ゲイを暴露された一橋生の死から4年「事件を風化させない」行動する在学生や卒業生

一橋アウティング事件から4年。なぜ、事件は起こってしまったのか。事件を風化させないためには……。それぞれの思いを抱いて活動する、一橋大学の在学生・卒業生たちを追った。

一橋アウティング事件:一橋大学(東京都国立市)の法科大学院生の男性が、同級生らに同性愛者だと暴露(アウティング)され、2015年8月、校舎から転落死した。男性は、教授やハラスメント相談室に一連の出来事や症状を相談していた。

一橋大学・マーキュリータワー入り口に設置された献花台。

一橋大学・マーキュリータワー入り口に設置された献花台。

撮影:一本麻衣

「私が助けられなかった」

2019年8月24日、一橋大学アウティング事件が発生してから4年が経った。

この事件は、アウティング(他人のセクシュアリティを暴露すること)の問題を広く社会に知らしめたほか、性的マイノリティに対する大学側の適切なサポートの問題も呼び起こした。

筆者は、同大学でジェンダー研究のゼミを卒業した一人だ。ニュースを聞いた時、ジェンダー研究が盛んなこの大学で、こんな事件が起きたことが不思議でならなかった。

8月24日、事故現場となった構内のマーキュリータワーを訪れると、夏休みにもかかわらず多くの学生が出入りしていた。入り口のすぐ右手に、レインボーの旗に覆われた献花台が置かれている。事件で亡くなった男子学生の命日であるその日、設置されたものだ。

献花台にはたくさんの花が供えられていた。

献花台にはたくさんの花が供えられていた。

夏休み期間中にマーキュリータワーを出入りするには、学生証を所定の場所にかざす必要がある。献花台はカードリーダーのすぐ横に置かれているため、ほとんどの学生が「何だろう?」という様子で足を止め、事件の内容がつづられた文章を読んでから入館する。中には手を合わせる学生もいた。

命日の11時30分を過ぎたころ、被害者の両親が訪れた。献花台の前に来ると、母親は声を上げて泣き崩れた。

「息子の命日が近づくと、『私が助けられなかった』という思いばかり浮かんできます。体調もとても不安定になります。今日、ここまで来られる自信はなかったのですが、行けるところまで行こうと思い、なんとか来ることができました」

「一橋大生は絶対に忘れてはいけない事件」

 事故現場に供えられた花。

事故現場に供えられた花。

献花台を設置したのは、一橋大学大学院経済学研究科修士課程の本田恒平さん。事件が起きたとき、本田さんは他大に通う大学2年生だった。

「生まれも育ちも国立なので、公園のように利用していた一橋大学は身近な存在でした。大学ではジェンダー研究もしていたので、事件が発生した場所だけでなく、その内容にもショックを受けました」

大学4年生になった本田さんは、一橋大学大学院への進学を考え始める。そのことを当時仲の良かった友人に話すと、一瞬、彼女は険しい顔つきになり、「私の兄は一橋大学で亡くなった」と本田さんに明かした。彼女はアウティング事件で亡くなった男子学生の妹だった。

その瞬間、一橋大学アウティング事件は僕にとって特別な事件になりました」と本田さんは振り返る。

「進学したら、一橋大学をこんなことが二度と起きないような場所にしたかった」

今年の春から同院に通う本田さんは、昨年まで事件の献花を主催していた学生が卒業していることを知り、自ら大学に許可を取って献花を引き継いだ。テーブル、レインボー旗、事件の内容を伝える文章などは、全て本田さんが用意したものだ。

一橋大生はこの事件を絶対に忘れてはいけないと思います。僕一人でできることは限られていますが、思いを持った在学生や卒業生は他にもいます。事件を風化させないために、そしてこの事件に対して一橋大学に真摯に向き合ってもらえるように、僕にできることを考えていきたいです」

「自分も同じことになっていたかもしれない」

プライドブリッジ会長の松中権さん(右)と副会長の川口遼さん(左)。

プライドブリッジ会長の松中権さん(右)と副会長の川口遼さん(左)。

本田さんの言葉通り、事件を風化させないために立ち上がっている一橋大生は、本田さんだけではない。

事件の一審判決が言い渡された2019年2月27日、一橋大学の卒業生である松中権さんは、任意団体プライドブリッジを設立した。

プライドブリッジは、一橋大学をLGBTQ学生を含む全ての人が安全に過ごせる環境にしたいと考える卒業生有志のネットワーク。

学内のジェンダー社会科学研究センターと協力して「一橋プライドフォーラム」を開始し、性の多様性への理解を促す在学生向け寄附講座の開講や、ジェンダー・セクシュアリティに関するリソースセンターの設置・運営を行う。

同団体の会長を務める松中権さんは、2000年に一橋大学法学部を卒業し、入社した電通ではゲイを公表して働いていた。「カミングアウトしてLGBTQを支援するNPOを立ち上げ、二足のわらじでキラキラ楽しく働いていました」と当時を振り返る。

