【日韓関係・佐藤優徹底解説】日本外交は短期的には勝利。だが、中長期では守勢に追い込まれる

日韓関係

Business Insider Japan

8月22日、韓国の文在寅大統領が軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を破棄することを決めたと発表しましたが、韓国が破棄することは、日本は織り込み済みだったと思います。

2016年からGSOMIAによって両国間で情報交換が行われた回数は29回、そのうち韓国が日本から情報をもらった回数が極端に少ないという不満が韓国側にはありました。

そもそも元徴用工判決によって日韓間の信頼関係が崩れている今、軍事やインテリジェンスにおける情報共有もすでに機能しておらず、GSOMIAは事実上意味のないものになっていました。

売られたケンカを買っただけ

G20

6月に開かれたG20では、わずか8秒の握手に終わった文大統領と安倍首相。

Reuters/ Kim Kyung Hoon

元徴用工判決に端を発した、韓国への半導体材料の輸出規制やホワイト国(輸出優遇国)からの除外といった日本政府の対応は当然です。外交姿勢としては正しいと言えるでしょう。日本政府としては厳しく出ざるを得ないのです。

もともと日韓基本条約と請求権協定で解決済みの話を、韓国はなぜ蒸し返して来たのか。国際関係で約束をしたことは守られなければいけません。日本からみれば、最初に約束を反故にしてケンカを売ってきたのは韓国だから、売られたケンカを買っただけということです。

輸出規制やホワイト国からの除外は、まさに政治的な報復なのです。

韓国がGSOMIAの破棄で気にしていたのは、日本でなくアメリカ。そのアメリカは、ポンペイオ米国務長官などトランプ政権の幹部が失望や懸念を表明しました。このことは韓国にとってショックだったのではないでしょうか。

そういう意味でも、日本外交は短期的にはケンカに勝ったと言えると思います。

日本人が気づかぬ韓国人の苛立ち

日韓関係

日本と同等になりつつあると感じているのに、「まだ日本にナメられている」という韓国人の苛立ちがある。

Reuters/ Toru Hanai

しかし、中長期的にはどうでしょうか。

日韓基本条約が締結された1965年当時の1人当たりのGDPは日本が700ドルに対し、韓国は100ドル。それが2018年には日本の3万9000ドルに対して韓国は3万1000ドルと拮抗しています。人口が日本の方が多いので、国全体のGDPは日本が2.5倍ですが。

日本を観光で訪れる人も増えたことで、日本人と自分たちの生活水準にそれほど差がないことに韓国の人は気づいています。

つまり韓国からみれば、自分たちは経済的にも日本と同等の国力があると感じている。問題はそれを日本人が理解していないことです。

もちろん韓国には深刻な国内の経済格差という問題が存在します。ですが、国民の中には、こんなに日本と対等になったにも関わらず、まだ自分たちは日本にナメられている、という集合的無意識が存在する。

かつては1人当たりのGDPでみても7倍もの差があった日本に追いつけと必死で努力して、今や追いつこうしているのに、日本はそう見ていない、という苛立ち。そしてその韓国国民の苛立ちに日本や日本人が鈍感すぎることに、さらに韓国人は苛立っているのです。

これは夫婦関係に例えるとわかりやすいと思います。かつで年収が随分下だった年下の配偶者が、経済力をつけたにも関わらずずっと見下されたように見られていたらどうか。離婚につながりますよね。

日韓関係を少しでも良好にしようと思えばまず、日本人がこの韓国人の苛立ちに気づき、理解しようとすることです。

日韓基本条約、改定となれば守勢に

竹島

日韓基本条約が改定となれば、竹島問題も韓国は大幅な譲歩を迫ってくる可能性がある。

Reuters/ Handout.

韓国にしてみれば1965年当時、日本と国力の差があった時代に結ばれた日韓基本条約は“不平等条約”だと、だからその内容には従えない、改定を求めるという論理になります。

ただ、この日韓基本条約は日朝関係が正常化すれば、必然的に改定せざるを得なくなるでしょう。

トランプ大統領は今は再選しか眼中にないので、北朝鮮がいくら短距離ミサイルを撃ってもアメリカに影響がないのでスルーしています。再選すれば、北朝鮮の事実上核保有を認め、米朝国交正常化に動くでしょう。その時期は再選後まもなくだと思います。

米朝関係が正常化すれば、日朝関係も正常化へと動くでしょう。私はそれは安倍政権のうちにあり得るとみています。

日韓基本条約は、朝鮮半島は休戦中という前提で結ばれています。日本と北朝鮮の関係が正常になれば、韓国は朝鮮半島における唯一の合法政府という基本条約の前提が崩れるので、改定を迫られます。その際、韓国は日本に対して元徴用工の請求権、慰安婦問題、竹島などの問題で大幅に譲歩を迫ってくるでしょう。

そういう意味では中長期には日本は日韓関係で守勢に追い込まれるとみています。

文大統領はもはや「用済み」の人物

金正恩

文大統領の経済協力を痛烈に批判した金正恩氏。北朝鮮のこの支配者は、韓国をあざ笑うような言動を繰り返している。

Reuters/ sputnik photo agency

ただ、韓国にも誤算はあります。

一つは北朝鮮です。文大統領は南北朝鮮統一を掲げて政権に就きました。しかし、北の金正恩氏にとって、文大統領はもはや利用価値のない賞味期限切れの人物。トランプ大統領との会談を実現するために必要な人物で、今やお役御免の人物なのです。

その証拠が最近の北朝鮮の文大統領に対しての冷淡さです。文大統領が南北の経済協力について言及すると、「茹でた牛の頭も大空を見上げて大笑い」と痛烈に批判しました。

南北統一のシナリオが狂ってくると、文政権はレームダック状態に陥る可能性があります。

文政権スキャンダル

文政権では、最側近のスキャンダルが発覚。日本とのさらなる対峙によって、国民の批判をかわす可能性もある。

Reuters/ Kim Hong Ji

もう一つは、文大統領最側近のスキャンダルです。韓国では兵役拒否と不正入試に世論は非常に厳しい。

ただ、国民の批判をかわすためにも、さらに日本に厳しく対峙し、対立が深刻化する可能性もあります。

文政権はポピュリズムによってできた政権です。一旦開いた水道の蛇口を閉じることはできないのです。

今後、日韓関係がすぐに改善することはないでしょう。

ただその中でも、武力衝突だけは起こさないようにしなければなりません。日本には北朝鮮やロシア、中国と武力衝突した場合のマニュアルは存在しますが、友好国の韓国との間にはありません。

先の韓国軍の自衛隊に対するレーダー照射の件をみても、かつてここまで韓国がやってくることはなかった。それだけに、一触即発の衝突が起きることだけは、避けなければなりません。

(構成・浜田敬子)


佐藤 優(さとう・まさる):作家、元外務省主任分析官。1960年東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。1985年外務省入省。在ロシア連邦日本国大使館勤務など、対ロシア外交の最前線で情報収集・分析のエキスパートとして活躍。主な著書に『国家の罠–外務省のラスプーチンと呼ばれて』(毎日出版文化賞特別賞)『自壊する帝国』(新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞)など。

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