあるオフィスで、大量のスニーカーに囲まれて仕事をする若者がいた。
1992年生まれの元証券マン、濱田航平。彼はここ最近急速に利用者を拡大しているスニーカー専門の売買サイト「モノカブ(monokabu)」を運営する起業家だ。
モノカブは2018年にスタートしたCtoCの売買サイトだが、いわゆるフリマサービスとは少し違う。
ユーザー同士の売買プラットフォームだが、扱える商材は新品のみ。商品の鑑定を導入しているのだ。また、売り手の希望価格が表示されるフリマサービスとは異なり、売り手と買い手の“指値”で商品価格が決まる株式のような仕組みを導入していることが大きな特徴で、濱田はこれを“モノの株式化”と表現する。いかにも証券マンらしい視点だ。
実は同様のサービスはすでにアメリカで注目を集めている。2015年創業の「Stock X」がユニコーン企業の仲間入りを果たし、サンフランシスコ発の「GOAT」などの類似サービスも生まれている。しかし、日本にはこうしたサービスがほとんど存在しなかった。
“思いついたら即行動”で起業
“モノの株式化”というアイデアを思いついた濱田は、「モノカブ」の骨子を組み立てると、すぐに証券会社を退職し起業した。
もともと4人兄弟の末っ子として自由奔放に育てられた濱田は、いつか国際的な仕事がしたいと考え、高校時代にアメリカへ留学する。
大学ではもっとも興味のあった建築を学んだが、不景気の波を受け、「なかなか食べていくのが大変そうだ」と思い、すぐに休学。ワーキングホリデーを利用してオーストラリアに9カ月間滞在したり、IT企業のインターンのために中国、ベトナムで1カ月ずつ暮らしたりするなど、さまざまな文化に触れつつ、IT業界への関心を強めた。
年の離れた兄がIT関連で起業していたこともあり、大学卒業時には「自分もいつかはIT関連で起業したい」と思うようになる。
まずは創業資金を貯めようと証券会社に入社。当時は大阪で営業担当をしていた。“モノの株式化”というアイデアを思いついたのはこの時だ。証券取引独特の“板寄せ”というシステムが合理的でフェアだと感じ、モノの売買に応用できないかと画策した。
「メルカリ」をはじめとするフリマ市場が大きな成長を見せた時期だ。
「モノに関して、店頭に並ぶ商品以外は相場がなかなか見えてきません。フリマサービスにしても、表示されているのは売り手の希望価格。それが買い手のニーズに合致しているとは限らないんです。株式のように相場も履歴も見える形で売買をサポートしたいと考えました」(濱田)
2017年初めには「モノカブ」の骨子を組み立て、証券会社を退職。同年12月、共同創業者とともにブライノを創業した。証券会社にいたのは1年程度。
創業の背景には、二次流通市場において問題となっていた“偽物”をなくしたいという思いもあった。
プレミアのつきやすいスニーカー市場にはつねに“偽物”問題がついてまわる。そこで、鑑定を挟むことで、オンライン上で安心して本物を売買できるプラットフォームにしたいと考えた。
熱量で動くサービスだからこそのポテンシャル
「モノカブ」では発売前のスニーカーも出品できるほか、買い手側からほしいスニーカーと希望金額を提示することもできる。
過去の相場から商品の価値を算出する株式的な取引では、商品の画一性が不可欠だ。だから、売買できる商品を新品に限定。中古品は使用感や状態によって“一点モノ”になってしまい、過去の相場を反映しづらいからだ。
現在プラットフォームに流通するスニーカーの平均単価は4万円。基本的には定価よりも高い価格で商品が出回る。利用者数や流通総額は非公開ながら、順調に成長しているといい、今後取引手数料による収益化を目指す計画だ。
2019年4月にはベンチャーキャピタルや個人投資家を引受先とする第三者割当増資を実施。投資元の一つで、ミクシィからのLP(リミテッド・パートナーシップ)出資を受けて誕生した50億円規模のファンドW ventures共同代表の新和博は「モノカブ」の可能性をこう話す。
「toCサービスの最大の目的は『一般消費者を楽しませることができるかどうか』。シード段階(準備段階)での投資判断が難しい半面、見えないポテンシャルを抱えたワクワクするサービスがあることも事実で、『モノカブ』もその一つでした」
モノがなくても“ほしい”という純粋な希望に対して価値がつくのは、まさにこのワクワク感が生み出す市場ならではだろう。
「アンチ・シェアエコ」というパワー
「モノカブ」を通じて、「『証券的な取引』を当たり前だと思えるような文化を作っていきたい」と濱田は語る。
濱田は「モノカブ」を通じて実現したい世界観を「アンチ・シェアリングエコノミー」だと表現する。
フリマが“所有から利用”をうながすシェアリングサービスだとすれば、「モノカブ」は独占欲の強い(ほんとうは売りたくない)商材に価値をつけて売買する「アンチ・シェアリングエコノミー」な世界。アート作品のオークションにも近い概念だ。
しかし、ファッション業界でこのようなビジネスは“転売”と言われ、ネガティブに捉えられることも多い。もちろん、人気商品を転売目的で買い占めて不当な高値で売る行為は奨励されるものではない。チケットの転売問題に対して、アーティストが然るべき対処をしているのも納得がいく。
だが、希少性やブランド自体に価値がつき、定価以上の値段がつくことが果たして悪かといえば、そうとは限らない。
濱田の見解はこうだ。
「ルールの中で売り手と買い手の双方が合意できる金額であれば、定価以上の価値がつくことは受け入れられるべき。これまでもこうした希少性を売りにしている店舗は数多くありました。個人間取引でこうした考えが浸透するにはまだ少し時間がかかるかもしれませんが、コレクションという観点では、価値がつくことは歓迎すべきではないでしょうか」
そもそもモノカブがスニーカーに特化しているのは時間の経過とともに付加価値がつく“株式化”しやすい商材だったからだというが、濱田は「いずれは水のような商品でも扱えるプラットフォームになりたい」という。
「来年までに日本一のスニーカー売買サイトを構築します。将来的にはアジアに展開したいしも、商材も拡大したい。ユーザーが『証券的な取引』を当たり前だと思えるような文化を作っていきたいです」
そしてさらなる可能性をこう考える。
「偽物撲滅を目的に始めたサービスですが、買い手のニーズもわかるので、企業と提携して在庫数や商品価格の適正化などもできるし、クラウドファンディングをする際に商品価格を買い手側に委ねることもできる。いわゆる“モノのIPO”です。長期的にスニーカー市場全体を活性化させるために一次市場と二次市場が手を組める可能性は大いにあると思います」
※敬称略
(文・写真、角田貴広)