ところが事件の翌年、両親が提訴後に記者会見を開いた2016年8月5日、ニュースでその内容を知った松中さんは言葉にできないほどのショックを受ける。

一橋大学在学中、松中さんはカミングアウトしていなかった。大学は性的マイノリティが安全に過ごせる場所ではないと感じていたからだ。事件を受けて、「状況によっては自分も同じことになっていたかもしれない」と、まるで被害者と自分自身が一体化したように感じたと話す。

この出来事がきっかけとなり、松中さんは電通を退社して性的マイノリティのための活動に専念することを決意。同大の卒業生とともにプライドブリッジを設立した。

松中さんは、学内で事件が風化しつつあることに警鐘を鳴らす。

「電通の寄付講座のひとコマとして、私は一橋大学生に向けてここ数年、LGBTQと社会活動について授業をしてきました。退社後も続けています。今年の受講生の中で、一橋アウティング事件の内容を理解している学生は約半分でした

“悪意のない本音”をこぼす学生

一橋大生たちが共同で執筆した『ジェンダーについて大学生が真剣に考えてみた――あなたがあなたらしくいられるための29問』。

一橋大生たちが共同で執筆した『ジェンダーについて大学生が真剣に考えてみた――あなたがあなたらしくいられるための29問』(明石書店)。

事件後、ジェンダーに関する書籍を出版した一橋大生たちもいる。タイトルは、『ジェンダーについて大学生が真剣に考えてみた——あなたがあなたらしくいられるための29問』。本著では、アウティングの定義や問題点、事件の内容についても丁寧に解説されている。

同パートの執筆を担当した学生の一人である、一橋大学社会学研究科修士一年の女性、Aさんは、アウティングに関する記載を本著に含めた理由を次のように話す。

「この事件は学内で起こったにもかかわらず、何が問題だったのかとか、この状況をどう改めなければいけないかとか、私のまわりではそこまで話題に上りませんでした。しかも『ゲイに告られたらどうするんだよ』という“悪意のない本音”をこぼす学生が1人や2人ではないことを、日常会話の中で実感していました

事件後も、学内は性的マイノリティの人たちが安全に過ごせる場所になったとは言えない。改めてそう感じたAさんたちは、「この問題を取り上げないわけにはいかない」と考え、事件の問題点を広く伝える必要があると考えた。

「『性の多様性は守られなくてはならない』と考える私たちの立場を、明らかにしたいと思いました。ジェンダーを研究する立場として、この問題について沈黙したくなかったんです」(Aさん)

息子の魂はまだ生きている

献花台の前でインタビューに応じた遺族。

献花台の前でインタビューに応じた遺族。

被害者の両親は、このような在学生や卒業生の取り組みを前向きに受け止めていた。

父親は「息子を失ってからは寂しくてしょうがない」と振り返りつつ、「こうして支援していただく皆さんがいらっしゃることが、一番の心のよりどころです。それでなんとかやっています」と話す。

母親は、こう語る。

私や家族だけじゃなく、少しでもみなさんがこうして行動に移してくださるので、息子の魂がまだ生きてるって思います。事件が忘れ去られるほど、つらく悲しいことはありません」

遺族は2016年3月、アウティングした同級生と一橋大学に対し、損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こした。その後、同級生とは和解が成立している。

一方で、大学とは未だ係争が続いている。2019年2月の一審判決では遺族の訴えは棄却された。判決は、アウティングの問題点や重大性に一切触れることなく、大学の対応に落ち度はなかったとするものだった。その後、遺族は控訴した。

「大学は全くわかっていないです。一審で私たちは負けましたが、それで当たり前じゃないかぐらいに思っているのではないでしょうか」(母親)

「やっぱり、許せんですね。息子から相談を受けたときにちゃんと話をしてくれれば、こんな形にはなってなかったんじゃないかなって思いますよね。なぜ私たちが控訴したかということを理解してほしいです」(父親)

事件に無関係な人はいない

献花台に供えられた手紙。

献花台に供えられた手紙。

先出の書籍『ジェンダーについて大学生が真剣に考えてみた——あなたがあなたらしくいられるための29問』に、アウティングの問題点は以下のように記されている。

「家族や友達、知り合いが自らのセクシュアリティをあなたに告げた場合、もしくは偶然知ってしまった場合などに、アウティングをするとどういったことが起こると考えられるでしょうか。わたしたちの社会では、今なお多くのセクシュアル・マイノリティが『普通でない』と烙印を押され、大きなリスクを負う危険性をもつため、場合によっては命を奪われたり社会的な死に追いやられたりすることもありえます」

他人のセクシュアリティを暴露することは、単に秘密をばらすことと同列で語ることはできない。アウティングは、人の命を奪ったり、社会的な死に追いやったりする可能性がある行為だ。そのため、本人の同意なくアウティングすることは絶対にしてはならない。

事件後の4年間で、性的マイノリティを取り巻く環境は確かに変わってきている。早稲田大学や名古屋大学、筑波大学、群馬大学などでは、性的マイノリティの学生への対応ガイドラインが策定された。国立市では、全国初のアウティング禁止条例が施行された。しかし制度だけでなく、一人一人の意識が変わらなければ本当の再発防止にはならない。

献花台は8月31日(土)まで設置される。

(文・写真、一本麻衣、編集・西山里緒)

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